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あさぎに揺れて―幕末男子の愛が重すぎます【新選組 沖田総司✕タイムスリップ小説】―疼くようなときめきを、甘くて重い幕末からお届けします  作者: 雪城 冴 @新選組小説 連載中
三章 復讐の煉火

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鬼の目にも涙?(土方)


「あいつは、いい筋だったんだ」


 そんなことを土方が言ったのは、宮野の処置が一通り済んだ後だった。 

 稽古場で輪からはずれていた葵は、土方から竹刀を渡された。

 

「お前がいなけりゃ、宮野は……総司に面倒を見させるつもりだった」

 

 言い切ってから、間が落ちた。

 すべてが過去形で語られることが、もう宮野が戻らないことを示している。


(私が来たから……?) 

 何も言うことができないでいると、


「打つぞ」 

 土方が面を締める。

 武骨な手が動くたびに、ぎっ、と軋む音が葵の耳を刺す。


 

 腰元まで垂れた、土方の鮮やかな赤い面紐が、かすかに揺れ――

 同時に踏み込む。

    

 いつもの()えるような気迫も、(たぎ)る殺気もない。だが、今日の土方は、段違いに恐ろしかった。


――来る

 

 葵はしなる一撃を肩に、振り下ろしざまの抜きを胴に受ける。


 重さに、がくんと膝をついた。


「立て。そんな行儀のいい剣を教えたつもりはねえ」


 葵は竹刀を握り直すと、懐へ飛び入り突きを打った。


 ぐっと手応えを感じる。

 土方は後ろへ倒れていた。


 葵は肩を弾ませて土方に近寄る。

「ありがとうございました」

 手を差し出してからはっとした。

 

(嫌がられるかも……)


 朝餉の席で、病の血を恐れるどころか、近づこうとした葵。

 その行動は、この幕末では完全に浮いてしまっていた。

 

 それゆえ今日の稽古もなんとなく一人でいたのだ。


 

 しかし、土方は珍しく素直に手を借りた。


「ふーっ、油断したな」


 力強くて厚みのある手は、気にするなと言ってくれているようで、葵は目の奥が熱くなる。


「いえ……膝をついた時点で、本来勝負は終わりです」


 

 土方が面を剥ぎ取り、葵の面を手の甲でこんっと小突く。

 

「血を吐いたんだ、宮野は静養させる」

 

 少しでも穏やかに過ごせるならと、葵は胸の内でほっと息をついた。

 

「同部屋だった奴らもしばらくは様子見だな」


 

 葵は迷いながら口を開いた。

「あの……なるべく窓から風を入れて……咳も、酷いときは手ぬぐいや袖で押さえるといいのではと……」

 

 全部、コロナ禍の受け売りだ。

 もちろん、こんな考え方はここでは常識じゃない。


 

(確か土方さんはご両親が結核で……お姉さんは肺を病んで、離されて暮らしていたはず……)

 

 想定通り、土方は宮野を別室にするつもりだった。

 


 換気は微妙な反応だ。

「窓から風をいれるのか? 身体を冷やさないほうがいいんじゃねえか? 外の邪気が入り込むだろう」


(邪気……?) 

 

 聞けば土方の姉はその考えに基づき、ほぼ締め切られた部屋で、陽の光も見ずに過ごしていたという。


 土方は姉を思い出したのか、遠い目をした。


「だが、確かに別の医者に見せたときは、風を通せと言われたな……そのときのほうが、穏やかな顔だったか……」 


 

 

 

(お医者さんでも見解が違うのか……屯所は障子に襖だし、普通にしてても空気は入れ替わってるのかな……?)


 

 不審に思われないよう、一旦、換気の件は引き下がることにした。

 

 問題は咳の押さえ方だった。

「そんなことに意味があるのか?」

 明らかに怪訝な顔をされる。

 

 

 葵はもっともらしく付け加える。

「……まじないの一種で、深い意味はないのかもしれませんが。私の故郷では、これで肺の病にかかる者がいなかったと……聞いています」



 自分の行動が、なにかを変えてしまうかもしれない。

 それでも、言わずにはいられなかった。


「まあ。すぐ出来るもんばかりだからな。試すだけなら――」

 少し顔が明るくなった葵を見て、土方は目を細めた。


 そのとき、後ろから沖田が姿を見せる。

  

「いたいた。あの後、朝餉(あさげ)の席で大変だったって……」


 土方は沖田を見て、ため息をつく。

「可愛くねぇ方が来たな……」


「それってあおいさんのが可愛いってこと? 心外だな。私と土方さんのほうが付き合い長いのに」

 沖田はむっとして葵を引き寄せる。

 

「顔に出すぎだぞ」


 対抗するように土方が葵の腕を取る。


 沖田の眉が上がり、手に力が入る。

「わかるようにしてるんですよ」


「少しは余裕を持てよ。これだからガキは……」

「もう立派な大人です」

「大人は自分で大人って言わねえんだよ」


 睨み合う二人の間で腕を引かれ、振り子のようになっていた葵。

 

「あの!」 

 声を上げて両の手を振りほどく。

 

「土方さんさっきの……みなさんに伝えてきてもいいですか? あと、宮野さんなんですが……」


(新鮮な空気と、栄養、加湿も試したいけど……なんて言えばいいかな……)


 男たちのことは眼中にないとばかりに、ぶつぶつ言っている葵に、不満そうな沖田。

 

 土方は、くっと笑いを噛み殺す。

 

「まあ、一度やってみろよ。ただし、医者の話を優先して、様子を見ながらな」


「はいっ……!」


 葵は弾けるように出て行った。

 



 

 対象がいなくなり、手持ち無沙汰になった沖田は、竹刀を手に取る。 

「とりあえずやってみろ、なんて珍しいですね」


 土方はバツが悪そうに頭をかく。

「なんだか……家族のことを思い出しちまってな」


「鬼の目にも涙ですか」

 

「お前な……」

 

 沖田の表情に影が差す。

 

 今まで土方は、表向きは「闘えない者は足手まとい」と、病や傷で弱った者を厳しく切り捨てる副長だった。

 しかし沖田は知っている。それが本心ではないことを。

 

 だからこそ、こんな風に少し人間らしい顔を見せる土方が、たまらなく嬉しく、少し辛かった。


 

「土方さん、打ちましょうよ」

「嫌だね」

 

 土方はそっぽを向く。


 沖田はふっと微笑み、ばれないように、もう一度土方を盗み見る。

 

 滅多に見られない鬼の照れくさい顔。

 

――自分だけはちゃんと見てやろう。

 

「ほらほら、打ちますよ」


「だからやらねえってんだろ!」


「顔笑ってますよ?」


 嬉しそうな沖田に、土方は「後悔するなよ……」

 と、木刀に持ち替えるのだった。






  

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