5-3嘘
5-1にあらすじがあります。
三人の同居生活が始まって一週間。
土方は、沖田の腕を捕まえておいて口を開く。
「いい加減に腹を決めろ」
ぎりぎりと締め上げるような掴み方に、沖田は顔を歪め心底迷惑そうに吐き捨てた。
「これから用向きがあるんで」
「……いいんだな?」
脅しとも取れる態度に沖田は少しだけ眉を上げたが、手を力任せに払うと早足で廊下に消えていった。
◆
「はあ……」
葵は用意した夕餉を盆に乗せ、土方の部屋でため息をつく。
沖田が言ったとおりに土方は本当に寝相が悪かった。
毎朝葵は沖田のうめき声を聞いて目を覚ます。そのたびに彼は、プロレスの絞め技をかけられたようになっていた。
土方は悪い悪いと言いつつ、楽しそうだった。
『あおいさんが来てから酷くなったから、絶対おもしろがってる』と苛立った様子の沖田は、日に日に目の下のクマが濃くなっていく。
「おう、戻ってたのか」
土方は部屋に入るなり小鼻を膨らませ、葵が持っている盆を見た。
「ああ、今日は鴨が出ていたんですよ。珍しいですよね」
言いながら机に盆をおいた。
鴨肉は濃くつやかな色がついていた。
「お前他に金を遣う所はねえのかよ。男のくせに随分器用に料理するんだな」
土方は机の前に腰を下ろして呆れたように言った。
「……炊事係をしているうちに身につけました。それに私は食道楽なのでお金は惜しくないんです。土方さんもどうですか?」
言い訳と一緒に、鴨肉を土方の前へ並べた。
「自分は大して食いもしないで食道楽ねえ……まあ一ついただくか」
箸で一切れ口に入れると、咀嚼して「上手い」のひと言が返ってくる。
「やっぱりこのくらいばしっと味が決まってねえとな。薄味じゃ食った気もしねえ」
葵はぱっと顔を明るくした。
そしてそわそわ廊下の方を見遣る。
「総司ならそろそろ戻るだろう。ったく、俺を毒見係に使うのはお前くらいだよ」
葵は俯いた。
こうして沖田の健康を気遣ったところで、睡眠を害していては意味がない。
正座をして頭を下げた。
「土方さん、お世話になりました」
「部屋へ戻るのか」
「はい」
土方は煙草盆を引き寄せたが、煙管を取り出すと手を止めた。
煙管には、葵の根付と同じ秋の草花が描かれている。
彼は金蒔絵を眺めてから言った。
「居てくれてもいいんだがな。お前だけこの部屋に残るか?」
「それは……?」
「あぁ、俺とお前で二人部屋だ。そうしたら総司も多少は休まるんじゃねえか?」
土方は煙管を盆に戻して葵を見つめる。
彼女が困ったように目を逸らしてしまうと、ふいに葵の手首を掴んだ。
目を見開いた時には、葵の身体はほろ苦い煙草の香りに包まれていた。
「気が変わった」
「何の話ですか? 離してくださいよ」
焦って彼の胸を叩くが離れられない。
何度か沖田にこうされたが、力を入れればすぐにほどけた。加減されていたのだ、と改めてわかり、この状況に胸が冷えた。
「もう女に戻れ」
ぴたりと葵の動きが止まる。
恐る恐る土方を見上げた。
彼は痛々しいものを見るような視線を注いでいた。
葵はなんとか震える唇を開いた。
「俺は男です……」
風が障子を叩き、葵の肩が過敏に跳ねた。
土方は葵の背後で拳を握りしめ、力なく腕をほどいた。
「……そうだな。お前は男だ。悪かった」
「土方さん……」
葵が離れようとしたとき、土方が凍りついた。
彼の背後には沖田がいた。手には鞘に納めたままの刀を握り、土方の首元に突きつけていた。
沖田は刀を下げると、穏やかに口を開く。
「そんな顔しないでくださいよ土方さん。刃だと思いました?」
この状況で沖田が微笑んでいることに、葵も土方も動けなかった。
「ちょっとしたおふざけですよ。土方さんもそうですよね?」
冷たい目を金蒔絵の煙管へ向けながら、なお口調だけはゆったりとしていた。
「平気?」
沖田は葵の腰を支えて立ち上がらせ、土方へ向き直った。
「おかげで腹が決まりましたよ。ありがとうございます」
声には隠しきれない怒りが滲んでいたが、その目の奥は、どこか自分を責めているような色がある。
土方の視線から葵を隠すように廊下へ出ると、彼は部屋の襖を静かに閉めた。




