こだわらないよ―二章完―
部屋に戻った二人。
葵は、沖田の前に正座させられていた。
彼は先生が生徒を説教するように腕組みをしている。
(あぁ、進路希望どうなったんだろう。先生に早く決めないとって言われてたのに。そのままに)
「あおいさん、聞いてる?」
はっ、と顔を上げる葵に、沖田はため息をつく。
「土方さんはそっちの趣味はないとは思うけど。あんな態度じゃ喰われるよ」
「くわれ……っ」
露骨な表現に目を泳がせる葵に、沖田は腕組みをほどき、うつむき加減に顔を覆う。
「あぁ、もう一々……目に余る」
「あの……」
「なに」
「足、痺れちゃって……」
沖田はしばし瞑目し
「どうぞ」と葵に正座を解かせる。
(怒ってるのかな? でも、出動前の棘は消えてるよね……?)
葵は思わず口元を緩める。
「なに笑ってるの?」
「ご、ごめんなさい。反省していないわけではなく……思い出し笑いをしておりました」
沖田はにこっと微笑む。最近葵は思うのだが、この笑みは本当の笑顔ではなく、なにか悪巧みしている時に彼が見せる顔なのではないか――
沖田はゆるやかに葵に近づき、すっと眼の前でしゃがみこむ。
「目、閉じて」
「え――こう、ですか?」
意外と簡単な要求に肩透かしをくらい、葵は大人しくまぶたを閉じた。
沖田はじっと葵を観察する。
先ほど説教されたというのに、無防備に、まるで信頼しきったような眠るような顔だった。
薄い白肌に、影を落とす濡れ羽の睫毛
うっすら朱がかかる頬。
そして――
沖田は、空気に溶け込むように目を閉じた。
(もう、いいかな……?)
葵のまぶたが開きかけたとき、
唇に何か触れた。
驚いて目を見開くと、彼が目と鼻の先にあって。
座ったまま上半身を後ろにそらす。
「……キスしました?」
彼に聞けば、
「なに、きすって。鱚?」
と、怪訝になり。
決して意地悪ではなく、この時代にキスが通じないだけなのだが。
葵は動揺を隠すことを忘れ、後ずさって壁に背をつけた。
「くちづけしました!?」
「あぁ」
彼はゆっくり近づいて、壁に両腕をつき
葵を自分との間に挟み込んだ。
近すぎる距離に顔も見れず、手を体の前で交差する葵を面白そうに見下ろして、彼は穏やかに笑う。
「目を閉じたらどうなるか、わかった?」
彼の年に似合わぬ色気。普段巡察で沖田を囲っている娘たちなら、いちころになりそうだ。
だが葵は、ときめきより困惑が胸の内に這い上がる。
葵はここでは男だ。
沖田はどんな気持ちで葵に――蒼井直清にキスしたのだろうか。
冗談だよ、といつ言ってくれるのか。
沖田の否定の言葉を待ちながら、
(……江戸時代って性に奔放なんだっけ? 男の人同士も、現代より更にありなんだっけ?)
頭に大量の【?】を浮かべながら、
「沖田さんは……男性が好きなんですか?」
震える声で尋ねれば、沖田は首を傾けた。
「こだわらないかな」
しん……と静まりかえる部屋。
目を見開き、唇を結ぶ葵に耐えきれなくなったのか、沖田が口を開く。
「嘘。してない」
彼は葵から顔を背けた。
「指をあてただけ、あんまり素直に目を閉じるもんだから」
「でも誰でもいいって……」
心外だったのか、意図が湾曲されたことに沖田は眉を寄せる。
「いや、どうしてそうなる――」
言いかけて不意に振り向いた。
「藤堂か……」
「え?」
襖が開き、予告通り藤堂が入ってくる。
彼は、酒の力も手伝い能天気に明るく
「沖田、あおいくん! もっと呑もうよ!」
と二人に抱きついてくる。
それを交わしていると、もう一人
「お前だけ宴席から逃げるのは許さん」
一升瓶を握り締め、睨みつけながら斎藤が入ってくる。
沖田は葵を振り向いて、
「とにかく、悪い意味じゃない」
言って藤堂の襟首を引きずり、斎藤と共に部屋を出て行った。
嵐が去って一人残された葵。
(……こだわらない? 性別に?)
意味を考えていると、閉じたはずの戸ががらりと開く。
「あれ、斎藤さ……」
むんずと葵の肩を捕まえた斎藤は、動きを止めた。
「お前……」
冷静な瞳が、奇妙なものを見るように細まる。
「え?」
「斎藤、ほら早く」
沖田が焦った様子で、葵に置かれた斎藤の手を取った。
斎藤は滅多に見せない笑顔――といっても口端をわずかにあげるだけなのだが――を沖田へ見せる。
「貸し一だ。今度、二条の武具屋へ付き合え」
沖田はげんなりした顔をした。
「やだよ。斎藤買い物長いから」
「お前も行けばなんやかんや見るだろう」
「俺はこないだ買い足したばかりだし……」
葵はほーっと二人を見ていた。
沖田は先ほどの仮面は剥がれ、年相応の顔に戻っていた。
実力が拮抗している二人は、互いに公言はしないがライバルのような関係で、
それゆえ稽古中は目も合わさなかったり、かと思えば倒れるまで打ち合っている。
「仲がいいんで……」
「よくないよ」「よくない」
息ぴったりに言い返した二人の男は、顔を見合わせる。
斎藤は「明後日」と勝手に日にちを決めてしまい、
「沖田が来ないなら、こいつを連れて行く」
と葵を顎でしゃくる。
「わかった、行くよ。行けばいいんでしょ」
嘆息し、諸手を上げる沖田の隣で、葵も小さく手を上げた。
「私も行きたいです。お手当いただいたので」
「え」
「ほう。では明後日だ」
斎藤がその場を締め、その後、葵も結局隊士たちのから騒ぎに放り込まれた。
結局沖田の真意は分からないまま、飲めない葵は手持ち無沙汰に盃へ酒を注いでいた。
「あおい君! もらっていい?」
さっきより顔を赤くした藤堂が、葵の注いだ盃を取りかける。
しかし、にゅっと別の手が伸びた。
「もらうね。お酌、ありがとう」
沖田だった。
葵は喉の奥で、火種がちりつくのを感じる。鎮火しなければ火傷するとばかりに冷水を飲み干し、沖田に頭を下げる。
「今日は、お疲れ様でした……」
「うん、あおいさんも。少しは元気になった?」
(あれ、沖田さん……気遣ってくれていたの?)
直清の記憶をたどったことで、一人鬱々としていた気持ちが、確かに晴れていた。
そして、遅れて。
沖田にお酌をして『お疲れ様でした』を言うというささやかな目的が達成されたことに気がづいた。
葵は盃に酒を注ぎ足す。
剣以外でも勝てそうもない、宵も底も知らぬ、沖田の横顔に声を掛ける。
「負けました……」
こちらを向いた彼の目が、嬉しそうにゆっくり細まる。
葵の胸に沸いた甘い想いは、にわかに影に覆われた。
彼は、沖田総司のこの笑顔は、5年後に儚く散りゆく。
刀に倒れるのではなく、肺の病に冒されて。
――だいそれたことは願わない
ただ、彼に笑っていてほしいだけ。
少しでも永く。出来ることなら健やかに。
「どうかした?」
「いいえ」
葵も笑顔を返した。
今自分ができる、一番の笑顔を。
読んでくださりありがとうございます! これで一章は終わりです。
この後、史実と順番前後しますが、芹沢鴨編に入ります。
新選組はその散りざまゆえ多くの人に愛されますが、物語の中でくらい、彼らには幸せでいてほしいものですね……でも史実リスペクトも必要? と私も葛藤しつつ書いております。
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それでは引き続きお付き合いください!




