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あさぎに揺れて―幕末男子の愛が重すぎます【新選組 沖田総司✕タイムスリップ小説】―疼くようなときめきを、甘くて重い幕末からお届けします  作者: 雪城 冴 @新選組小説 連載中
三章 復讐の煉火

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412火種


 今のところ、屯所に結核は広がっていないようだった。


 宮野を見てくれた医者は、幸い窓を開けることに賛成した。


『身体を冷やすのはいけないが、全て締め切って患者の心を暗くすることない』

 そう言ってくれた。


 度々宮野の部屋に行っていた葵。


 今日も、いつもの癖で木桶に手ぬぐいや水差しを乗せてから、はっと気づく。


「……もう必要ないんだった」


 部屋に入ると、ちょうど藤堂が出るところだった。


「あおい君、ご苦労さま。今日で宮野も最後だ……」


 葵は静かに頷いて部屋に入った。


 すぐ正面に宮野がいて、深々と葵に三つ指をついた。

「あおいさん、世話になったね」

 

 彼は、遠い血縁の者がいる故郷へ帰ることになった。


「さっき、土方さんや沖田さんにも挨拶を終えてね。皆良くしてくれたが、あおいさんには感謝してもしきれないよ」


「私は何も……」


 唇を噛み俯く葵に、宮野はのびのびと言った。

「変わらず接してくれたよ。それだけで救われるもんだ」


 そう言って彼は少しの荷物を持って部屋を出た。

 葵は一人残され、綺麗に片付いた和室をぼんやり見た。



(私が宮野さんに変わらずにできたのは……きっとBCGを打ってたのと、空気感染が危ないって知ってたからだ……)



 葵も結核にかからないという保証はない。

 だが、無防備なものとの差は大きい。


  現代の日本で緊急事態宣言を引き起こしたコロナ。

 初めの頃は予防接種や特効薬はおろか、治療法さえわからなかった。

 学校でも、少し咳き込むと過敏にみんなが反応した。


(私が幕末の人間だったら、宮野さんに同じようにできたのかな……)


 きっと出来なかっただろうと自覚して、自分がひどい人間に思えた。

 

 葵にできるのは、これから先の宮野の人生が、少しでも穏やかであれと願うだけなのだ。


(結局、治してあげることもできない。もっと出来ることがあったかもしれない……)

 

 

 組紐が右手首で揺れる。

 鮮やかな朱色が、宮野を(むしば)んだ喀血(かっけつ)の色と重なり、そっと指で触れた。

 

 直清(前世)に言われ、仇討ちは棚上げ中の葵。


――自分はなんのためにここにいるのだろう

 

 視界に(もや)がかかったようになった。

 不意に後ろで音がした。

 

「おい、行くぞ」


 がさついた低い声。

 芹沢だ。


 結核を恐れないように見える葵を、露骨に避ける者もいる。

 そんな中芹沢は、葵への態度を変えない一人だった。

 

 『労咳なんて天命に任せるしかない』というのが彼の持論だ。


 今日は芹沢と飲みに行く約束をした、礼相撲の日だった。


 せっかちに風を切る背中についていくと、だんだら羽織姿の集団へ出くわす。


 礼相撲に行く、近藤派の隊士たちだ。

 頭一つ抜けた沖田の姿も見えた。


 彼は芹沢を見ると、牽制するように葵のそばに寄った。

 沖田と同じかそれ以上に背のある芹沢は、蛇のごとく目を細める。


「ふん、正装でご苦労なこったな」


 沖田も普段の柔らかな表情を崩す。

 まるで剣で対峙するときのような目をしていた。


「ええ、芹沢さんもお気をつけて。()()()あおいは飲み慣れてないので、無理させないでくださいね」


 

 通り過ぎざま、芹沢は沖田にだけ聞こえるように声をひそめた。

懐刀(ふところがたな)は、身につけていなけりゃ意味がないぞ」


 勢いよく沖田が振り返る。

 すでに先を行く芹沢は葵を連れて、ひらひらと肩上で手を振っていた。


「総司」


 土方が沖田の肩を叩く。


「心配しすぎだ。今日の礼相撲は芹沢が力士と乱闘した尻ぬぐいだぞ。さすがに大人しくするだろう」



「……そうだといいのですが」


 葵の立ち姿がどうにも頼りなくて、沖田は、追いかけていきたくなる気持ちを抑え屯所を出た。

 


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