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あさぎに揺れて―幕末男子の愛が重すぎます【新選組 沖田総司✕タイムスリップ小説】―疼くようなときめきを、甘くて重い幕末からお届けします  作者: 雪城 冴 @新選組小説 連載中
三章 復讐の煉火

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朝餉

※これから「労咳ろうがい」こと結核の描写が出てきます。

幕末当時はまだ治療法がなく、非常に恐れられた病気でした。

本作は当時の人々の恐怖や反応を時代背景として描いたもので、病を患う方への差別を意図したものではありません。

ご理解の上、お楽しみください。

「よ、花の六人目」


 藤堂と朝餉(あさげ)を食べていたら、急に他の隊士にそう言われた。いうだけ言って男はさっさといなくなった。


「花……?」


 首を(ひね)る葵に、向かいの藤堂は汁椀をすすりながら教えてくれた。


「新選組には美男五人衆がいるんだよ。あおい君がその六人目ってわけ」


 葵は、茶が変なところに入ってむせた。


「私が?」


「そうそう、別に覚えなくていいけど

五人ってのはあそこにいる佐々木くん、楠くん……あれ、あと誰だっけな」


 藤堂が指差した方を見ると、美青年二人がいて、そこだけ絵のようだ。

 

 楠は涼しい顔で朝餉を食べている。

 彼は沖田の一番弟子を自称していて、葵に辛く当たるが、美男という点には誰が見ても納得である。


「沖田さんと、藤堂さんは入っていないんですか?」


 

「えぇ! 沖田はともかく僕なんて……」


 藤堂は遠慮がちに手を振るが、葵は、別にお世辞で言ったわけではなかった。

 藤堂は品のある可愛い顔立ちだ。


(沖田さんも……かっこいいよね。いや、これはあくまで客観的な評価……!)


 心の中で言い訳していると



「なんだって?」


 上から声がして顔を上げると、黒い盆の底が見えた。ひょいっとどかすとそこに沖田がいる。

 

「沖田さん、気配消すの止めてくださいよ……」


 沖田は葵の右隣に場所を取った。

 

「悪口でも言っているのかと思ってね」

 

「言うなら、藤堂さんと二人きりの時にします」


「へえ、()()()()……」


 葵は気にせず漬物を放る。ぽりぽり小気味いい音を口の中でいわせていると、藤堂が話を引き受けた。


「あおい君が加わって、美男()人衆になるって話してたんだよ」


「へぇ、あおいさんが?」


 沖田は粥に手を付けずにいる。珍しく興味を引いたようだ。


 葵も箸を止めた。耳をそばだてていると、沖田の口は開きかけて、閉じた。


 その視線を辿ると――




「よう、あおい」

 

 芹沢鴨だ。てっきり怒らせたとばかり思っていたのに、彼はあの夕餉(ゆうげ)以来なにかと葵に絡むのだった。


 芹沢は大きな身体で、葵の斜向(はすむ)かいに陣取る。

 朝の時間を共にする気らしい。


「で? なんの話をしてたんだ」


 芹沢の問いに、沖田は「別に」と短く言う。そこで、美男五人衆の話は終りになった。


  

 葵は緩慢(かんまん)に箸を動かしながら、

 沖田が、葵の顔をどう評価するのか聞いてみたかったのだと気づいた。


 

(聞いてどうするんだろ……)

 沖田は自分を面白がっているだけなのだから、一喜一憂しても仕方ない。

 

 それに真面目に答えるとも思えなかった。

 

 だから、褒められても(けな)されても、そこに沖田の真意は見いだせない。


 胸が苦しくて、食べ過ぎたかな。と箸を置く。


 

(あれ……なんか、芹沢さんのご飯豪華)

 

 局長の芹沢の膳は高脚付きだった。

 平隊士の葵が一番粗末で、朝は米と漬物がメイン。

 組を受け持つ沖田や藤堂は汁椀が付く。

 芹沢はそこへ魚までついていた。


(幕末でも格差社会なのか……)

 

 漬物をかじり終わる葵に、沖田がそっと汁椀をよこしてくる。

 蓋を開けると、山菜汁だった。

 こうしてたまに好みでないものをよこしてくるのだが、葵は心配でしかたない。


「沖田さん、ちゃんと食べてくださいよ」

 こそっというと、知らん顔されてしまう。


 仕方なく葵は山菜を摘む。


(沖田さんに栄養をとってほしいんだけど、偏食なんだよね……)


 あれこれ勧めても食べてくれない。

 

 というか彼は、剣以外に興味がない。

 お腹は空くようだが、腹がいっぱいになればいいと、

 粥を流し込むように食べては箸を置き、すぐに剣を握ってしまう。

 

(この献立も、この時代にしたらいいほうなんだろうけど……新選組になったし、これからは食事の質も上げてほしい)


 芹沢は小魚をばりばり頭から喰らい、沖田を箸で指名した。


「今度、……例のもんを見物に行くんだろう?」 

  

「ええ」

 

「力士どもには、俺の名を出しとけ。挨拶くらいは通しておけよ」

 

「忘れなければ」


 涼しい顔をする沖田。

 芹沢は面白くなさそうだが、それでもつっかからずに黙っていた。


(へぇ……)

 

 傍若無人な芹沢でも、沖田には一目置いているようだ。


 今度、近藤派の隊士たちは相撲を見に行く。

 ただの相撲ではない。

 

 以前芹沢は、派手に力士達とやり合い、すったもんだの大騒動になった。

 その和解の印として設けられたのが、礼相撲だ。


 葵は居残りだが。


 ちょうど、芹沢と目が合った。

 嫌な予感がして、逸らそうとしたが遅かった。

 低く太い声が飛んでくる。


「あおい」

「なんですか芹沢先生」

 

「その日は付き合え。涼みに行くぞ」

 にやっと微笑むと、かんっと椀を乱暴に置いた。




(行きたくない……) 

 酒も飲まないうちから目眩がする。

 片付けようとした時、袖に茶が引っかかった。


「あっ――」

 茶碗は隣の沖田へ転がり落ちた。


「すみませんっ!」


「大丈夫、もう冷めてるよ。あおいさんは?」

「私は濡れてないです!」


「あおい君、これ」


 藤堂にもらった布巾で、わたわたと茶を拭き出す。 


 焦った葵の手が、沖田の濡れた腿に伸びかけると、

 彼はさっと手を掴んだ。

「そこも拭いてくれるの?」


 沖田の軽やかな笑みに、葵は意味を理解して紅くなった。

 俯きしどろもどろに答える。


「えっ、あ……いえ」

 

 沖田はふっと目を細めて立ち上がった。

「着替えてくるから、気にしないで」


(……優しい)

 大きな背中を目で追ってしまう。


 まばたきを忘れて目が乾燥し、沖田が行ってしまってから、まとめて目をしぱしぱさせた。

  

(これは尊敬の気持ち……それだけ)

 熱い頬を冷まそうと、長めに目を閉じた。


 その時。

 後ろで、ぐっと詰まるような音がした。


 振り返るより早く、激しい咳が弾ける。

 

「ごほっ――げほっ、げほっ……!」

 椀が倒れる。

 隊士は口元を両手で押さえたまま、ゆっくりと(かし)いだ。葵の隣に、音もなく崩れ落ちる。

 

 指の隙間から赤がこぼれていた。

 

――血

  

「宮野さんっ、大丈夫ですか!」

 葵が反射的に手を伸ばした瞬間、藤堂に腕を掴まれた。


「あおい君、待って……!」


 藤堂が止め、すぐに自分も宮野の方へ身を乗り出そうとする。

 しかし宮野は口元を押さえたまま、弱々しく手を振った。


「来ないでください……藤堂さん……俺、だめです……」


「宮野……隠してたのか」

 藤堂の声がわずかに震える。


「医者を呼んできてくれ!」

 近くの隊士に指示を飛ばしながら、藤堂は悔しそうに唇を噛んだ。


「労咳か……」


 その言葉が落ちた途端、周囲の空気が一瞬で重くなった。

 皆が心配そうに宮野を見ているのに、誰も簡単に近づけない。

 駆け寄りたい気持ちと、恐れがせめぎ合っているのが伝わってくる。

 

 

(そうだ……)

 葵はそこでようやく、場の空気の重さを理解する。

 

 治療法が確立された現代とは違う。


 結核は幕末(ここ)では、死に直結する病なのだ。

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