閑話_たまご
※楠さんは、沖田さんの一番弟子を自称している美男五人衆の一人。葵を目の敵にしています。(という小説上の設定です)
◇
「たまごあってよかった」
一個だけなら余っていると言われ、お給金で買ってきた。
どうしても譲ってほしいと言ったら、ふっかけられ30文もとられてしまった。
「30文もあれば、かけそば2杯は食べられたな……倍近く取られちゃった」
葵の月給は大体1両前後+臨時ボーナス。
衣食住は新選組で賄ってもらえるし、庶民にしたらそこそこいい給料だ。
たまごだけなら少なくとも200個は買える。
ただし、お金があっても、買えるとは限らない。今日も散々足を使ってやっと一個手に入った。ここではたまごは希少品だ。
「沖田さん何なら食べるかな? ゆで卵? 卵焼き? かきたま汁? どうしようかな〜」
嬉しすぎて全部口に出しながら歩く葵は、
手ぬぐいにたまご1個を包んで、しっかり胸の前で持ち、自然と笑顔になっていた。
しかし、屯所に入った所で、楠とぶつかってしまった。
「あっ――」
思い切り伸ばした手も届かず、手ぬぐいは地に落ちた。
パリッという音がして、白身と黄身がぐしゃっと流れ出ていく。
「嘘……」
呆然とする葵と、たまごの悲惨な姿に、楠は焦って弁明する。
「と、飛び出してきたのはそちらですよっ……」
と言いながら彼は顔色が悪い。たまごの貴重さはよくわかっているのだろう。
葵は絶望のあまり、ふるふる震えていた。
(……わざとじゃないってわかってる……でも……)
「謝ってくれてもいいじゃないですか……走ってきたのは楠さんですっ」
「う……いや、そうですが」
「せっかく沖田さんに食べてもらおうと思ったのに……」
申し訳なさそうにしていた楠の顔が、急に冷えていく。
「へえ、先生に? それなら話は別です。僕、絶対謝りませんから。
大体貴方、ちょっと顔がいいからって図に乗ってません? 元祖美男は僕ですよ」
目の敵にしている割には、葵の容姿はライバルとして認めるらしい。
葵はため息をつく。
(ってか、元祖美男ってなによ……もういいや……)
「何をしている」
不意の鋭い睨みに、楠がぎくっと固まった。斎藤と永倉が立っている。
永倉新八は、がむしゃらな新八で『ガムシン』と呼ばれるほど熱血で正義感が強い。沖田と一二の腕を争い、斎藤とともに明治まで生き抜くメンバーだ。
あまりに楠が怯えた顔をしているので、葵はさっと手ぬぐいを隠した。
「ぶつかってしまって。それだけです。ね、楠さん」
「……恩を売ったなんて思わないでくださいねっ!」
捨て台詞を吐いて楠はいなくなってしまった。
永倉が葵の後ろにある、たまごに濡れた手ぬぐいを見る。
「ありゃ、もったいねえな。割れちまったのか」
「楠か?」
斎藤が右手で、鞘の口元をかちゃっと浮かせる。
さーっと顔色を変える葵は、手を大きく振った。
「違います!」
永倉はじっと葵の目を見て、赤く濡れた跡に気づくと、眉を寄せる。
「……たまご好きなのか?」
「はい」
小さく頷く葵の頭を、永倉は豪快にわしわし撫でる。
「よし、俺が持ってきてやる!」
斎藤も頷き、いつの間にか加わっていた藤堂まで「任せて」と張り切っている。
「けど、たまごなんてそう簡単には……」
言い終える前に三人は風を切って走り出していた。
――【1時間後】――
仕方なく葵は雑用を終えて、部屋に戻ろうとしていた。
するとさっきの三人が戻ってきた。
永倉がハアハア言いながら裸のままのたまごを突き出す。
「ちぃっ、一番乗りだと思ったが三人同時かよ……ほれ、あおいたまごだ」
「あおい君っ、これどうぞ!」
上品な風呂敷に包まれたたまごを差し出す藤堂は、子犬のようにキラキラした目で葵を見つめる。
「……やる」
短く言葉を切って、左手をにゅっと伸ばすのは斎藤だ。
葵は目をまん丸くした。
「すごい! まだ一時間しか経ってないのに……どうやって手に入れたんです?」
三人は微妙な顔をする。
実は、
永倉は馴染みの遊女の伝で――
藤堂は農家の女の子を泣き落として――
斎藤は真顔で頼んだら売人が怖がって――
という調子に手に入れたのだった。
永倉が気まずそうに頭を掻く。
「まあいいじゃねえか。これで足りんのか?」
葵は花が咲いたように笑った。
「はいっ! ありがとうございました!」
ほわんっと温かい空気が流れ
三人はそわそわし出した。
「お金を……」
葵が巾着を取り出すと、斎藤が「いらん」と一言。
永倉も「おう、かわいい新入りから取れねえよ」と同意する。
「あおい君が笑顔でいてくれればいいよ。皆そのために走ったんだから」
藤堂が誇らしげに胸を張る。
葵はうーんと考える。
(沖田さんに食べさせてあげたかったけど……ただでもらったたまごを横流しするのも……)
「そうしたら、卵料理にするので、皆で食べますか?」
三人は顔を見合わせて、まんざらでもない……いや、喜びを隠しきれずに頷いた。
「じゃあ、ちょっと調理道具取ってきます」
くるりと背を向けると、楠がいた。
彼は放り投げるように葵に何か渡してくる。不思議に思ってもらったものを見たら、たまごだった。
「僕はお代もらいますよ。沖田先生には、僕が苦労して探し歩いたたまごだって、ちゃんと伝えてくださいね」
(なんだ、悪いと思ってくれてたんだ……)
葵はおかしくなってくすくす笑った。
「はい、ちゃんと伝えますね」
楠は葵の笑顔を見たまま突っ立っていたが、じきにぷんっと顔を背けた。
「仕方がないので、美男五人衆の六人目として認めてあげますよ」
「え、結構です」
「っ……可愛くない人ですね」
「……? はい、楠さんは誰が見てもかわいい顔してますもんね。うらやましいですよ。では、急ぐので」
背を向ける葵に、楠はぼそっと「人たらし……」と呟くのだった。
(おわり)




