5-4嘘②
◇
葵が沖田に連れて行かれた先は、月の青白い光が射し込む蔵だった。
扉が重い音を立てて閉じる。
「俺が怖い?」
葵は小さく首を振った。
「……話せないことを赦してほしい」
息を吐くような声に胸が苦しくなる。
例え彼が話してくれなくても、彼がしたことは何となく分かっていた。
――墓石に映える朱い彼岸花
その贈り主が沖田だと、ある日見かけた後ろ姿で理解した。
「私の方こそ……聞いたことで、沖田さんを苦しめてごめんなさい」
「……もう逃げないから、全部聞かせてほしい」
久しぶりに自分と向かい合ってくれた彼を真っ直ぐ見返したいのに、板張りの床から視線を外せない。
しかしもう逃げ場はない。
決意してゆっくり唇を開く。
ぽつぽつと、未来からきたこと、前世の仇討ちがあることを話し出した。
ただ、『組紐が切れれば、沖田の記憶から葵が消え去る』ということだけは言えなかった。
途中で葵の声が詰まっても、沖田は最後まで耳を傾けてくれた。
話し終えると、葵は床の節を数えながら彼の返事を待った。
「わかった」
一瞬、肯定なのか否定なのかわからなくて、こわばったままの顔を上げた。
「……信じてくれるんですか?」
「うん、葵さん嘘が下手だから……ずっと、苦しかったね」
痛みに共感する温かな笑みに、身体の力が抜けた。
糸が切れたように崩れる葵を支えて、沖田はそのまま床に座り込んだ。
葵は広い胸に顔をうずめていた。泣いても良い、というように、背中に置かれた手が遠慮がちに上下する。
しんと静まり返った蔵の高い天井に、時折漏れる嗚咽が吸い込まれて、話してよかったんだ、と胸のつかえが取れていった。
「……葵さんはどれくらい先の世から来たの?」
「……160年くらい先です」
「そうか」
普通に生きていれば交わらない時間軸に、沖田は遠い目をした。
かと思えば、空白を詰めるように口を開く。
だけどどれも『新選組の未来』や、『葵がいつ帰るのか』などの核心には触れてこない。
聞くことを恐れているようにも見えた。
そんな中、未来の日本は平和で闘いがないと話したら、彼は突然喋るのをやめてしまった。
まずいことを言ってしまったかと話題を変えようとすると、
「帰る方法を探そう」
掠れた声に、葵の手が温度を失くす。
ずっと自分に言い訳してきたけれど、彼への気持ちはもうごまかせないところまで来ていた。
けれど想いは口にできない。
いずれいなくなる自分は気持ちを伝える権利はない。
「ここにいればいいって、言ってくれたじゃないですか……」
「駄目だ。仇は俺が討てば良い、そうすれば――」
間髪入れない返答に、怖いほど震える指で追い縋る。
「お願いだから、帰れなんて言わないで……」
それは落ちていく染まり葉のような願いで。
沖田は抗うように弱々しく首を振ったが、葵の顎から涙が落ちると、震える唇を彼女へ押しつけていた。
葵の瞳が空を映す。
青白い月の光が、ずっと遠くで射し込んでいる。
この瞬間を一つも取りこぼしたくないのに、きつくまぶたを閉じた。
埃っぽい匂いと涙の塩辛さが混じった、人生で初めてのキスだった。
◆
泣き疲れて腕の中で眠ってしまった葵を抱き、沖田は少し伸びてきた彼女の髪を梳く。
ふるりと彼女が震えた気がした。
夜冷えした空気を感じながら、
「蔵でなく、部屋にすりゃ良かったな」
独りごちて、沖田は葵を抱いたままそうっと立ち上がった。
躰の重さと柔らかさに、一瞬、嫌な記憶がよみがえる。
手が朱く見えて、危うく葵を取り落としかけたが、もう一度しっかり抱きとめた。
こうして彼女を手に抱いたのは二度目だったか。
一度目よりも確かな感触に、知らずに微笑んで蔵を出た。
夜空から、月の光が涙の跡を照らしている。青白さが際立って、もう泣かないで欲しいと思うのに、それは到底叶わないような気がした。
布団に、葵を背中から慎重に着地させる。
起きないことを確認して離れようとしたら、くっと着物が引っかかる。
確認すると、彼女の指が襟にしがみついている。触れればすぐに外せそうだったが、もう少しこのままでいたかった。
「細い指だな……」
自分も横になり、冷えてしまった葵を温めようと手を伸ばす。すぐに意識がまどろみに包まれる。
人がいると寝られない性分だが、葵のことは部屋に引き取った当初から平気だった。
むしろこうしていると、何もかも忘れて眠れそうだ。
「おやすみ。葵――」




