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6雨


 芹沢の葬式は雨だった。


 一番前に正座した沖田は、目の前の棺をぼんやり眺めた。


 芹沢鴨の乱暴狼藉は目に余っていた。会津から暗殺を仰せつかったという大義名分があったのも本当のことだ。

 だが、それだけの理由だったのだろうか。


「総司」


「近藤先生……」

 

 沖田の横に、彼が敬愛する近藤勇がいる。芹沢鴨が亡き今、新選組は名実ともに近藤勇、一強になる。

 近藤は沖田の肩を叩くと、ゆっくりと立ち上がり参列客を見回す。


 この暗殺計画の中心にいた近藤勇は、落ち着いた威厳ある声で弔辞を述べた。


「芹沢局長は、新撰組のために心血を注いだ立派な――」



 上の空で聴き終え、立ち上がる。

 

 最後の(はなむけ)だ。一輪ずつ花を添える。芹沢は傷を隠した死装束をまとい、精悍(せいかん)な顔つきのまま棺に横たわっていた。

 

 花より酒のほうが好きそうだな、と思いながら沖田は、彼が胸の前で抱いていた木刀の辺りに、花を添えた。


 自分たちが殺した男だということは、意識の中から追いやられていた。

 恨みも、苛立ちも、後悔もない。

 あるのは目の前の故人だけ。


 その事実だけで、沖田が己を(かえり)みるのには十分すぎた。



「沖田さん」

 震える声がした。

 葵はしとしと降る、雨のような涙を流していた。


 濡れた睫毛と色のない頰に手を伸ばしかけたとき、葵は布を差し出した。

 

 沖田はそこで初めて気づいた。受け取った白無地の布で、自身の目から流れ出るものを拭った。


 ざらっとした木綿に涙はあっという間に吸い込まれ、その後はもう出ることもなかった。


 沖田は布を握りしめたまま、棺の上の芹沢の顔をもう一度見た。

 いつだったか、屯所で酒を酌み交わした夜。  


 芹沢はいつものように大声で笑いながら、沖田の肩を乱暴に叩いてきた。


「お前はまだ甘いぞ。武士ってのはな、敵を前にして一瞬でも迷ったら終わりだ。俺みたいに、迷わず斬れ」


――人を斬るのに迷ったことなんてない


 少なくとも沖田の中ではそういうことになっていた。

 だから、芹沢はおかしなことをいうもんだと、適当に笑って済ませた記憶がある。


 雨足が強くなり屋根を叩く。

 その音をずっと聞いていたかった。



 ◆


 葬儀後、葵の足は稽古場に吸い寄せられていた。


 部屋に愛人のお梅といたところを賊に襲撃されて死んだという芹沢。

 きっと本望ではなかっただろう。彼は酔えば、武士の何たるかを語っていたのだから。

  

 その武士らしい最期が、芹沢には与えられなかった。 


 葵は、唇を噛んだ。

(私が芹沢さんの最期を知っていたら……外から来る賊を事前に防げたのかな……?)


 だが、芹沢はそこまでして守られるべき男だったのかは(はなは)だ疑問だった。 

 彼は任務以外で人を殺傷したり、町の人を脅して金を奪う。そして、大和屋の焼き討ち。 


 現代の基準で云っても重罪人だったであろう。


(だから……)


――死ねばいいって?

 

 沖田が言った言葉が耳をぶつ。

 

(違う……そんなこと思ってない)


 芹沢は、宮野の結核騒ぎの後も距離を取ることなく葵に絡んできた。

 意外にも思えるが、彼はそんなふうに、何気なく人の心を軽くするところがあった。


 自分を慕う者への面倒見も良く、事実今日の葬儀でも、多くの者が涙を流したのだ。


 毎晩のように酒を飲み、歌を唄い、女を抱いていた芹沢。

 あれは、愉しみだったのか、強がりだったのか――


「どうして死んじゃうと、良いところばかり思い出しちゃうのかな……」



 右手が疼いた。

 稽古場に近づくと、雨で湿った木の匂いが、強く香る。


――誰かいる



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