朝餉
※これから「労咳」こと結核の描写が出てきます。
幕末当時はまだ治療法がなく、非常に恐れられた病気でした。
本作は当時の人々の恐怖や反応を時代背景として描いたもので、病を患う方への差別を意図したものではありません。
ご理解の上、お楽しみください。
「よ、花の六人目」
藤堂と朝餉を食べていたら、急に他の隊士にそう言われた。いうだけ言って男はさっさといなくなった。
「花……?」
首を捻る葵に、向かいの藤堂は汁椀をすすりながら教えてくれた。
「新選組には美男五人衆がいるんだよ。あおい君がその六人目ってわけ」
葵は、茶が変なところに入ってむせた。
「私が?」
「そうそう、別に覚えなくていいけど
五人ってのはあそこにいる佐々木くん、楠くん……あれ、あと誰だっけな」
藤堂が指差した方を見ると、美青年二人がいて、そこだけ絵のようだ。
楠は涼しい顔で朝餉を食べている。
彼は沖田の一番弟子を自称していて、葵に辛く当たるが、美男という点には誰が見ても納得である。
「沖田さんと、藤堂さんは入っていないんですか?」
「えぇ! 沖田はともかく僕なんて……」
藤堂は遠慮がちに手を振るが、葵は、別にお世辞で言ったわけではなかった。
藤堂は品のある可愛い顔立ちだ。
(沖田さんも……かっこいいよね。いや、これはあくまで客観的な評価……!)
心の中で言い訳していると
「なんだって?」
上から声がして顔を上げると、黒い盆の底が見えた。ひょいっとどかすとそこに沖田がいる。
「沖田さん、気配消すの止めてくださいよ……」
沖田は葵の右隣に場所を取った。
「悪口でも言っているのかと思ってね」
「言うなら、藤堂さんと二人きりの時にします」
「へえ、二人きり……」
葵は気にせず漬物を放る。ぽりぽり小気味いい音を口の中でいわせていると、藤堂が話を引き受けた。
「あおい君が加わって、美男六人衆になるって話してたんだよ」
「へぇ、あおいさんが?」
沖田は粥に手を付けずにいる。珍しく興味を引いたようだ。
葵も箸を止めた。耳をそばだてていると、沖田の口は開きかけて、閉じた。
その視線を辿ると――
「よう、あおい」
芹沢鴨だ。てっきり怒らせたとばかり思っていたのに、彼はあの夕餉以来なにかと葵に絡むのだった。
芹沢は大きな身体で、葵の斜向かいに陣取る。
朝の時間を共にする気らしい。
「で? なんの話をしてたんだ」
芹沢の問いに、沖田は「別に」と短く言う。そこで、美男五人衆の話は終りになった。
葵は緩慢に箸を動かしながら、
沖田が、葵の顔をどう評価するのか聞いてみたかったのだと気づいた。
(聞いてどうするんだろ……)
沖田は自分を面白がっているだけなのだから、一喜一憂しても仕方ない。
それに真面目に答えるとも思えなかった。
だから、褒められても貶されても、そこに沖田の真意は見いだせない。
胸が苦しくて、食べ過ぎたかな。と箸を置く。
(あれ……なんか、芹沢さんのご飯豪華)
局長の芹沢の膳は高脚付きだった。
平隊士の葵が一番粗末で、朝は米と漬物がメイン。
組を受け持つ沖田や藤堂は汁椀が付く。
芹沢はそこへ魚までついていた。
(幕末でも格差社会なのか……)
漬物をかじり終わる葵に、沖田がそっと汁椀をよこしてくる。
蓋を開けると、山菜汁だった。
こうしてたまに好みでないものをよこしてくるのだが、葵は心配でしかたない。
「沖田さん、ちゃんと食べてくださいよ」
こそっというと、知らん顔されてしまう。
仕方なく葵は山菜を摘む。
(沖田さんに栄養をとってほしいんだけど、偏食なんだよね……)
あれこれ勧めても食べてくれない。
というか彼は、剣以外に興味がない。
お腹は空くようだが、腹がいっぱいになればいいと、
粥を流し込むように食べては箸を置き、すぐに剣を握ってしまう。
(この献立も、この時代にしたらいいほうなんだろうけど……新選組になったし、これからは食事の質も上げてほしい)
芹沢は小魚をばりばり頭から喰らい、沖田を箸で指名した。
「今度、……例のもんを見物に行くんだろう?」
「ええ」
「力士どもには、俺の名を出しとけ。挨拶くらいは通しておけよ」
「忘れなければ」
涼しい顔をする沖田。
芹沢は面白くなさそうだが、それでもつっかからずに黙っていた。
(へぇ……)
傍若無人な芹沢でも、沖田には一目置いているようだ。
今度、近藤派の隊士たちは相撲を見に行く。
ただの相撲ではない。
以前芹沢は、派手に力士達とやり合い、すったもんだの大騒動になった。
その和解の印として設けられたのが、礼相撲だ。
葵は居残りだが。
ちょうど、芹沢と目が合った。
嫌な予感がして、逸らそうとしたが遅かった。
低く太い声が飛んでくる。
「あおい」
「なんですか芹沢先生」
「その日は付き合え。涼みに行くぞ」
にやっと微笑むと、かんっと椀を乱暴に置いた。
(行きたくない……)
酒も飲まないうちから目眩がする。
片付けようとした時、袖に茶が引っかかった。
「あっ――」
茶碗は隣の沖田へ転がり落ちた。
「すみませんっ!」
「大丈夫、もう冷めてるよ。あおいさんは?」
「私は濡れてないです!」
「あおい君、これ」
藤堂にもらった布巾で、わたわたと茶を拭き出す。
焦った葵の手が、沖田の濡れた腿に伸びかけると、
彼はさっと手を掴んだ。
「そこも拭いてくれるの?」
沖田の軽やかな笑みに、葵は意味を理解して紅くなった。
俯きしどろもどろに答える。
「えっ、あ……いえ」
沖田はふっと目を細めて立ち上がった。
「着替えてくるから、気にしないで」
(……優しい)
大きな背中を目で追ってしまう。
まばたきを忘れて目が乾燥し、沖田が行ってしまってから、まとめて目をしぱしぱさせた。
(これは尊敬の気持ち……それだけ)
熱い頬を冷まそうと、長めに目を閉じた。
その時。
後ろで、ぐっと詰まるような音がした。
振り返るより早く、激しい咳が弾ける。
「ごほっ――げほっ、げほっ……!」
椀が倒れる。
隊士は口元を両手で押さえたまま、ゆっくりと傾いだ。葵の隣に、音もなく崩れ落ちる。
指の隙間から赤がこぼれていた。
――血
「宮野さんっ、大丈夫ですか!」
葵が反射的に手を伸ばした瞬間、藤堂に腕を掴まれた。
「あおい君、待って……!」
藤堂が止め、すぐに自分も宮野の方へ身を乗り出そうとする。
しかし宮野は口元を押さえたまま、弱々しく手を振った。
「来ないでください……藤堂さん……俺、だめです……」
「宮野……隠してたのか」
藤堂の声がわずかに震える。
「医者を呼んできてくれ!」
近くの隊士に指示を飛ばしながら、藤堂は悔しそうに唇を噛んだ。
「労咳か……」
その言葉が落ちた途端、周囲の空気が一瞬で重くなった。
皆が心配そうに宮野を見ているのに、誰も簡単に近づけない。
駆け寄りたい気持ちと、恐れがせめぎ合っているのが伝わってくる。
(そうだ……)
葵はそこでようやく、場の空気の重さを理解する。
治療法が確立された現代とは違う。
結核は幕末では、死に直結する病なのだ。




