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幕末男子の愛が重すぎます――あさぎに揺れて【新選組 沖田総司✕タイムスリップ恋愛小説】 【7/31に完結します】  作者: 雪城 冴 @新選組小説 連載中
【第一部】一章 文久三年・出逢い

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1_沖田総司との出逢い直し【挿絵あり】

 

 唇が、触れかけた――



挿絵(By みてみん)



「俺に剣を当てるくらいの女なら、(めと)ってもいいな」


 沖田総司がいつもの軽口を叩くと、隊士たちがわっと笑う。

 

「そんな女いるわけないんで、総司さんは一生独りっすね」


「馬鹿、沖田先生は女なんて興味ないんだよ」


「別に、そういうわけじゃ――」


 言いかけて、沖田は本音を引っ込めた。


「本気で欲しい女がいないだけ」


 大げさに嘆いてみせた。

 再び笑いが起き、沖田も合わせた。

 けど、どんな賑やかな輪にいても心は遠い。


 この渇きはどこから来るのか。

 もし潤すような女がいるとしたら――

 

「どうかしてるな今日は」


 隊士たちと別れ、沖田は稽古場へと足を踏み入れた。


「誰だ?」


 広い稽古場の中央に、誰かが倒れている。

 見た途端、全身の血が逆流し、心臓が激しく鳴り始めた。


(あおい)――」


 知らない名前が零れ落ち、次の瞬間、沖田は思考が奪われていた。


 自分の唇が、濡れた(あか)い色に吸い寄せられていく。


 唇が、触れかけた――









 はっ、と我に返ったとき沖田は稽古場の床に倒れていた。


「……あれ?」

 頭を押さえゆっくりと起き上がる。


 直前の記憶が一切なかった。

 まるで、誰かに頭の中を掻き回されたように真っ白だ。


 目の前には男が一人倒れている。

 少し前に入隊した若い男。


「あおいさん、だったよな……」


 声がかすかに掠れる。


土方(ひじかた)さんを……呼んでこないと」


 気づきたくなかった。

 熱い胸騒ぎに。


――それが、()()と『出逢い直した日』だった。




  ◆


「――あおいさん」

 

(誰……?)

 18歳の神木 (あおい)は、暗闇を彷徨っていた。

 

「起きねぇな。おい総司(そうじ)、冷や水持ってこい。ぶっかける」

 

「土方さん、稽古場びしょびしょになりますよ……」


(総司、土方――?)


 木と汗の混じったような、大好きな剣道の匂いが葵の意識を揺さぶる。

 飛び起きると、左右に男が2人いた。


 二十歳前後の若い男を見て、息が詰まる。

 顔なんて知らないのに直感した。


「沖田……総司……」

 

「そうですが」


 幕末の天才剣士。

 綺麗な顔というだけじゃない。いるだけでその場を支配する存在感。

 触れたらきっと、引き返せない。


 なのに。

 

 無意識に伸ばした手は沖田に阻まれた。

 ぐいと手首を引き寄せられ、葵は床に片手をつかされた。


「なに?」


「なんでもないですっ!」

 

 離そうとするのに、細い指は意外な力で手首を締め上げてくる。


「痛っ……」


「あ、ごめん」


 沖田はするりと指を解いた。


「急に触ろうとしてくるから。なにか付いてる?」


「い、いえいえ……綺麗な顔だなと」


 しん、と静寂が返った。


(うわあぁ、何言ってんの私!)

 

 沖田はにこりと微笑んだ。


「うん、よく言われる」


 否定しないんかい、とやけに冷静に頭の中でツッコミを入れたのち、釣られて葵もへらっと笑った。


 改めて見た沖田総司は色っぽさとあどけなさが同居した不思議な顔立ち。

 長い髪を高く結い、服装は着物に袴、腰には刀と脇差を二本差ししていた。


(本物の沖田総司? そんなわけないよね?)


「ここ京都? 今は幕末ですか?」


「ばくまつ? 何言ってんだ、今は文久三年だろうが」

 

 葵はさらに混乱を極めた。


 右の男の役者のような甘い顔に、鋭い眼光は、

 家に貼ってある土方歳三の写真と、そのまま同じ顔だったのだ。


 土方と言えば、幕末の人斬り集団・新選組の副長。そして無慈悲として有名だ。


(下手なこと言ったら殺されたり……なんでこんなことに?)

 

 葵は頭を抱える。


(文久3年って、160年前……トラックに轢かれてタイムスリップしたってこと?)


「あおいさん、昨夜から一体どこへ行ってたんです?」


「脱走しようとしたんだろう。この腰抜けが」


 葵の胸ぐらを(つか)みかけた土方を、沖田が押し留める。


「まぁまぁ、頭を打ったのかもしれませんし。そのへんで、ね」


「うるせえ、こいつ男のくせに……」


「男!?」


 葵は嫌な予感がした。

 頭に手をやると、胸まであったはずの髪がない。

 

 ぐるんと2人に背を向けた。

 恐る恐るさらしを引っ張り、のぞき込む。


(胸、ある。服も朝の剣道の稽古着だし。

どうしてこの人たち、私のことを男って)

 

 痺れを切らした土方。

 舌打ちすると、葵に竹刀と防具を押し付けた。



「昨夜どこにいたのか答えないなら、剣に聞く。おい、総司」


 沖田は気の毒そうに肩をすくめたが、じきに竹刀を手に取り位置についた。


(無理! むり、むり!)

 葵は剣道経験者ではあるがせいぜい都大会止まりの実力。


 沖田と打ち合えば良くて気絶か、悪ければ――  


「冗談ですよね?」


「残念ながら」

 沖田は静かに首を振る。

 どうやら、ここに葵の味方は一人もいないようだ。


(いっそのこと話してみる? 女だって、未来から来たって。それで帰る方法を……)


――帰る……


 葵の雨に濡れた猫のような表情に、沖田が口を開く。

 が、土方の怒声にかき消された。


「男児たるものぐずぐずするな!」


(女児なんですけど……)


 半ばやけになり、竹刀を取った。


「やれる?」

 

 沖田の軽い声に、


「やります」


 背筋を伸ばして竹刀を構えた。

 剣を取る以上雑念は取り払わなければならない。

 例え決して敵わない相手だとしても。


 しかし、勇ましい考えとは裏腹にどうしても手が震えてしまう。


 そのとき。


 葵の右手首で見覚えのない朱色の組紐が揺れた。


――血の色


 どくんと右手が熱を帯びる。


『力を貸す――』

 

 男の声が聞こえた。

 

 次の瞬間、葵は操られるように前へ出ていた。

 

 ひらりと沖田に避けられ、鞭のような追撃。交わして繰り出した突きが、沖田の肩に(かす)る。

 

 土方が息を飲む。

 

「なんだ!? あいつ、総司に当てやがった!」

 

 互いに後ろに一間(いっけん)跳ねた。

 

 ようやく構えた沖田は口端を緩める。

 

()()()()()


 その笑みは刹那を止めるほど美しく果敢(はか)ない。

 同時に、背筋が粟立(あわだ)つような殺気に襲われた。


「――っ」


 わずかに沖田の剣先が揺れ――次には葵の竹刀は弾き飛ばされていた。


 一瞬の出来ごと。

 場内はしんと静まり返る。

 誰もものを言わず、どこかで蝉の声が聞こえた。


「……一体何なんだよ」

 

 土方がぽつりと呟く。

 沖田もただ首を振る。

 

「総司、そいつ逃げないように見張っとけ。ちょっと出てくる」


 葵は膝から崩れ落ちた。

 

(今の剣、本当に私……?)


 理解を超えた事態に、きつく巻かれたさらしの下で、息がうまく吸えなくなった。


「苦しいの?」


 沖田は、喘ぐように首を振る葵に、


「無理しないで少し休んで」

 誘われるまま板床へ身体を横たえる。


「失礼」

 ぐっと腹圧がかかると袴と帯が緩む。葵は霞む視界で襟元だけは押さえた。


「吸うより、吐ける?……ゆっくりでいい」

 

 耳に溶けるような声に導かれて、だんだん呼吸が楽になった。


 目を覆っていた腕をどけた。沖田の手がすっと葵に伸びた。


本作の沖田総司さんは、飄々とした天才剣士とは違った側面から掘り下げています。


剣士としての絶対的な強さ、男としての矜持と熱い志。

全てを持ちながらも、弱さや脆さも顔を覗かせます。


そんな甘くて重い幕末で、浸るように恋に落ちていただけましたら……

それでは、次話でお待ちしています♪

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