5-2逃げ②
一つ前の、5-1の前書きにあらすじがあります。
◆
土方の部屋を出て、沖田が自分の部屋に戻ってみれば、
なにやら襖の向こうで声がする。
「ちょっと、ずるいです。まだ触ってませんって」
葵の声だ。
斎藤の声も聞こえる。
「さっき指かけただろ」
「かけただけですよ」
「同じだ。だったら、もう一回出してみろ」
「……ほんと意地悪ですね」
沖田は気配を消して襖まで寄った。
ぱしん、と何かを叩く音がする。
「遅い」
「いったぁ……斎藤さん、痛いです」
何をしているのかと、沖田が眉を寄せた時、中で藤堂の声がした。
「斎藤、やり口がいやらしいんだよ。そんな力任せにしなくたって――」
沖田は勢いよく襖を開けた。
三人の目が一斉に集まる。
特に葵の目は印象的だった。小さく息を呑んで逸らすことなく注がれる視線に、沖田は耐えられず目を背けた。
「……何してるの?」
畳の上には花札が散っていた。
藤堂が肩をすくめる。
「見ればわかるでしょ、花札。あ、賭けてないからね」
沖田は一瞬だけ黙り、それから小さく息をついた。
「……紛らわしい」
「沖田もやる?」
「勝手に人の部屋に入らないでよ。あおいさんもあおいさんだ……」
とうの立った言い方に、葵はさっと顔色を変えた。しまったと思ったときには、むっとした顔で藤堂が立ち上がっていた。
「あおい君、ずっと沖田のこと待ってたんだよ。一人で出て行った奴にそんなふうに言われたくないな」
いつもの冗談でいなすことも出来た。
だけど、背の高い沖田に、張り合うように背筋を伸ばす藤堂を見ていると、口が開かなかった。
逃げ場がなく、畳へ目を落とした。
俯いてじっと花札を見ている葵。
きっちり並べられた斎藤の札に比べて、彼女の花札は四方八方へ雑に置かれ、勝負に上の空なのが明らかだった。
やるせなく、沖田は葵の花札を勝手に片付け始めた。ひとつひとつ黙って手に集め、終えると葵へ手を差し出した。
「……土方さん待ってるから。あおいさん、行こう」
葵は戸惑う素振りで沖田の手を見ていたが、握ることはなかった。
強引に手を取りかけたとき、横から斎藤の睨みが飛んだ。
「お前は、逃げてばかりだな」
何に逃げているか。斎藤が言っているのは花札の勝負のことではないのだ。沖田とて、自分が葵から逃げているのは自覚している。
ぐっと喉の奥で声を詰まらせ、沖田は畳へ座り込む。
「いいよ、やろうか」
◇
結局――散々花札に興じ、葵は沖田と、土方の部屋に向かっていた。
「沖田さんが一番強いんですね」
「当然」
部屋にあった布団を抱え出し、顔半分を埋める沖田は、子供っぽくみえた。なのに少しやつれている。
芹沢の葬式の日、葵は、名前と性別は沖田へ明かした。しかしその後隊士が入ってきてしまい、気まずいまま別れた。
その後何度か向かい合おうとしたが、なんだかんだ言い訳されては、逃げるようにされてしまう。
それが歯がゆくもあり、どこかでほっとしていた。
居場所を失う覚悟で告白を試みたくせに、宙に放り出されて安心しているなんて、ずるいな、と下を向く。
板がたわみ、廊下を歩く足音がやけに響く。心の軋轢を広げていくようだ。
土方の部屋に入ると、布団がみっちりと、重なりあって敷かれていた。
「来たか」
土方はもう着流し一枚だった。
寝る支度を始める沖田の横で、葵は立ちつくす。急に呼ばれてしまったが、どこにいればいいのか見当がつかなかった。
土方は葵に羽織をかけた。
「冷えるから使え」
羽織が夜風を含むと、煙草の残り香がした。いつも沖田の部屋で漂う甘松油の匂いとは違う。
沖田はむしゃくしゃした様子で、上手くまとまらない袴を適当に放っている。
いつも几帳面な彼の袴に不自然な折り目が付いていて、葵は思わず手に取って畳み直していた。
「寝るよ」
不機嫌な声が、布団の中からくぐもって響く。
「総司、俺が真ん中でいいのか? 寝相悪いの知ってるだろ」
「土方さん、寝相悪いんですか?」
葵が口を挟むと、沖田が苦々しく言う。
「すっごい悪い。一回なんてのしかかられて潰されるかと思った」
「そんなに……」
沖田は布団から跳ね起きると、押し入れから座布団や余っている布団を取り出す。
そして、葵と土方の布団の間を、防壁をつくるように区切って置いた。
にやにやする土方。
「気をつけるが、この程度の壁だと、うっかり乗り越えそうだ。
あおいのことを潰すわけにもいかねえよな」
「……」
沖田は自分が葵の隣で寝ることにしたらしく、土方を端へぐいぐい押しやっている。
「はい、もう行灯消しますから」
そっけなく言い、同居人の返事を待たずに部屋は真っ暗になった。
沖田が布団に戻ってくる音がする。
(久しぶりだな、沖田さんの隣で寝るの……)
煙草の香に混ざって、いつもの彼の匂いが変化していた。
沖田は今どちらを向いて寝ているのだろうか。
(私の背中を見ているの? それとも背中を向けて寝ている……?)
他に考えることはいくらでもあった。
なのにそんなことばかりが気になって、空が白むまで眠れなかった。




