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1不穏な蔵

「うわ……」


「あおい君、顔に出過ぎ」


 藤堂は笑いながら葵を(たしな)める。


 彼女の目の先には、一人の女がいる。衣紋(えもん)を大きく抜いて、しゃなりと艶っぽく歩いていた。

 母屋の方に向かっている。芹沢鴨がいる部屋に行くのだろう。



 葵は口を尖らせた。


「だって……お梅さんは旦那さんがいるんでしょう? 芹沢さんはそれを知ってて、自分の愛人にするなんて……」 


 少し事情は違うが、現代でいう不倫というやつだ。

 葵は憤慨(ふんがい)していた。

 大和屋を焼き討ちした芹沢が、さしたるお咎めもなく、愛人を公然と屯所に招き入れるからだ。


「まあ、今に始まったことじゃないからね……」


 藤堂は困り笑いをしていたが、ちらっと葵を見た。


「あおい君はさ……今まで()()()()()になった人っているの?」 


「付き合った人ですか……」

 

――つまんねー女!

 手もつながなかった二ヶ月だけの、はじめての彼氏。

 苦い思い出に、胸の奥がちくっと刺された――


「そういう人は、特には……」


 藤堂はごくっと喉を鳴らす。

「今、気にかけてる人は……いる?」



 葵の髪から、沖田に借りた甘松油(かんしょうゆ)の香りがして、身体が熱くなった。

 続けて余裕なくせにたまにする必死な顔や、耳心地のいい声まで脳内再生され始める。


(私、沖田さんのこと――)


「……違うっ!」


「わっ……なに!?」


 突然大声を出した葵に、藤堂は目をぱちくりさせる。


「いえ、好きな人はいません!」


 びしっと背筋を伸ばす葵に、藤堂は胸を押さえながら口を開く。


「そしたら、今度一緒に出かけない……?」

 

「買い出しなら行きますよ? わざわざ藤堂さんが行かなくても……」

 

 藤堂の大きな目がぱちぱちと瞬きし、顔が赤くなる。


「いや、その高台寺とか、清水寺とかどうかな……」

 

「お寺好きなんですか?」


 了承しそうな雰囲気に、藤堂がはっと顔を輝かせるが……


「確か斎藤さんが、御朱印を集めてますよね。この間見せてもらって……」


「へ、へえ?」


 御朱印は神社や寺でもらえる印のことだ。

 現代では御朱印帳と呼ばれるものにコレクションする人もいる。


「斎藤さん納経帳何冊も持ってて、見せてくれるときだけは少し笑ったりなんかして――」


 楽しそうに全然別の話をし始める葵。

 

 その笑顔は秋風にほどけるようで、無自覚で疑いがない。藤堂は黙って見ていたが、やがて思い出したように、ぐっと拳を握る。


「いや、二人で行きた――」 

  

 言い終える前に、藤堂は勢いよく横へ向いた。

 少し離れた松の木の前に沖田がいて、土方の太い声もしている。

 

「おい! 総司、早く来い!」

「今行きまーす」


 沖田は藤堂へ刺すような視線を向けると、くるっと向きを変え、高く結った髪を揺らして行ってしまう。

 

  

「藤堂さん、どうかしました?」

 彼は顔色が悪く、秋になり気温も下がったというのに、汗をかいていた。

 藤堂は手拭いで額を拭い、息を深く吸った。

 

「……あおい君、お寺行こうよ。紅葉(もみじ)見よう。二人で――」

 きれいな二重(ふたえ)の目が葵を映す。

 いつもの子犬のような人懐っこい笑顔は消えていた。


 簡単に返事をしてはいけない気がして、口を開けずにいると、藤堂はさっと取り繕う。

 

「今度女の子と行くのにさ、下見したいんだ」


 葵はほっと息をついていた。

 

「私でよければ。あ、武器の棚卸し頼まれてたんだ……すみません、失礼します!」


 藤堂に会釈をして屯所を出る。


 

(この時代の人も、デートの下見したりするんだなぁ)

 

 坊城通(ぼうじょうどおり)を歩き、前川邸の裏門を開ける。

 ここは、葵が普段いる八木邸(やぎてい)からすぐの屯所だ。


(八木邸もだけど、前川さんの家も本当大きいな……お金持ち)


 八木も前川も、家柄が良く屋敷が広い。

 おまけに二条城や壬生寺まで近いという立地の良さだ。

 しかしそのせいで、新選組に家を乗っ取られるも同然になったのだから、気の毒な話ではある。


 蔵の前まで来てから、鍵を忘れたことに気がついた。


「ん? 鍵開いてる?」


 普段ここで人がいるのにあったことがない。

 拾い上げた錠前が嫌に重く感じる。


(誰がいるの……?)


 震える手で蔵の取っ手に触れた。

  

 その時、ぎいっと重い音がして砂ぼこりが舞う。扉がゆっくり中へ開かれた。


「やっぱり、あおいさんだ」


「沖田さん……!」


 

 中には近藤、土方と原田もいた。

 皆こわばった顔で葵を凝視している。


 それを隠すように、沖田がにこっと笑い、前に立ち塞がった。


「どうしたの? こんなところで」


「武器の点検をしにきました」


「そう、悪いけど明日にしてくれるかな――」

 気づかれないように、沖田は土方へ視線を流す。

 土方がかすかに頷いたのを確認すると、沖田は葵を促した。


「行こう」


 背中に感じる沖田の手が冷たい。

 いつも少しひんやりしているが、今日はとがった氷のようだった。


 

 

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