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あさぎに揺れて―幕末男子の愛が重すぎます【新選組 沖田総司✕タイムスリップ小説】―疼くようなときめきを、甘くて重い幕末からお届けします  作者: 雪城 冴 @新選組小説 連載中
二章 朱い糸(八月十八日の政変)

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12/29

11_八月十八日と仇との遭遇(沖田、土方、藤堂、斎藤)※次回は3/21


 八月十七日の夜、葵を含む隊士たちは整列させられていた。だんだら羽織の正装に徹底武装という出で立ちが、場の雰囲気を重くしていた。

 

 前では土方が口を開く。

 

「帝の御前だ。御所警備の者は一滴の血も流すな。あくまで我々の任務は包囲と制圧だ」


 声には昂る興奮が混ざっている。


「市中警備は遠慮はいらない。攘夷派は斬って捨てろ」


 土方の熱が伝播(でんぱ)し、血気盛んな隊士たちは武者震いしている。


  

 持ち場が言い渡される。

 張り詰めた空気の中で一人、沖田は退屈そうに羽織の紐を結び直していた。

 

「――あおいは、市中警備に変更」


 告げられた内容に、沖田ははっと顔を上げた。


――なぜ

 なぜあおいが沖田と同じ御所警備ではなく、危険な市中警備なのか。嫌な予感がして、沖田は肺を針で刺されるような痛みに胸が冷えた。


 近くで護ってやることが出来ないなら、せめて、と思うよりも前に沖田の目はあおいを探していた。


 土方が無言で剣を掲げると、彼の内なる炎を体現するように、隊士たちの地鳴りのような雄叫びが轟く。






 熱気にあてられ酔いかけた葵は、解散の号令と共に早々に列を出た。


 葵は藤堂と一緒だった。提灯(ちょうちん)に覆いを被せていると、後ろから肩を叩かれる。

 

「沖田さん」

 

「初太刀は迷わないで、抜いたら最後までやること。それから、刃の向きだけは忘れないで」

 

 一息に言うと、彼は黙り込んだ。

 

 ぼんやりとした手元の灯りが、沖田を照らす。


「ほどけていますよ」

 

 葵は提灯を置き、沖田の羽織の紐を(ゆわ)いた。

 


初陣(ういじん)、帰ったら聞かせて」


 少し掠れた声が落ちてきて、葵は『お気をつけて』と言いたいのに、喉が締め付けられて声が出てこなかった。

 

 暗闇に、沖田のだんだら羽織がひるがえる。

 葵にはそのあさぎ色が、どの隊士よりも美しく、鮮やかに浮き上がっているように映った。


 


「市中警備か」

 

 葵に声をかけたのは斎藤だった。彼は頭頂部で髪を結き直していた。隙のない落ち着いた所作だが、目には青白い(ほむら)が情熱的に揺れている。 


 (たぎ)るような殺気に、やはり彼も死線を幾度もくぐり抜けた漢なのだと、葵は身じろぎ出来なかった。

 

「死ぬなよ。()()()が荒れると面倒だ」

 

 斎藤の後ろで、藤堂が手を挙げていた。


「あおい君、行こうか」


「あ、はいっ!」


 横をすり抜けるとき、斎藤は「いい刀だな」とわずかに笑った。


「ええ、私には勿体ないです」


 沖田にもらったこの刀は、人を殺傷できる武器。だから、弱い気持ちでこれをおまもり代わりにしてはいけない。


――だけど


 結局、人を斬る覚悟が決まらないままの自分にため息をついて、葵は屯所を出た。





 葵達は六人で行動を共にしていた。

 先頭の藤堂が振り向く。


「あおい君、そんなに緊張しないで。土方さんが言った『斬って捨てろ』ってのは、士気を挙げるための方便だよ」


「……そうなんですか?」


「うん、捕縛した方が情報が得られるからね」


 葵は少し意外だった。


(新選組といえば、とりあえず斬るってイメージだったけど……)


 斬れるのかと迫られたが、確かに沖田は、無闇に人を斬るわけではない。

 土方に教えられた剣も、身を守るもの、敵を逃さないように傷を付けるものが多かった。



 藤堂は組長として隊士を安心させようとしてくれている。しかしその目は注意深く周囲を確認しており、全身が耳になっていた。


 

 頼りない手元の灯りだけで歩いていると、意識ごと京の漆黒の闇に飲まれそうだ。


 提灯を握る手が強くなる。

  

 葵が今回した潜入捜査は、『八月十八日の政変』で()()活躍する予定だった浪士組に貢献したものだ。

 史実に大きく影響は与えないだろう。



(じゃあ……私が仮に、この後も浪士組を守りたいって思ったら?)

 

 そのためには江戸幕府を勝たせないといけない。


(そうしたら、明治時代は来なくなっちゃうよね……?

そんなことはあり得ない。なら、浪士組はやっぱり最終的には――)


 別れ際の沖田の顔を思い出そうとしても、すぐに揺らいで掻き消されてしまう。どうしてもっと見ておかなかったんだろうか。


(いや、屯所に戻ればまた会えるんだから……)


 葵は明るくなり始めた空を仰ぎ見た。




 


「ご苦労さま」

 藤堂が、前方にいる別の隊に声をかけている。

 

 葵は一番後ろにいる若い隊士が気になった。彼が着ているだんだら羽織には、薄くなった血の染みがついている。

 それ自体珍しいことでもないのに、なにが――


 

 そこへ、背後から迫りくる足音が聞こえた。

 隊士たちは刀に手を添え、後ろを振り返る。

 しかし、二人動かないものがいた。葵と、例の若い隊士だ。



 

「大変です! 裏切り者が紛れ込んで――」


 葵は最後まで聞かず、地を蹴った。

 すでに駆け出していたのは、違和感を覚えたあの隊士。前ではためくあさぎ色の羽織を、葵は追った。



 


 

 足には自信があった。

 袋小路に追い込まれた男は、背を向けたまま羽織を脱ぎ捨てた。


 葵は柄に手をかけたが、引き抜くことはせず、男に降参を促す。


「もう逃げられない。観念して」


「本当に、生きていたんだな」


(生きて……?)

 

 理解するより先に、ゆっくり振り向いた男の顔。


 左眼に刀傷――仇の片桐左京(さきょう)


 それを認めた瞬間、葵は抜刀していた。

 口から押し殺す声が響く。

 

「お前だけは許さない」

 


 葵が斬りかかり、男が受ける。ぎりぎりと刃が(こす)り合う。


 身体がいつもの感覚と違う。誰かに乗っ取られているように、意思が通らない。


 男が太刀を受け流す。

 

()()()、とどめを刺したと思ったが」 


 葵は飛び退き間合いを取る。

 前に構える男は、左眼をひくつかせた。


「喉を一突きするべきだったな。お前の恋人の、()()()()()()()


 葵の右手は燃えるように熱くなり、


「佳代を語るな!」

 喉を通った()える声。

 もう、全てが葵ではなかった。


 次に感じたのは、手に、ぐにゅっと肉を抉るような感触。引き抜きざまに血煙が昇る。

 男が落とした剣を足で蹴ると、乾いた音が響く。


 ()()は音もなく近づき、剣を上段に固定した。



 

 狙うは首。


 一瞬で落とす。


 あさぎ色の羽織が揺れたとき、


 

――あおいさん


 いないはずの沖田の声が響いた。

 葵の手から剣が落ちる。


(私……)


 葵の揺れを見抜くように、仇は歪んだ笑みを見せ、屋根の向こうに一足飛びに姿を消した。




 残されたのは血に(まみ)れた刀と羽織。

 不意に後ろが騒がしくなり、藤堂に続き隊士達が走り込む。


「あおい君!」

  

「藤堂さん……すみません、取り逃がしました」


 自分の冷静な返事に、別段葵は驚かなかった。藤堂は葵の無事を確認すると、

 

「あの後、賊徒(ぞくと)が次々出てね」


 昂ぶる声で言って葵の刀を拾うと、懐紙(かいし)で刀の汚れを拭ってくれた。

 その藤堂の羽織にも、べっとりと返り血がついている。葵の視線に気づいて、藤堂は微笑む。


「あおい君の潜入調査のおかげで、奴らの動きは大体分かっていたからね。皆、致命傷はない」


「そうですか……」


 葵はただ、立ち尽くしていた。



 ◇


  


 部屋に戻ると、まだ御所警備組は帰っていなかった。

 畳の上に羽織と刀が置いてある。

 蒼井直清のものだと藤堂が言うので、ここへ引き上げてきた。


 右手を見つめる。

 刀で人を刺しても取り乱さなかったのはきっと、「これは自分じゃない」と言い訳できたから。


 なのに、今さら震えていた。


 沖田の声に我に返ったが、あれがなかったら自分は片桐左京を殺していただろう。

 


「私はどうしてここへ来たの? 教えて――」


 葵は羽織に触れた。刹那、あさぎ色が弾けて、葵の前には()()()()()


 いや、そうではない。

 そう思うほどにそっくりな姿があった。


「あおい、なおきよ……」


 直清は頷く。


「俺達は同じ魂を持つ。俺はお前の前世なんだ」


「直清さんは、私に何をさせたいの?」


 直清は葵の手を取った。

 刹那ふわっと意識がさらわれ、葵は直清と一体化していた――

  

 

【補足】

(八月十八日の政変)

薩摩・会津を中心とした公武合体派が、長州藩+尊王攘夷派の公卿たちを朝廷から一掃した歴史的大クーデター。

まだ「壬生浪士組」と呼ばれていた新選組が、初めて本格的に出動して御所警護にあたった、まさに新選組誕生のきっかけとなった日でもある。

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