閑話_ある日の稽古①
楠さんのキャラは、完全に創作しております。。
「そういえば、これなんなんだろう?」
葵は、白い長い布を見つめていた。直清の手荷物にあったもので、2mほどある。
さらしに似ているが、もっと厚地だ。
葵は、自分の身体を太く見せるのに使えるのではないかと思いつき、ぐるぐると着物の上から試し巻きを始める。
ちょうど襖の方へ向いた時、沖田が入って来て、珍妙な生き物でも見るような顔をしている。
「何してるの? ふんどしなんて巻いて……」
「え」
葵は耳まで真っ赤になった。
だが、恥ずかしがっている場合ではない。沖田の疑念をとこうと、
「はは、知ってますよ」
と、返事をしながら下を向き、ふんどしをそそくさと畳んだ。
「そう? じゃあ、稽古行こうか」
「……はい」
うるさく言われなくてよかった。それにしても、まさかふんどしだとは。
稽古場に着くと、沖田が入ったことで隊士たちが色めき立つ。
「見ろよ、沖田先生だぜ」
葵も以前沖田へ向けて先生と呼んだのが、気色が悪いからやめろとまで言われそれきりだった。
沖田が淡々と準備に取り掛かり始めた。
その間、一人の隊士が葵ににじり寄る。
「あおいさん。少々腕に覚えがあるようですが、先生に可愛がられているなどと勘違いなさらないでくださいよ」
彼は楠小十郎。花の美青年だ。
沖田の一番弟子を自称している。
楠は、仰ぐべき師である沖田の周りをうろつく葵が、ひどく癪に障るようで、
大きな目を精一杯細めて睨みつける。
「大体、先生の部屋で寝起きするというのは、どういう了見なのです。
いくらなんでも馴れ馴れしすぎやしませんか?」
ここにいればいい――そう言って部屋に葵を置くのは沖田なのだ。
視界の端にいる沖田は、防具を付け終えて竹刀を選んでいる。
弘法筆を選ばずというのか、沖田は物に執着もなく、毎日気分で竹刀を変える。
「打とうか」
沖田がくると、楠は態度も声も裏返した。
「沖田先生! 今日は僕が先ですよ。この前お約束してくださいましたよねっ」
沖田は、「そうだっけ?」と首をかしげる。
「そうですよ……ずっと……お待ちしてたんですよ?」
瞳を潤ませる楠に、沖田は慌てた様子だ。
宥めるように腰を折り、楠の顔を覗き込む。
「ごめんね、覚えてるよ。打とうか」
沖田は口だけで葵に(待ってて)と伝え、歩き出す。隊士たちは道を作るようにさーっと開けていく。
ついていく楠は、よほど嬉しいのか、まるで手毬のように弾んだ足取りだ。
(楠さんって、素直で可愛い。沖田さん、性別こだわらないみたいだし――)
「あおい、打とうぜ」
「あ、はい!」
葵は他の隊士と撃ち合うことになった。
竹刀を手に取り位置につく。
互いに撃ち合えば、聞こえるのは剣の空を裂く音だけ――
額の汗が、頬を伝って顎を落ちた。
葵の強烈な突きが決まり、隊士は地面に叩きつけられた。
「うわぁ、あおいのやつ容赦ねぇ」
「また腕を上げたんじゃないか? 今じゃ組長達に並ぶなんて言われてんだぜ」
周りの隊士たちのそんな声が聞こえる。
毎日猛者たちと打ち合い、葵は本当に強くなっていた。直清の力が組紐を通じているおかげもあるが。
「あおいさん、お待たせ」
汗を拭って爽やかにこちらに向かってくる沖田を、どうしてかまともに見られない。
葵の指に、竹刀のささくれが刺さった。
「いたっ……」
「見せて」
沖田が手を取ると、葵は急にそわそわしだした。
(やっぱり、沖田さんって緊張する……近いし。一々……)
「はい、とれた」
声に、葵はさっと後ろに手を隠す。
(手汗かいてなかったよね……?)
袴で手を拭っていると、沖田はくすっと笑う。
「余計なこと考えてるからだよ。竹刀の棘は心の粗って、ね?」
「いや……はい……」
――余計なこと
(たしかに考えてたけどね。楠さんのこととか、沖田さんの……こととか……あれ、思考読まれてない?)
沖田はすべてを見透かしたような、それでいて、自分には踏み込ませない笑みを浮かべる。
「あおいさんが分かりやすいだけだよ」
「そうですか?……って、やっぱり沖田さん人の心が読めんですか!?」
「あはは、読めるわけないでしょ。面白いこと言うね。ほら、打とう」
沖田は、葵の肩を軽く叩き位置につく。
腑に落ちないが、葵は中段に竹刀を構えた。
目の前には、相変わらず構えもせず、どこからでもどうぞと言わんばかりの沖田。
「行きます」
とりあえず断って打ち掛かる。
初めこそそれなりに打ち合うが結局葵が負ける。
葵が沖田に剣を当てたのは、幕末へ来た最初の一回だけだった。
「もう一回」「あと一本」「最後だから」
手を変え品を変えて、沖田はしつこく手合いを求める。
まるでおもちゃをねだる子どものようで――
どれくらい交えていたのか、
不意に、鋭く低い声がした。
「代われ」
「斎藤さん……」




