413傍若無人
「祇園に行くぞ!」
確かそう聞いたはずだったが……
葵は芹沢たちの取り巻き十数名と一緒にいた。
祇園に行くと言いながらも、金がかかると別の場所で飲むことになった。
京都の町の人々は、通りを歩くだけでひそひそと怯えた声を交わす。
「新選組だ……またあの連中か」
遠くから姿を見つけると、急いで家の中に駆け込み、戸を固く閉ざす者。慌ててのれんを外し、店を閉めようとする店まである。
葵は、いつか沖田が『肩身が狭い』と言っていた言葉の意味に、ようやく合点がいった。
あのときは『京都の町を守っているのになぜ?』と思ったが、今ならよくわかる。
芹沢たちは、声も態度もとにかくでかく、尊大で、まるでこの町全体を自分たちの庭のように踏み荒らしているのだ。
取り巻き達は、道を歩く町人をゴミのように蹴散らし、肩をぶつけては「邪魔だ、どけ!」と怒鳴り散らす。子供が泣き出しても、誰も咎められない。
誰もがただ怯えて道を空けるだけだった。
だが芹沢本人は――酒に呑まれなければ、わりかし常識があり、頭も切れ、話も面白い男だった。
新選組を二分するリーダーだけはある。
「おい、もっと酒持ってこい!」
店に入り、こんなに飲んで大丈夫かと葵が冷や冷やし始めた頃、
案の定、芹沢の目が据わり、声が荒くなり始めた。
「いいかあおい。武士たるもの、商売なんてするんじゃねえぞ」
返事も聞かず、芹沢は苦々しく、吐き捨てるように続ける。
「相撲の興行収入を分けてもらうなんて、みっともねえにもほどがある。土方なんかは副長の分際で、最近偉そうに胸張りやがって……」
「先生、それを言えばあの若造こそ!
一番組を任されていい気になってますぜ、生意気な小僧が」
(沖田さんのことか……)
沖田は若いながらも一番組を任されている。
実力順だ、と葵は思うのだが……
内部では違った考えのものもいる。
近藤や土方が、身内びいきで沖田を特別可愛がっている。と吹聴するのだ。
そして沖田本人は「言わせておけばいい」と相手にしない。
もしも芹沢達が沖田の悪口を言ったとしても、絶対に言い返すなど、今日は散々念押しされた。
葵はイライラする気持ちを我慢して、拳を握りしめる。
芹沢は取り巻きがお酌するのも追いつかず、次々に徳利ごと酒をあおり、ガブガブと喉を鳴らして飲み干していく。
急に、葵に挑発的な目を向けた。
「あの小僧、ここに連れてきて試し斬りにしてやろうか」
葵はもう耐えられなかった。
「言葉が過ぎますよ」
芹沢は刀に手をかける。
「代わりにお前でも良いんだぞ。斬り心地が良さそうだが……どこまでもつか見ものだな」
葵がぐっと勢いをつけて立ち上がったとき――
「おいおい、まさか新選組からお代を取ろうなんざ思ってねえよなあ?」
取り巻きの一人が、店主の鼻先まで顔を突きつけて、凄みながらくだを巻き始めた。
値切るというより、ただただ威圧してタダ酒を飲もうとしているのが丸わかりだった。
「ちょっと……迷惑ですよ」
葵が思わず割って入ろうとすると、別の取り巻きに「うるせえ!」と突き飛ばされた。
「いっ……た」
額を強打した衝撃で視界が揺れる。
「まあ! 大変だこと」
女将さんが慌てて駆け寄り、血が出ているのを見て包帯を巻いてくれた。
その間も、芹沢は
「はははっ! 愉快愉快!」
とけたたましく笑い続けている。
その笑い声が、頭の傷にガンガンと響いて、吐き気がした。
(一時でも、芹沢さんをいい人だと思ってしまった私って……)
葵は深く、深くため息をついた。
「残りは後日必ず払いに来ます」
あるだけのお金を番台に置き、葵は芹沢たちの後を追った。
人に金まで使わせておいて、感謝の言葉一つない。むしろ「当然だろ」という顔をされていた。
あれだけ飲んだというのに、芹沢の足取りは意外にもしっかりしている。
(帰りたい……もう限界)
しかし、自分がここで帰れば、この連中が何をやらかすかわからない。
同行してしまった以上、何も起きないよう見張らねばという、妙な義務感に駆られていた。
(でも、もうお金ないんだよね……ならそろそろ解放してくれる?)
――ない袖は振らないだろう
と思った葵が甘かった。
芹沢は一軒の店の前で立ち止まり、にやりと笑った。
「今日は、ここからちょうだいするか」
意味が分からずにいると、芹沢は乱暴に玄関の木戸を引き開けた。
広い店内には、生糸や鮮やかな反物が美しく並んでいる。明らかに高級な呉服屋だ。
「こ……これは皆さん。今日はもう店じまいさせてもろてまして……」
中年の女性が腰を低くして震えながら出てきたが、芹沢は手を上げて遮った。
「貴店は近頃、羽振りがいいようだな」
珍しく芹沢は丁寧な口調だったが、日頃の悪行が染みついているせいか、
女は怯えたように目をしばたたかせ、声が上ずっている。
「そんな……とんでもないことでございます……」
「誰のお陰で平穏に商いができているか、わかっているだろう? 新選組が命がけでこの町を守っておるおかげで、てめえらはこうして商売ができてるんだ。恩知らずが」
「よう存じております。ただ、あいにく主人が留守にしておりまして。お金のことでしたら、また日を改めていただけませんやろか……」
芹沢は番台を拳で思い切り叩き鳴らした。
「下手な嘘を吐くな! この野郎!」
割れるような怒声が店内に響き渡る。
その場にいた全員が縮み上がり、女は「ひぃっ」と悲鳴を上げて後ずさった。
恐怖で顔が真っ青だ。
「ほ、本当のことなんどす……」
芹沢は舌打ちし「なら仕方ねぇな」と店を出た。
成り行きを見守っていた葵は、胸をなで下ろした。
それも束の間。
芹沢は、あおいに顎をしゃくる。
「おい、打ち壊せ」




