2_剣より団子と沖田から見たあおい
沖田の手がおでこに触れた。
(冷たい……)
大きな手に、葵はしばし目を閉じる。
明け放された戸から夏の風がそよぎ、喧騒が遠のいたように思えた。
じきに手がそっと離れる。
「少し熱いけど、熱は無さそうだね」
「……はい、元気です」
今さら恥ずかしくなって目を伏せる。
沖田は土方の出ていった方を流し見ると、出し抜けに。
「そしたら、ちょっと付き合って」
◇
沖田と屯所を出た葵。
(壬生って田舎なんだな。田んぼばっかり)
前で下駄を転がす沖田に話しかける。
「あの、新選組って……」
「しんせんぐみ?」
沖田は不思議そうに葵を見た。
「自分たちのことは、壬生浪士組と呼ぶけれど……」
葵は、はっと口を塞ぐ。
(そう言えば最初はそんな名前で、手柄を挙げて『新選組』に改名するんだった……)
余計なことを言ったかと沖田を見る。
彼はもう気にしていない様子で、茶屋ののれんを跳ね上げた。
すぐにおばあちゃんが顔を出す。
「まあまあ、沖田はん、かわいい子を連れはって」
「こちら、あおいさん」
「まぁ……女の子みたいにきれいなお顔してはりますなぁ」
葵は目を泳がせる。
新選組は確か、規律がとても厳しい。
女とバレれば、武士道に背いたと処罰されてもおかしくない。
顔色が悪くなる葵。隣で、沖田がふっと微笑んだ。
「女の子みたい、か……けど、背はしっかりあるから、男らしいですよね」
葵は胸をなでおろす。
160㎝を超える葵の背丈は、幕末基準でいけば男子で十分通せるようだ。
(……ってことは、沖田さんはこの時代だとすごく背が高いんだ)
葵が見上げる位置に顔がある。
(肩の筋肉も張り上がってるし、上腕二頭筋も……手の平も硬かったし。やっぱりさすが――)
「ん? どうかした?」
自分を遠慮なくじろじろ見つめてくる男(葵)を、沖田は困ったように見下ろした。
「なんでもないです……」
あの沖田総司が目の前にいると思うと、強さの秘訣を知りたいと、ついつい観察モードになってしまう。
「お待っとうさん」
ことんっとちゃぶ台に置かれた団子を、葵はおずおずと口に入れた。控えめな甘みが広がった。
「おいしい……」
唇に手を添え、ぽっと頬に朱が差した葵。
沖田はぴたりと手を止めた。
「……顔は同じなんだけどな」
「え?」
「いえ、こちらの話ですよ。昨夜のことは、なにか思い出した?」
「いえ……」
沖田の目が鋭くなる。
先ほど剣を交えた時の、感情の読めない目――
葵はごくっと唾を飲んだ。
「どこか強く打ったようで、記憶が曖昧で。
どうして自分がしんせ、いや壬生浪士組にいるのか一から教えていただけませんか」
「蒼井 直清――」
それが、葵のここでの名前。
二週間前に浪士組に入隊し、その時の剣の腕は可もなく不可もなく。
なのに今日、沖田に一太刀当てるほど強くなっていた。
(そうだ、蒼井直清……。私の前世とか言ってたな。
直清に仇討ちを頼まれて、髪を切られたんだ)
仇は、左眼に傷のある男だと言われた。
沖田はゆるりと立ち上がった。
「行こうか。おばあちゃん、お勘定お願い」
茶屋を出た沖田は、「近道なんだ」と言い、てんででたらめな道をゆく。
通りを突っ切り、竹藪をかすめ寺を抜ける。
葵は慣れない下駄で、息を切らしていた。
(もしかして……私、試されてる?)
汗一つかかずに先を行く彼が、得体のしれないものに思える。
暑さで足がふらついた。
「早かった?」
はたと気づけば、下から覗き込むように沖田の顔。
小さく悲鳴を上げる葵に、
彼は「ごめん」と背を丸め、くくっと笑い声を漏らす。
(こんなに、無邪気に笑うんだなぁ……)
後ろから夕陽が差し、オレンジ色に照らされる彼の頬。えくぼが淡く影をつくるから、葵はゆっくり目を細めた。
そのとき。
――ぱしゃっ
近くの池から水音がした。
葵は吸い寄せられるようにしゃがみ込み、水鏡をのぞいた。
――散切り。
映った頭に息が止まった。
長さは顎くらいだったが、無理やり断ち切ったような不揃いな毛先。
口にしたことはなかったが、亡き母の豊かな黒髪に、密かに憧れて伸ばした――
鯉が跳ね、無残な姿は水の向こうに立ち消えた。
「あおいさん……」
沖田は口を閉じた。
なだらかに戻った水の面に、波紋にすらならない小さな雫が、あとから、あとから落ちていく。
左隣りにある細い肩の揺れを感じながら、何かを守る決意を固めるように、沖田は刀にそっと触れた。
こんにちは❀
本作は「甘くて重い幕末」をテーマに、作者の趣味を限界まで詰め込んでます!
疼くようなときめきと、切ない史実のシリアス。そして本作特有の伏線を散りばめてお送りします!
沖田さんをはじめとする新選組の皆様は、史料をベースにしつつ……ときめき優先で味付けしてます♪




