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あさぎに揺れて―幕末男子の愛が重すぎます【新選組 沖田総司✕タイムスリップ小説】―疼くようなときめきを、甘くて重い幕末からお届けします  作者: 雪城 冴 @新選組小説 連載中
三章 復讐の煉火

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415組紐の秘密

 


――葵さん


(誰……?)


――佳代です

 

 佳代は葵の前世である、蒼井直清の恋人だった。彼女は直清に裏切られ失意の中、刀に倒れ、炎に焼かれた。


――火事の炎に呼び覚まされたの


 葵の中は罪悪感と、直清の本当の気持ちを知らせなければと焦燥感に駆られる。

 語りかけようとすると、佳代が遮った。


――葵さんと直清さんは、別の人。……あなたを巻き込んでごめんなさい。どうか、元いた場所に還って。


(……現代に帰れるの?)


――今あなたの運命は、再び死に引き寄せられている。私の煉火(れんか)が消えないうちなら、きっとあなたを還してあげられる。


 帰れる。

 それは、この幕末に来てから何度か願ったことだった。


 だけど。


(私はまだ帰れない……)


――なぜ? この機を逃せばいつになるか分からない。今死んでしまったら、()()()の身体だって保障はないわ。


(直清さんの仇討ちのこともあるけど、私は――)


 言葉が続く前に佳代が、優しく声を掛ける。


――彼を遺していかれないのね


 

(彼……?)

 一人の笑顔がぼんやり浮かぶ。

 


――葵さん……この組紐が切れれば、この時代の人の記憶から、あなたは消え去るの。

 

 葵は愕然とした。

 


 今自分がしていることは全て無意味なのか。

 

――あなたがしたことだけは残るわ。誰がしたことか分からないままに。

 

(じゃあ、私が今している感染予防や、巡察を代わったことによる、彼の肉体の負荷軽減の効果は残るの……?)

 

――ええ。だけど、あなたと未来に関するものは消える。   


(未来のことを言付けたり、記録に残しても駄目ということ? 誰かに手紙に書いてもらっても……?)


――同じよ。全て消えるわ。ただ、例外があるとするなら……

 

 佳代の気配が薄くなった。


――彼が来るわ


 それを最期に声も気配も失くなる。

 感覚が戻らない。


 もう熱さが分からないはずなのに、身体が焼き尽くされていくようだった。


   

 ◆


 

 沖田は、礼相撲を早々に引き上げて、漆黒の京都の町を廻っていた。

 

 芹沢の挑発が不安を煽り、相撲どころではなかった。

 葵の、あの自罰的な正義感が重なると、とんでもない事件が起こるのではないかと。


 土方には笑われたが、杞憂で済むならそれでいいと、振り切ってきた。

 


 丸太町(まるたまち)通りに戻ったとき、北から騒ぎが聞こえ、角を曲がった沖田は血の気が引いた。

 

 目に飛び込んだのは闇夜の中、煌々(こうこう)と燃える大和屋と、向かいの屋根の上にいる芹沢。

 

 隊士に助けられたという子供を抱き、泣き崩れる女が「まだ、中に一人いる」と言ったとき、

 沖田はひとっ飛びで下屋根(げやね)に駆け登っていた。


 熱い風が身体へ吹き付けるが、恐怖も熱さも感じない。

 

 あるとすれば、大切なものを失うかもしれないという突き刺すような焦燥感だけ。


 窓を打ち破って中に飛び込んだ。


(無事でいてくれ――)


 倒れている人影を見つけて駆け寄った。


  葵だとわかり安堵すると、急に熱と煙が沖田の肺を満たした。

 思わず咳き込むが、自分にかまう暇はない。


 葵がこれ以上煙を吸わないように、彼女の口元を袖で覆う。


 ゆっくり抱きかかえて窓から降りると、わっと歓声と拍手で人波が湧く。


 向かいの屋根の上へ目を凝らすと、まだ芹沢がいた。

 後ろから月光が差している。顔に薄ら笑いが浮かんでいるのが分かる。


(今は優先すべきことがある……)


 沖田は斬りかかりたくなる衝動を、やっと抑えた。


 (きびす)を返し、慎重に地面に葵を横たえる。

 

「葵――」

 

 震える手で、彼女の手首の脈をとる。

 わずかに乱れているが、指の腹に血の流れる感覚が伝わった。


――生きている



 膝裏と背に手を入れ、身体を持ち上げる。

 重さを、ぬくもりを、実感として得たかった。


 だけど腕に感じるのは、抱いた(たい)の柔らさ。それがただ、あるだけだった。

 

 沖田はふっと笑んで、腕の中の壊れ物を揺らさぬように、闇が薄らいでいく道を急いだ。 


 

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