斎藤と巡察
「何か企ててる?」
刀を差している葵を、問い詰める沖田。
葵はここ最近巡察の回数を目に見えて増やしていた。人手不足で沖田が出ていた分を、まるで奪うように。
葵は視線を彷徨わせつつ、
「腕を上げたくて……」
と答えて俯く。
「ではこれは?」
彼の視線の先には、濡れた布が干されている。
洗濯なら外に干せば良さそうだが、なぜ室内の鴨居に干すのかが、沖田には皆目見当もつかないようだ。
「潤いを……喉にいいんです……」
「喉痛いの?」
心配そうに覗き込む沖田に、耐えられないとばかりに、葵はさっさと部屋を出た。
八月十八日以降、葵は土方のますますの信頼を勝ち取り、京都中を奔走しているのだった。
その任務は市中警備だけではなく、諜報、雑用まで多岐にわたる。
隊士たちと落ち合い、巡察に出た葵は、視線が空をさまよい、手は意味なく十手(鈎つきの警棒のようなもの)に触れる。
(沖田さんに出来ることって、他に何があるのかな? 休息と加湿、栄養? 大したことが思いつかない……)
そもそも沖田は結核の兆候もなく、元気そうに見える。
(池田屋事件で血を吐くんだっけ……? いや、あれは後世の創作だとかお父さんがうるさく言ってたな)
もしかしたら、このまま元気で長生きするのではないか――
葵はため息をつく。
(佳代さんのお墓参りも行きたかったのに……)
調べたところ大阪の方だとわかり、しばらく行くことはできなそうだ。
(駄目だ、集中しないと)
今さら反省して、斜め前を見た。
今日の巡察は斎藤と一緒だった。
無言。
歩幅も一定、足音すら揃っているようで、気配だけがある。
(……気まずい)
沖田とは違う種類の緊張だった。気を遣われている感じもなければ、試されている感じもない。
ただ――見られている。
評価されている、というよりは、観察されているような息苦しさだ。
壬生から外れ、市中に出ると、夕暮れの色が、町を淡く染めていた。
通りの先で、男が二人、言い争っている。
侍と、町人風の男。
「喧嘩ですかね?」
葵は一歩踏み出しかけた。
――が、その肩口に、軽く手が触れる。
「待て」
低い声だった。
振り返ると、斎藤は視線だけで前を示す。
「先に見ろ」
「……はい」
葵は息を整え、改めて二人を観察する。
侍は酔っぱらい、足元がふらついていて、大声でわめいている。
葵は斎藤に頷いてから十手に手をかけ、二人に声をかけた。
「何をされているんですか」
侍ははんっと馬鹿にしたように笑う。
「なんだ、優男が……」
言いかけて、葵が自分よりずっと背が高いことに気づいたようだ。侍は黙り込む。
町人が助けを求めるように口を開いた。
「この男が、いきなり絡んできたんです……!」
「うるせぇ、こいつがぶつかってきやがったんだ!」
葵はなるべく穏やかに二人の間に割って入る。
「新選組です。争いはお控えください」
一瞬の間。
今や京都の町で有名になりつつある新選組の名は、なかなか効果が高いようだ。
侍の顔色が変わる。
「……ちっ、つまらねえ」
侍はそれだけ言うと、ふらつきながら去っていく。
葵は町人に向き直る。
「怪我はありませんか」
「あ、ああ……助かりました」
深く頭を下げる男に、葵は「お気をつけて」と見送った。
「……よかった」
と、思ったとき――
背後から殺気。
振り向きざまに鞘で受ける。
音が遅れて届く。
葵は目を見開いた。
「斎藤さん……!?」
刀で振りかぶってきたのは斎藤だった。
「ちょっ、なんの真似ですか!?」
鞘に手を添え、押し負けないように力を入れる。
斎藤は静かに太刀を払う。
「撃剣訓練だ」
低く淡々とした声に、葵は青ざめて声が出なかった。
「十手など甘いことをするからだ」
彼は音もなく刀を収めると背を向けた。
「初手で潰せ。死にたくなければな」
「……申し訳ありませんでした」
頭を下げる葵は喉がひどく乾き、自分の甘さを飲み下した。
斎藤は再び歩き出す。
「勘の良さは評価に値するがな」
ぽつりと声がした。
葵の一歩前を行く斎藤は、意識してか知らずか、守るように行く位置だった。




