5-1逃げ①
《四章まであらすじ》
神木 葵は、朱い組紐に導かれ、幕末へタイムスリップする。
前世の仇討ちを背負い、男(蒼井直清)として、新選組隊士になった。
新選組の男達に恋われても、葵の心にいるのは沖田総司ただ一人。
彼は五年後に結核で死ぬ運命だ。
「彼の笑顔を見ていたい」
それだけの願いで、葵は歴史に抗う決意をする。
――しかし、残酷な事実が二人を引き裂く
朱い組紐が切れれば、現世に帰され、
さらに幕末の人達から、葵の記憶は消されてしまうという。
そして、芹沢鴨の葬式の日。
葵は居場所を失う覚悟で、自分の秘密を沖田に告白しようと試みたが――?
「総司、お前いつまでここにいるんだよ」
土方の部屋に沖田が転がり込んで、どれくらい経っただろうか。季節は秋も深まり、木々から葉が落ち始めていた。
芹沢の葬式の日以来、沖田は突然布団を引っ張ってきて、理由も言わずにいる。
そして今日も戻るなり羽織を脱ぎ捨て、布団になだれ込んだ。
「お前また芹沢の墓へ行っていたのか」
返事はない。
わざわざ殺めた男の墓へ行くなんて、よしておけというのに、沖田は通うのをやめなかった。
だが、それがけじめになっているのか、部屋へ来たばかりの頃の、手負いの獣のような荒い気配は、少し薄らいだように見えた。
「おい、総司聞いてんのかよ」
「聞いてません」
仕方ないやつだなと、土方はため息を付く。
今までならどんな役目を与えても、沖田はなんなくこなしてみせた。
顔色一つ変えることなく。
そこが、土方が沖田に信頼を寄せる理由でもあった。
だから今までの土方なら、嘲るように、 『感情に流されるような奴は、剣を持つ資格はない』と、沖田を説き伏せたはずだった。
「言っただろう。あれは任務だ、必要なことだったんだ」
「そのことは、もう気持ちに整理はついています」
「じゃあなんで部屋に戻らねえ」
刀を取り出し、手持ち無沙汰に手入れを始めるが、沖田は口を開かない。
「あおいと組を変えるか?」
「いえ、巡察ではうまくやってます」
秋の虫が鳴いている。
澄んだ音色に、土方は耳を澄ませる。
「夏の湿っぽさもなくなって、近頃すっかり乾いたな」
「ねぇ、土方さん」
「ん?」
「ずっとここにいちゃ駄目ですか?」
沖田の――生意気な弟分の、こんな素直な態度を見たのは久しぶりだった。
自分よりずっと年若い彼に、当然のように分厚い仮面を被らせてきたのは、一体誰だったかと、目を伏せた。
「もう、あおいさんと同じ部屋は……」
刀へ打ち油を塗り終えて、沖田の近くまで寄って声をかける。
「んじゃ、あおいを俺と相部屋にするか」
沖田は布団から這い出した。
「……それ、本気で言ってます?」
「冗談なのか?」
「こっちが聞いてるんですけど。いいですよ、そんなに邪魔なら出ていきます」
拗ねた口調で、彼は布団を丸め始めた。
「いや、別に総司がここにいる分にはいいけどな。あおいは大丈夫なのか、一人で」
「え? 何がです」
「だからよ。お前がここに転がり込んでる間、あおいは一人部屋だろ」
「……」
「若い隊士が一人で部屋にいるってのは、色々面倒もある」
沖田の眉が、ぴくりと動いた。
「誰か、何か言いました?」
「いや? ただ隊士は男ばかりだからな」
行灯の火が、ふっと揺れる。
沖田は手に持っていた布団を、もう一度敷き始めた。
「……あおいさん、ここに呼んでいいですか?」
「はぁ? この狭い部屋で三人で寝るってか? 言っておくが、俺はあおいに配慮しないぞ」
沖田は再び黙す。
土方は恐らく、あおいの性別に気付いている。着替えなどの距離感に気を遣わないということだろう。
色々計算にかけているであろう沖田に、土方は視線を投げる。
「いい。連れてこい。お前の剣に粗が出るよりましだ」
「ありがとうございます」
果たして、三人でここで寝るのが、本当に沖田の剣を守るのかは不明だった。
だが、芹沢鴨暗殺以来、様子がおかしい沖田とずっと二人でいることに、土方自身も気詰まりしていた。
それにしても。
葵がいるのは沖田の部屋だ。そこに勝手に入っていく平隊士などいまい。
「苛めすぎたか……」
土方は、いつか葵の唇に触れた指をなぞっていた。
それに気づくとすぐに指を離し、一人、なお大きなため息を付いた。




