4汚れ仕事
「遅かったな総司」
「すみません、ちょっと出ていまして」
屯所に戻った沖田は、煙草を吸っている土方の前に腰を下ろした。
煙管に萩と桔梗が描いてある。葵の根付と同じだ。
「お揃いってわけですか」
その一言で察した土方。
「……お前、なにもこんな日にあおいと出かけなくてもいいだろう」
「横入りしてきたのはこっちですよ。まぁ思い出作りにいいじゃないですか。最後かもしれませんし?」
土方はぎょっとした。
「縁起でもねぇ」
「大丈夫ですよ、なにせ今日は闇討ちだ。そう簡単にはやられません」
今から芹沢鴨を暗殺する。
大和屋焼き討ちの騒ぎがあってすぐに決まったことだった。
芹沢鴨をこれ以上野放しにしていては新選組、ひいてはそれを管轄している会津藩の沽券に関わると。
――早々にどうにかするが良い
会津が言ったのはそれだけだ。
仰せ使った近藤は、芹沢鴨暗殺という決定を下した。
土方は渋面をする。
「……寝込みを襲うってのを、根に持ってんのか?」
「まさか。これは近藤先生の決定だ。それに、芹沢さん相手に正面切ったらきついですから」
沖田は、剣の腕だけでいえば芹沢に負けない自信はあった。
しかし、生き延びることへの執着については劣る。芹沢が本気で向かってきたら、そこに関して競り負ける気がしていた。
そこへ、原田と隊士が到着した。
原田は鼻を鳴らし、土方を一瞥する。
「近藤さんはいねぇのかよ。土方さん、あんたも大変だな」
沖田は思わず身を乗り出す。
「ちょっと原田さん。先生抜きでやると、そう決めたのは自分たちじゃないですか」
局長である近藤に、汚れ仕事はさせられないという判断だった。
「ふん、土方さんがそう言うから折れたまでだ。大体お前はいつも先生、先生って――」
土方が間に入る。
「仲間割れしてる場合か。原田、気がはやるのは分かるが……総司も熱くなるな」
「原田さん、すみませんでした」
頭を下げると、原田はわしわしと髪をかく。
「いや、悪かったよ……だけど、総司がつっかかってくるなんて珍しいな。気が張ってんのか?」
沖田は唇を噛む。
芹沢は曲がりなりにも同志だ。敵と対峙することとは違う。
しかし、いつもなら役に徹し、淡々とこなしたはずだった。
何かが綻び始めていた。
葵が大事にしているのを知っていて、組紐を血の色などと貶めた。
今夜起きることが視えるかと彼女を試した。
人を殺めたことがない葵。
芹沢のことも、処罰は話し合って決めろだとか、内容も牢に入れて労働させろだとか――
沖田は自嘲気味な笑みを浮かべる。
――自分と葵は違う。
あの潔癖さは、沖田が欲したものだった。彼女の清廉さが自分の正気を守ると信じていた。
なのに何処か汚してやりたいと、一瞬だけでも思いはしなかったか。
護りたいと思う裏で、残酷な衝動を一度たりとも抱いたことはないと、
そう言い切れるのか。
土方は微動だにしない沖田の肩を叩く。
「だからこんな日に出掛けるなと言ったんだ……ほら、最終確認するぞ」
手はずをもう一度確認する。
「うまく行きますかね」
若い隊士が震える声で尋ねると、土方はぎらついた目を見せた。
「今夜もいつも通り、女を呼んで大騒ぎだ。今頃酔いつぶれて……」
「いつも通りって……まさか女も部屋にそのまま泊まってるんですか?」
「それがどうした」
土方は、隊士を睨みつける。
女だろうが、騒がれれば斬るしかない――
今日の暗殺は決してしくじることは許されない。それは、会津の意向でもあったし、仮に失敗すれば、芹沢が黙っていない。
そんなことになれば、今夜暗殺に関わった隊士の首だけでは済まない。近藤派は新選組から失脚する。
土方が刀を手にしたのを皮切りに、四人は立ち上がる。
芹沢がいる母屋へ向かうため、庭へ出た。
薄闇の中を歩いていると、前の土方が振り向いた。
「なあ、もし抱えてるものがあるなら、それは大仕事を前にした一時的なもんだ。ごちゃごちゃ考えるのはやめろ」
「……そうでしょうか」
はっきり見えなかったが、土方が微かに頷いた気配がした。
「手は汚しても、誠の精神は穢れない。
普段大切にしているものまで疑うことはない」
今から人を斬ろうというのに、沖田の頭にあの笑顔が浮かんでくる。
純粋に口を開けて、楽しそうに笑う顔。
それから、見ているとどうかしそうになる危うい笑顔。
夜空を見上げた。今宵は雲が厚く、一切の月明かりが見えない。
暗闇に目を凝らし、沖田は少し長めに瞬きをした。




