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あさぎに揺れて―幕末男子の愛が重すぎます【新選組 沖田総司✕タイムスリップ小説】―疼くようなときめきを、甘くて重い幕末からお届けします  作者: 雪城 冴 @新選組小説 連載中
二章 朱い糸(八月十八日の政変)

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閑話_ある日の稽古②

 不意に、鋭く低い声がした。

 

「代われ」


「斎藤さん……」

 

 退こうとする葵に斎藤は首を振り、沖田に向けてしっしっと手を払った。

 葵は斎藤を見上げる。


「私とですか?」


「そうだ」


 藤堂が沖田に話しかける。

 

「うわ、斎藤とか。大丈夫かなあおい君……」


 沖田は面の紐を緩めると、黙って壁にもたれた。



 


  

 斎藤は左手に剣を持ち、低い位置にゆらりと構えている。

 葵も構えを取り、目を逸らさぬまま思案する。

  

(斎藤さんは、片手突きが得意なんだっけ……)


 リーチがある斎藤に、まともに間合いに入っていくわけにはいかない。ならば、片手突きを交わした後の左腕を叩けば――

 


 斎藤の左手がわずかに動いた。

 

――来る

 

 葵は一歩横へ跳ぶ。

 斎藤の切っ先が、空を裂いて通り過ぎた。

 

(よし、交わせた!)


 

「あおい君すごい!」

 藤堂が手を握り締めた、


 瞬間


 間合いが詰まる。


「遅い」

 

 振り上がった竹刀が、葵の頭上にためらいなく振り下ろされた。

 衝撃と共に視界が白く弾け、葵の身体は、うつ伏せに倒れ込む。


 さらなる踏み込みに床が揺れた。 






 

「斎藤!」


 沖田の声が聞こえた。

 葵が頭を押さえながら顔だけ上げると、

 目に入ったのは、斎藤の竹刀を素手で止めている沖田だった。


「勝負はついてる。これ以上はやりすぎだろう」


「ふん」

 鼻を鳴らし、斎藤は竹刀を沖田へ押し付ける。


「ではお前が代われ」


「やだ」


 斎藤の眉間に深くしわが寄り、すぐに無表情に戻る。


「ぬるい」

 

「なにが」


「あおいに対する剣だ。なぜお前はあの突きを打たない」


 三段突きのことだ。目にも止まらぬ早さで三度の突きを繰り出す沖田の得意技。

 決められると、相手はわけもわからない内に、一瞬で勝負がつくという。


 

(そういえば、打たれたことない……)


 沖田は斎藤を無視して、葵に手を差し伸べる。


「平気?」


「はい」

 


 藤堂が、まぁまぁと斎藤の前に出る。

 

「嫉妬も度が過ぎると……」


 

 斎藤の目が一層迫力を増す。

「なんだと?」


「だから、沖田があおい君にかかりきりなのが面白くないんだろ?」


「貴様……」


 

 葵は沖田の手を取らず、自分で立ち上がった。

 


「沖田さん、三段突きを見せてくれませんか?」



 沖田は驚いた顔をした後、にこっと笑った。

 いつもの悪戯っぽい雰囲気とは少し違っている。


「……本当に、見たい?」


 声が低い。

 稽古場の空気が一気に張りつめる。

 葵はごくりと喉を鳴らした。


「はい。……お願いします」


 沖田は小さく息を吐いて、ふっと笑った。


「じゃあ……行くよ」


 彼はゆっくりと平正眼に構え直す。

 葵も構えを取った。


 

「――」


 一歩。踏み込みに、世界が崩れたように感じた。


 三つの衝撃が、ほとんど同時に葵の意識を貫いた。


 右頬。

 左肩。

 そして最後の突き――喉元、手前でぴたりと止まる。


 風圧だけで、葵の前髪が大きく揺れた。

 目が沖田の剣先に釘付けになる。


 

 彼はゆっくりと竹刀を引いた。


「終わり」


 声はいつも通り軽い。

 その軽さが逆に恐ろしかった。


 葵は膝を震わせながら、なんとか立っていた。


「……今、何本入ったんですか?」


 

 沖田は首を傾げて微笑む。


「入ってないよ」


「……」


 確かに、肌に触れた感触はなかった。

 だが、あの速さ、正確さ。

 

 もし沖田が「当てる」つもりだったら、

 これが竹刀でなく、刀だったら――


 斎藤が、ぽつりと呟く。


「……多少は本気を見せたか」


 沖田は肩をすくめて、竹刀をくるりと回した。


「ただの見本だよ。ちょっと派手にやってみただけ。あおいさんのお願いだから」


 そう言って、沖田は葵に片目で目配せをした。

 いつものからかう仕草だ。


「どう? 満足した?」


 葵は俯いたまま肩をわななかせていたが、ぱっと顔を上げた。


「踏み込みの音一回だけでしたよね!? 顔、肩、喉への突きが……本当に一瞬でしたっ!」

 

 

 ぴくっと斎藤の眉が上がる。

「あいつ、"見えて"いるのか」


 藤堂が腕組みして頷く。

「じゃなきゃ、斎藤の突きも避けられないよね。僕なんか昨日やられたとこまだ腫れてるよ……」


 頬を紅潮させる葵に、沖田の目が優しく細まる。


「次は、あおいさんが当ててみてよ」

 

 竹刀を置き場へ戻すと、彼は稽古場の出口の方へ歩き出す。


「今日はここまで。みんな、片付けよろしく」


 隊士たちが慌てて動き出す中、

 葵はまだその場に立ち尽くしていた。



(いつか、私も――)


 仇の片桐左京を捕らえるためにも。そして沖田の負担を減らすためにも。

 葵は片付けの輪に走っていった。


 

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