414煉火
ここまでの話
タイムスリップしてきた現代の女子高生
神木葵は、目覚めたら蒼井直清と呼ばれて男(男装)になっていた!
剣が強いので、男のふりをしたまま、新選組で過ごしている。
新選組で結核が広がりかけ、コロナの知識を使って阻止する葵。
その一方で、局長の芹沢鴨に目をつけられて一緒に飲みに行くことに。
しかし芹沢は何かしでかしそうで……?
「おい、打ち壊せ」
「は?」
耳を疑った。
「焼き払う」
平然と、芹沢は言ってのけた。
「そんな……」
馬鹿な、とは声が続かなかった。
取り巻きたちは店に雪崩込み、中からは悲鳴や、何か叩き割るような音がしている。
「なにも礼相撲の日に騒ぎを起こさなくても……」
「こんな日だからだ。武士のくせに、あいつら情けねえ真似しやがって!
こいつらも、新選組が守ってやってるってのに、恩も感じねえで……金をケチるんじゃねえよ、この腐れ町人どもが!」
葵は芹沢の腕を力いっぱい引いた。
「こんな事していいと思ってるんですか!?」
芹沢はゆっくりと葵を見下ろした。
その目は、まるで虫でも見るような、冷たく見下げた目だった。
一瞬、葵は五感を失った。
はっと気づくと、ばしゃばしゃという水音と、油の匂いがし始める。
今ここには葵だけ。
いつも助けてくれる人達はいない。
震える手を、組紐の上から押さえ付けた。
(もう、見てるだけは……)
葵は店に飛び込む。
中は、反物がぐちゃぐちゃに引き裂かれ、壁もあちこち叩き壊されている。
さっと見渡すが誰もいない。
いよいよ火をつけるのか取り巻き達は皆外に出ていた。
(店の人は……?)
住人は二階に逃げたようだ。
階段を一段飛ばしに駆け上がると、身を寄せ合って震えている家族が一斉にこちらを見た。
「今すぐ逃げて! 火が!」
「でも、品ものが……」
「そんなのどうでもいいから! お願い!」
葵は無理やり手を引っ張った。下の階から焦げる臭いがどんどん強くなり、煙が這い上がってくる。
火の回りが、想像以上に早い。
窓を開け放ち、下を見た。
(行ける――)
ばっと振り向く。
大人四人に子が一人。
「ここから行って! 男は女子供を補助!」
切迫した葵の声に、皆が慌てて一階の屋根を経由しながら避難を始めた。
ふっと気が緩みかけたその時、向かいの家の屋根の上に芹沢の姿が見えた。
物見遊山のように悠然と腰を下ろし、酒壺を傾けながら、燃え上がる店を眺めている。
その姿に、葵の身体は内側から突き上げるように激しく震えた。
――この男は、本当に人間なのか。
その時、逃げた人の中から「子どもがひとりおりません!」と叫ぶ声が上がった。
葵は迷わず走った。
煙がさっきの倍以上に濃くなり、呼吸が苦しい。視界が白く煙ってほとんど何も見えない。
(……どこにいるの?)
身をかがめて一度息を吸い、声を張り上げた。
「返事して!」
下から、小さく弱々しい声が聞こえた気がした。
階下はすでに火の海だ。
一瞬、本能が足を縫い止めた。
「助けて……」
子どもの声が、今度ははっきり聞こえた。
葵は息を詰め、転げ落ちるように階段を駆け下りた。
(いた――!)
倒れている子供を背負い上げる。
視線を走らせるが、轟々と燃え盛る正面からはもう出られそうにない。
頭から、血が混じった汗がだらだらと流れた。
背中のぐったりした小さな熱が、葵を必死に奮い立たせる。
煙を吸いすぎてふらつく足で、階段を一段一段、必死に踏みしめた。
登ってきてくれていた男に、子供を引き渡すと、苦しい息の中、葵はゆっくりと床に倒れ込んだ。
右手の組紐が熱くなり、周りの音が遠のいていく。
暗い意識の底で、女の声が響いた。




