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あさぎに揺れて―幕末男子の愛が重すぎます【新選組 沖田総司✕タイムスリップ小説】―疼くようなときめきを、甘くて重い幕末からお届けします  作者: 雪城 冴 @新選組小説 連載中
三章 復讐の煉火

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本当の名前

 

 蒼井、いや神木葵――

 それがあの人の本当の名。


 葵はまるで四季のようだ。

 

「ね、土方さんもそう思いません?」


 縁側で独り、日を浴びていた沖田は、通りかかった土方に声をかけた。


「何の話だよ」


「ふふ、なんでしょうね」

 

 唐突に呼び止められた土方は、最近どこか物憂げな沖田の隣に腰を下ろした。


「で、なんだって?」


「うん、四季がね。季節が巡るのっていいなぁっていう話です」


「悪いが、全く読めねぇ。急に俳人みたいなこと言い出してなんなんだよ」


「それは、豊玉(ほうぎょく)先生の得意分野じゃありませんか」


 調子よく言ってのける沖田。

 豊玉先生、というのは土方が俳句を詠む時の雅号(ペンネーム)の【土方豊玉】からとっている。


「豊玉先生が、俳句を詠むのに部屋に(こも)ると、隊士たちが怯えていますよ。『鬼の副長』が、次は誰を粛清するのかってね」


 無邪気な笑い声に、土方は「馬鹿にしやがって」と鼻を鳴らす。

 沖田の方は、案外本気で土方のこの趣味を尊敬していた。もちろん面と向かっては言わないのだが。


 試しに、と沖田は口を開く。


「もし、四季のような人がいたら、土方さんならなんて詠みます?」

 

「なんだよ、総司もやっとか」


 土方はにやっと笑い、煙管(きせる)を取り出す。

 

 江戸の試衛館のころから一緒にいるが、沖田が女のことを話すのは初めてだった。

 天才と変人は紙一重とはよく言ったもので、沖田の剣の腕については土方は一目も二目も置いているが、その他のことについては言うまでもなく。

 

 剣ばかり強くなって、他はどこか幼いこの弟分を、危なっかしくて見ていられないと、そんな風に案じることもある。


  

 煙草入れから取り出した葉が、火をつける前から香る。


  

 早めの赤とんぼが視界を横切る。

 もう夏も終わる。蚊取り線香も、もうじき役目を終える。

 

 土方は火を移すと、どこの(くるわ)だと聞く。

 沖田は首を振った。

 

「残念ですけど、私は土方さんみたいに色男じゃないんで。そう何人も、商売の方を相手には出来ませんよ」


「棘を感じるが……まぁいい。四季に例えるくらいなんだから、相当本気なんだろう?」


「うん? ええ、まぁ」


 土方が思い浮かべているのは、咲き誇る花や、澄み渡る川の美しさに違いなく、

 対して沖田は、それとは真逆の、終わりゆくものたちを葵に重ねているのだった。


 土方は眉をひそめる。


「まさか、()()()だとか言わねぇよな」


「あおいさん?」


 今度はあっさり言ってのける沖田に調子を狂わされ、土方は話を逸らすように、煙草の煙を(くゆ)らせた。


「いや、まぁ。綺麗な顔してるが……お前を慕う(くすのき)が聞いたら卒倒しそうだな」

 

「あおいさんは、特別」


 土方はごくっと喉を鳴らす。甘い言葉とは裏腹の、斬りつけるような緊張感に、一瞬、煙さえも動きを止めたように思えた。


 沖田は儚むように目を細める。 


「かわいい……いや、(かほ)ゆゆし、かな」

 

 彼が言ったのは『可哀想で、気の毒で見ていられない』という、可愛いの語源の平安言葉だった。


「はぁ? かわいいってことだろ?」


「ちょっと違うんですよね。あの痛々しさが……目を覆いたくなる。だから、特別」


 一息ついて、土方は吸い終わった煙草を見つめた。

 

「あおいの奴も災難だな、こんな奴に見つかって」


「本当に、そう思います」


 沖田の笑顔――この、ある種の人間に共通する笑みを浮かべられると、土方は胸がさわぐ。

 吸い終えた煙管(きせる)に葉を詰め直した。

 

「土方さんも、可愛がってますもんね。あおいさんのこと」


「あぁ」


 思いがけない返答だったのか。

 沖田が食い入るように見るので、土方は耐えきれずに面と向き合った。


「なあ総司。大切なら、壊してごまかすようなことはするなよ」


「そんなつもりは……」


 最後まで言葉が続かず、沖田は自身の膝を抱いた。

 土方はそういう男だ。彼なら葵の悩みを聞き出してやれるのだろうか――

  

 膝に顔を埋めたままの沖田の背を、土方は撫でた。 

  

「同じだよ。総司も……あおいも可愛い弟子だ」


 沖田は膝から顔を上げた。

 

「私は免許皆伝なんで……どっちかっていうと土方さんが弟子……って!」


 小突かれた頭を押さえる。


「撤回だ! くそ、可愛くねぇなお前」


 あははと笑う沖田に、土方はぼそっと、

「安心しろ、俺は(あおい)に興味ねぇよ」

 と呟いた。

 

 沖田は、嘘つき、とは云わなかった。

 

 あおいは背の高さ、幹部に並ぶ剣の腕。  

 沖田が立ち回っているのもあって、平の隊士たちは葵の性別を疑ってもいない。

 それでも、土方が気づかないなんてことはないだろう。


 ごろんと縁側に寝転び、頭上の土方を見れば、火が明滅する速さが増していて、

 やっぱり、と沖田は目を閉じる。

 

 これはただの勘、というよりは確実なものだが、土方はあおいに複雑な感情を持っているはずで。

 それは、あおいの性別に気づいてしまった葛藤が、土方をそうさせているのだ。


 しかし、それを問い詰めても何の意味もない。もし、あおいが女だと公になれば、土方がどんな行動に出るかは考えたくなかった。


 


 縁側に煙管(きせる)が打ち付けられる音を聞くと、今頃煙が染みたのか、胸に苦みが刺さる。



(不思議な人だよなぁ)


 徳川の御紋である『葵』を名前にしていることも、男のふりをしていることも謎だが、それにもう一つ――


(どうして彼女は()()を知っていたのか)


――浪士組が新選組になるということを


 

 蝉が地面に転がり落ちる。

 じ……という最期の一声に、沖田は聞き惚れた。

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