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あさぎに揺れて―幕末男子の愛が重すぎます【新選組 沖田総司✕タイムスリップ小説】―疼くようなときめきを、甘くて重い幕末からお届けします  作者: 雪城 冴 @新選組小説 連載中
三章 復讐の煉火

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禁令



 夕餉の部屋に葵が入る。

 いつもより大勢の隊士達が座り込んでいる。

 どうやら、今日はただの食事の場ではないらしい。


 間もなく、三人の男が入って来る。

 彼等は隊士の前にどっかり腰を下ろした。

 

 中央に構えるのは局長の近藤(こんどう) (いさみ)

 土方と同じく農民の出で、天然理心流(てんねんりしんりゅう)の使い手。


 

 左に座しているのはよく知る土方 歳三。子供の頃はバラガキ(悪ガキ)で有名。近藤を支える、鬼の副長。

 その恐ろしさを、葵はすでに身をもって知っている。後、意外と優しいということも。


 

 最後の三人目は、名前を聞いても分からなかった。

 局長の芹沢せりざわ かも

 大きな体躯(たいく)と堂々とした出で立ち。不敵な笑みをたたえた彼は、武士の出という。


(3人中2人知ってるなんて……私、意外と新選組に詳しい……?)


 こんなことになるなら、新選組オタクの父の話をもっと聞いておいてもよかった。


  

 隊士たちは大きく近藤派、芹沢派に分断されていた。

 

 土方ひじかたが話し始めた。


「近ごろ新選組も人数が増えた。そこで――」


 懐から紙を取り出す。ばさっと広げる音が広間に落ち、次に、彼の正確な声がそれを読む。

禁令(きんれい)をここに定める――」

 

 葵は頭の中で噛み砕く。


 一、武士道に背いてはいけない

 二、新選組を抜けてはならない

 三、勝手に金を貸したり借りたりしない

 四、勝手に訴訟してはいけない

 五、個人的な戦いをしてはいけない


 土方が深く息を吐く。

「最後に――右条々(みぎじょうじょう)相背(あいそむ)く者は、即刻切腹(そっこくせっぷく)申し付くべきもの(なり)


 

 葵はごくりと喉を鳴らした。

 

「守れなければ切腹とは、いささか苛烈すぎやしませんか」


 「そうだそうだ」と、多勢に隠れて控えめな声が続く。



 芹沢は唇をほどき、つと口の端を釣り上げる。


「なに。武士の()()()をするなら、これくらいは必要であろう。なぁ、近藤さんよ」


 土方の目の奥が鋭くなる。芹沢は農民出身の近藤や土方を馬鹿にしているようである。

 一触即発の雰囲気に、他の隊士達は水を打ったように黙りこくる。

 

(うわぁ……)


 少し距離もあったので、葵は呑気に大河ドラマを見ている気分だった。生まれや流派が違うというのは、ここまで人を熱くさせるのか。

 

 現代でいう、政治や宗教の話にあたるのか、などと思っていると、


「間の抜けた(つら)をしている奴がいるな」


 芹沢が自分を指していると気付き、葵は即座に背筋を伸ばす。


「名は何だったか」


「蒼井直清と申します」


 葵は、名乗り慣れ始めた、ここでの姓名を口にする。

 芹沢と視線がかち合う。

 

 逸らしたら負けだ――そう、芹沢の目が語っていた。

 感じ取る葵も、一歩も引かない。


 数十秒か数分か分からぬが、先に根を上げたのは芹沢だった。

 彼は、まるでにらめっこでもしていたかのように、豪快にがははと降参した。


「そこまで見つめられると、さしもの俺も照れるではないか。あおいよ、気に入ったぞ」


(えぇ……)

 とりあえず「は」と頭を下げたが、同時に気持ちも下がる。


 土方が解散の号令をかける。業務があるものは広間を出て、まだの者は食事をとりにゆく。






 

「おい」


 背後からの不穏な声。

 振り返るより先に芹沢と分かった。


 緊張した面持ちで肩ごしに見れば、芹沢はこいこいと手招きをしている。

 嫌だと思うが、言っても仕方がない。


 いつの間に飲み干したのか。芹沢の周りには空のとっくりが(いく)つも転がされている。

 それらを()けつつ腰を下ろすと、ぷんと酒の匂いが(ただよ)った。


 芹沢は充血した目で探りをよこす。

 

「あおいは武家の出なのだろう?」


「はい」

 蒼井直清は、江戸の下級武士の出だ。


「それなら、近藤や土方なぞといると、あっと云う間に泥の臭いが移っちまうぞ」

 

 隣の小太りの男が、すかさず合いの手をうつ。


「芹沢先生は、()天狗党(てんぐとう)でいらっしゃった。実戦は当然の(ごと)く、御刀(みかたな)幾人(いくにん)()って捨てているのだぞ」


 何人も斬っている――

 それは、この時代にあっては胸を張るべきことなのだろう。

 ()()()()()()に自分はいるのだと、葵は改めて身震いした。


(ところで、天狗党って……なに?)


 ぴんと来ない様子の葵に「そんなことも知らんのか」と、小太りの男は呆れ気味に続ける。

 

 天狗党は、水戸の、人斬りも辞さない荒れ狂う集団。芹沢は天狗党時代に人を斬殺し、一時は処刑されかけたという。


「わかったか」

 小太りの男は葵に顎を上げ、芹沢には頭を下げる。



 

(悪人なのはわかったけど……)

 

 芹沢の、近藤を侮辱(ぶじょく)するような口上(こうじょう)に、どう返答したものかと黙っていた。


 芹沢は、葵に気づかれぬよう小太りの男に目配せをする。


 応じた男が、

「おい、芹沢先生の酒が減っておるぞ」

 と葵に促すので、慣れない手つきで酒を注ぎ入れた――


  

 その瞬間、

 芹沢が器を持つ手を返す。

 

 (したた)(こぼ)れていく酒は、彼の藍の袴を、みるみる濃い色に変えてゆく。


「なにか拭くものを……」


 立ち上がりかけた葵の右手を芹沢が引く。

 あまりに強い力なので、葵は痛みに顔を歪めた。


「……離していただけませんか」


 口から出た葵の声は、落ち着き払っていた。

 

 しかし芹沢の返事は、 

「人に酒をかけておいて、そいつはないだろう?」

 愉悦を浮かべ、明らかにこの一興(いっきょう)を面白がっている。

 

 

 葵の視界の端に息を荒くした土方が映るが、助けてもらってばかりいられない。


「芹沢先生、少し飲み過ぎではありませんか?」

 柔らかく申し入れると、ぴくりと眉を跳ね上げた芹沢は、勢い込んだ。

 葵は、身を低くし頭を下げる。


「気が利かなくて申し訳ございません。すぐに水をお持ちします」


 顔を上げてたおやかに笑うと、芹沢は面食らい、葵を握る手の力をわずかに緩める。

 その隙にするっと右手を引き抜き、葵は軽やかに立ち上がった。


 この茶番の終わりを示すために一礼する。

 彼は微動だにしなかった。

 

 離れた後、葵は口から心臓が飛び出しそうだった。


「なかなかやるじゃねえか」

 そう、土方に背を叩かれたのが、ひどく強く感じた。

 

 背骨に響いた痛みが、鈍く全身に広がる。

 これからの厄介事を暗示しているようで、葵はあとから後から、冷たい汗が噴き出していた。

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