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あさぎに揺れて―幕末男子の愛が重すぎます【新選組 沖田総司✕タイムスリップ小説】―疼くようなときめきを、甘くて重い幕末からお届けします  作者: 雪城 冴 @新選組小説 連載中
三章 復讐の煉火

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416卵粥

――組紐が切れたら、私、みんなに忘れられちゃうの?
















 


 沖田さんにも――?

 


 ◇



  

 うっすら目を開けると、見慣れた天井の節が見える。


(……沖田さんの部屋?)


 


「あおい!」

 

「土方さん……?」

 

 部屋は行灯(あんどん)の明かりでぼんやりしている。今は夜なのか。


 ゆっくり焦点を合わせていると、壁の日めくり帳が目に入る。

 しきりに日付を気にする葵のために、沖田が作ったもので、几帳面な筆字で書かれている。

 

(丸二日も寝てたんだ……)

  

 葵は焼き打ちされた大和屋という店で倒れ、沖田が屯所まで連れ帰ったのだという。

 大分横になっていたからか、気分は悪くなかった。


 起き上がろうとして、目が眩む。


「無理すんな」


 土方の手が、強引なくらいに葵の肩を押さえ、起き上がらせまいとする。


「煙を大分吸ったみたいだな……なんだって一人で飛び込んでくんだよ」


 ぶっきらぼうな声だったが、いつもの怒鳴り方とは微妙に違う。

 苛立ちの中に、安堵が混じっているように聞こえた。


「すみません、どうにかしないと、と思ってしまい……」


「ったく、命知らずも大概にしろ」


 土方はため息をひとつ吐き、葵の乱れた髪を無造作に指で直しながら続けた。


「……お前が無事でよかった。次はこんなことするなよ。いいな?」


 葵が頷くと、土方はふうっと息を吐く。


「まあ……おかげで子どもも助かった。一応、手柄として認めてやるよ」


「はい、今後は気をつけます」


 土方の指が、荒れた唇につと伸びる。

 

 葵は息を詰めた。

 ざらついた指先がゆっくりと往復するたび、皮膚の感触が直接心臓に響くようで、


(何か、言わなきゃ……)

 回らない頭で考えているうちに、唇から指が離れた。


「うちの連中は、いうことを聞かねえ奴ばっかりだな……」


 いつも綺麗に結われた土方の髪は乱れ、目が充血していた。


(心配させてしまった……)

 きゅっと布団を握りしめて、頭を下げた。

 

「申し訳ありませんでした」


 土方はやれやれと首を振る。

――どうせ再びこういうことがあれば、葵は危険を省みずに飛び出していくのだろう。


「肝がいくつあっても足りねえよ」



 そこへ、開け放された襖から斎藤と藤堂が顔を出した。


「あおい君よかったー!」

 藤堂が両手を広げて、満面の無邪気な笑みで向かってくる。


(これは……)


 そろそろ葵も学習していた。

 さっと右横に身体を反らして抱きつかれるのを回避する。


 傾いた葵の身体を、斎藤がしっかり支えていた。

「病み上がりだろう」

「ありがとうございます」


 葵に避けられて畳に突っ伏しそうになりかけた藤堂が、おっとっと、とよろめきながら畳に腰を下ろした。

 

「もう本当心配したよ!」


「ああ、貸し三だ」

 藤堂の言葉に同意した斎藤が、真顔で三本指を立てるので、葵は素っ頓狂な声を出す。


「か、貸し?」



「まず巡察を二回代わっている。そして沖田が使い物にならなくなったせいで、東奔西走(とうほんせいそう)させられた。本来なら両手でも足りないくらいの貸しができている」


「うわー、斎藤の鬼。ってか珍しくべらべら喋るね」


 藤堂は嬉しそうににこにこして、ぽんっと手を打つ。


「わかった! 斎藤もあおい君の心配してたんだろ? じゃなきゃ今日の稽古で僕に一本取られるわけないもんね?」


「黙れ」


 藤堂を睨みつける斎藤の袖を、葵は強くひっぱっていた。

「沖田さんが使い物にならないって……具合がよくないんですか?」


「いや、元気そのものだが」


「お、ちょうど戻ったんじゃねえか?」

 土方の声で皆が襖に目を向ける。


「あ、起きたんだ」

 盆を持った沖田が部屋に入って、器用に足で(ふすま)を閉める。


「目を覚ますときは俺が一番に見てたかったのに、出遅れたな」

 

 冗談っぽく肩をすくめる沖田は、いつもどおりに見えた。


(元気そう……よかった)



 沖田は葵の枕元に卵粥を置く。湯気が立ち、いい香りが漂った。



「お、珍しく気が利くな」

 土方が言うと、「自分の分です」と沖田は粥をさっと膝元に寄せた。


「俺とあおいのは?」

「ないですけど。土方さん粥嫌いじゃないですか」


「んなこと言ったか?」

「えぇ、食べた気がしないって」


(また始まった……)

 ここに来てから何度か目にした光景だ。


 座布団に腰を据え直した土方は、呆れ顔をする。

「せめて、病人(あおい)のは持ってきてやれよ」


「ご自分で持ってきてあげればどうです? 寝られないほど心配してたんですから」


「うるせぇ。お前こそずっとうわの空で、抜け殻になってたくせに」



(使い物にならないってそういうこと? 心配してくれてたのかな……?)


「沖田そのお粥、あおい君のだよね?」

 藤堂が器を覗き込み「卵入ってるもん」と付け加える。


 わずかに沖田の眉が上がる。

 高価な卵は屯所では滅多に出ない。


「頼み込んでたのを見たぞ」

 横から斎藤がぼそっと呟く。

 どうやら滋養のあるものをと頼んで、卵粥にしてもらったらしい。


 沖田は観念したように、手付かずの粥を葵へ戻す。


「俺は梅干しのが好きだから。あげる」


「素直じゃねぇなぁ」

 肩を(すく)める土方に、

「貴方には負けます」と返す沖田。


 どっちもどっちだ、と思って葵は小さく笑う。

 彼の心遣いが、本当は泣きそうなくらい嬉しかった。


「ほら、冷めるから早く食べたら?」

 壁に向かって声をかける沖田。葵は礼を言い、両手を合わせて箸をとった。


「いただきます」


 一口入れると、ふんわりした卵が、空っぽになった胃をあたためた。


 

 沖田は葵が食べているのをしばらく見ていたが、じきに座布団を枕代わりに、畳へ寝転んだ。


 緩んだ口から、ぽつりと呟く。

 

「心配した」


 ひと言だけなのが本心に思えた。


(今、みんなとこうしている時間も、組紐が切れたら全部……)


 唇を噛むと血の味がした。

 舌が痺れ、そっと粥を置いた。



 土方は葵の寂しそうな顔を見ると、手を握りしめた。

 

「……早く動けるようにしろよ。次の仕事があるからな。総司、お前もな……」

 彼は、斎藤と藤堂を連れ大股で襖の向こうに姿を消した。



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