報せ7/17
◇
そこから時間はそうかからなかった。
「大変だ、長州の兵が……!」
稽古場へ報せが入ったのは、元の禁門の変が起きるはずだった、七月十九日だった。
攘夷派である長州の、たまりに溜まった鬱憤は、先の見廻組の件で堰を切った。
京都への挙兵という形で。
「くそっ……!」
土方は乱暴に面を剥ぎ取った。
「状況確認に行く。総司、お前も来い!」
すぐに行きます、と返事をした沖田は振り向いた。葵は青い顔で柱へ手をついていた。
「池田屋で皆あんなに協力してくれたのにっ……何も変えられなかった……」
「そんなことはない。見廻組の件だって池田屋より規模は小さくなっている。
禁門の変だって被害を減らせるはずだ」
彼の目に怯えはない。
するすると防具を解く迷いなさは、この先へ一直線に進んでいるようだ。
「……ごめんなさい、弱音を言って」
「葵……」
彼は一瞬、拳を握った。
しかしすぐに「よろしい」と葵の頭をぽんと撫でた。
「次の会議までに考えをまとめておくこと。いい?」
「はい」
葵が落ち着くのを待ち、
「行ってくる」
沖田は素早く身を翻した。
◇
会議の部屋に、幹部が続々と集まってきた。
葵は未来を知るものとして特別に呼ばれている。
重苦しい雰囲気の中、近藤と土方が入室して襖を締めた。
「大筋が出た」
長州の兵は伏見、山崎、嵯峨と続き、まもなく京都は包囲される。
目的は、池田屋事件で捕らえた同志の解放と、前年八月に追放された三条実美らの汚名を晴らすことだという。
「上様は、武力衝突は避けるお考えだ」
場がざわめく。
ここで敵を潰しておかねば次が危うい、攘夷を決行すると言いながら江戸に帰ったくせに、将軍は何を考えているのだ。
と幕府を批判する声が一部から上がる。
「静まれ」
全員が近藤を注視した。
「新選組の命運は上様と共にある。この決定を変えることは、何人たりともまかり通らん」
(近藤さん、将軍が江戸に帰ったとき一番落胆していたのに)
近藤は夏前に、新選組の解散まで願い出たのだが、今の彼は局長としてそれをおくびにも出さない。
全員が静まったのを契機に、土方から淡々と非常時の持ち場が割り振られていく。
池田屋とは比較にならない規模の大きさだ。葵は控えめに手を挙げた。
「あの、幕府と長州軍の交渉が決裂すると戦になりますよね。そうなると、京都が大火事になるんです。
被害を抑えたいのですが……」
「甘いことを」
土方だった。
彼が反対を言い出すのは覚悟していた。葵はなんとか説明を尽くそうとした。だが、土方は片手で制した。
「と、言いたいところだが……混乱の中で市民がうろちょろしては戦に集中できないからな。葵の言うことも一理ある。誰か案はあるか」
ぶっきらぼうな口調でも、土方の言葉には「情ではなく実務として考えろ」という理論が一本骨太に通っている。
途端に場はまとまりだした。
「人を避難させるのは? 鴨川の河原とか、燃えにくい土蔵とか」
藤堂が言った。
斎藤や永倉も続く。
「風下に避難させるのは危険だ。誘導係が必要だ」
「火消しを配置しておくのはどうだ?」
葵が事前に思い付いたものなんかより、どんどん具体的なものが出てくる。
「火消しだ避難だと綺麗事を並べて、実際に動かせる人間が足りんのか?」
土方の現実的な指摘に、一度議論の熱が冷めた。
「京都守護職である会津様へ、話を通したほうが早いですね」
沖田が口を開いた。
「理屈はどうする」
ううん、と唸って、沖田は葵を見た。
「考えてきた?」と部下を試すような目つきだ。
葵はごくりと喉を鳴らした。
「近頃雨が振っていませんから、乾燥で大火事になっては困ると添えて、会津様へ相談するのはいかがです?」
土方が何も言わないので、俯いた。
(……駄目?)
すると、彼はよし、と腰を浮かし葵の肩を叩く。
「もっと自信持って言え。通るもんも通らねえぞ」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
無言実行とばかりに、黙々と部屋から人が動き出す。
葵が挙手してからものの数十分しか経っていない。
新選組の幹部たちの決断力の速さには驚かされるばかりだった。
数日後、新選組も出陣が決まった。




