3京の町②
店を出た二人は、隣り合って歩いていた。
他愛ない会話は、どこか上滑りしているようで、葵は落ち着かなかった。
四条大橋に近づくと、沖田は一歩前に出る。
「沖田さん……?」
彼は刀の鍔に左手をかけていたが、葵の声に気づき、はっと手を離す。
「ここは色んな人が通るから、たまに小競り合いがあったりしてね。つい癖で」
(癖になるまで染み込んでるのか……)
すごいなと思う反面、普段からそんなに張り詰めて生活しているのかと、彼の背負うものを思い俯いた。
橋を渡り終えて五分ほど行くと、白川というひっそりした川に出た。鴨川とは打って変わった静かな場所だ。
二人は草の上に腰を下ろす。
「今日は楽しかった?」
「……はい」
「その割には元気ないね」
(楽しかったはずなのに……)
店を出てから、なんとなく沖田の空気が変わった気がしていた。
「あおいさん、どうして知ってたの?」
「え……?」
連なるしだれ柳が一斉に風に揺れ、葵は息を詰める。逃さないというように、右手首が掴まれる。
「浪士組が新選組の名を授かること……知ってたよね?」
鼓動が跳ね上がった。
ここへきた初日、葵がうっかり口走った『新選組』という言葉を、彼は忘れていなかったのだ。
いくら言い訳を考えてみても思いつかない。顔が見られない。
「私……」
沖田は指先をゆるりと解くと、暮れなずむ空を見上げた。
「……あおいさんは、先が視えるの? 千里眼っていう……あれ?」
葵はじっと考え込む。
彼は葵を、"そういう存在"と思っているのだろうか。
「視える……かもしれません」
「この紐が力に関係してるの?」
「それはただのアクセ、いえ装身具で……」
目を泳がせる葵の組紐に指をかけ、彼はゆっくり口を開く。
「血の色」
鋭い目が葵を囚える。それは彼が、斬り捨てる相手に出遭ったときの容赦ない視線に似ていた。
「近々、何が起こるか視える?」
首を振る葵に、沖田は「そう」と短く言って、ついでのように付け加えた。
「……芹沢さん、どう思う?」
なぜ今この話なのだろう。
違和感に背筋が震えた。
「とんでもない人だと思いますよ……あんな人――」
「死んだほうがいいって?」
あまりの極論に、葵は思わず声を張った。
「そんな! そこまでは……」
「芹沢さんが焼き討ちした店は、異国と通じて利を得ていたからね。京の人の中には、芹沢さんを英雄扱いする人もいる」
何が言いたいのかさっぱり分からなかった。
(ううん、それより……)
沖田はいつも暇さえあれば、男同士で先の世について語り合っている。だが、葵に思想の話をしてきたことはない。嫌な予感がする。
「何かありましたか?」
「いや? 視えないならいいんだ、帰ろう」
葵はのろのろと立ち上がった。
屯所が近づいても、葵の頭の中で思考が絡まる。
なぜ芹沢のことを聞いてきたのか。
もし葵が"視える人"なら、彼は何を聞きたかったのか。
考えは巡るのに、戻ってくるのはただ一つ――
『血の色』
葵自身、そう思ったことがある。この朱い組紐は、自分を縛る呪いの鎖なのだと。
けれど今は違う。
運命を繋ぐ朱い糸だと信じ始めていた。
だからこそ、斬り捨てるような言葉が悲しかった。
「離れないで。闇討ちが出るかも」
触れられた手が川の水のように冷たくて、葵は反射的に腕を引いてしまう。
次の瞬間、沖田は突然大声で笑いだした。
溜まったものを吐き出すように、身を仰け反らせて。
投げやりな、ざらついた笑い声だった。
「沖田さん……近いうちに何が起こるかは、私は知りません。いえ、視えません。でも……」
沖田の顔に緊張が走る。
葵はまっすぐ見返した。
「なにかあれば、聞きますから」
「……何も……話すことなんてなにもないよ」
節くれだった手が、葵の白い手を優しく握り返した。
「あおいさんの手、柔らかいね。俺と同じように剣を持ってるのにな……」
寂しそうな顔が葵の胸を締め付けていく。踏み込みたいのに、それ以上言葉が出てこなかった。




