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あさぎに揺れて―幕末男子の愛が重すぎます【新選組 沖田総司✕タイムスリップ小説】―疼くようなときめきを、甘くて重い幕末からお届けします  作者: 雪城 冴 @新選組小説 連載中
二章 朱い糸(八月十八日の政変)

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9_甘くて重い子守唄に押し倒されて


 土方の部屋で、沖田は短剣に目を落とす。


「これって」


「あぁ。自決用に渡した」


 淡々と答える土方に、沖田はわずかに眉を寄せた。


「まさか、護身用じゃなくてですか?」


「そんな小さな剣で、賊徒を相手にできねぇだろう」


 もっともな正論に沖田は黙り込む。


「あおい……彼奴(あいつ)、大丈夫なのか?」


「どういう意味です?」


 土方は短剣を引き抜く。葵が指に当てた時についた血の跡が残っていた。


「妙に肝が据わっているが……無鉄砲なわけじゃないんだろう?」


 沖田にも思い当たる節はあった。

 普段の態度を見るに、あおいは臆病ではあった。だが、人のためとなると意外な動きを見せる。


「そうですね。……自罰的、なのかな。あおいさんは」


 宙に放るような沖田の言葉を聞きながら、土方は言う。


「自罰的……ねぇ。どっかの誰かさんみてぇだな」


「土方さんのこと?」

 

 小首をかしげて見せる沖田に、土方は「よく言うよ」とため息をつく。

 沖田は畳の縁をなぞっていたが、しばらくして指を止めた。

  

「此処には、そんな(おとこ)しかいませんよ」


 立ち上がった沖田の背中を流し目で追って、土方は低く声を投げた。


「あいつも、漢なんだよな?」


 沖田は間を開けずに、

「もちろん」

 と振り返りもせず部屋を出て行った。


 それはまるで、それ以外認めないというような強い響きだった。

 残された土方は短剣の血を拭う。


「漢な……男かは知らねぇが――」




 

 ◇ 




 葵が化粧を落として部屋に戻ると、沖田はいなかった。


――月明かりに透けそうで、ぞっとする


 あの顔は、怒っていたのだろうか。


(沖田さんといると、緊張しちゃうんだよね。優しいときと、あのなんとも言えない雰囲気のときと……)


「やっぱり、殺気が出てるのかな――」


「人聞きが悪いな」


「沖田さん!」


「あおいさんに、殺気なんて向けないよ」


 いつの間に入ってきたのだろうか。

 沖田は、葵くらいになら気取られず部屋に入れるらしい。


 葵の隣に、片膝を立て腰を下ろす沖田。


「落としたんだ。化粧」


 葵は素顔に戻り、着物もいつも通りに着替えていた。

 

「ええ。女の格好は落ち着きませんから」


 自分で言って、胸がちくっとした。 

(本当は、華やかな格好、ちょっと楽しかったかも……)


 現代では、動きやすいという理由で、ジーンズにシャツという服装ばかりだった葵。

 だけど、本当は可愛い服に憧れていた。


 バイト代で買ったふんわりしたワンピース――着てみたのだが、

 『葵は宝塚みたいだから、いつもの方が似合う』

 と友達に言われてクローゼットの端に追いやったのだった。


「紅、少し残ってるよ」


「えっ……」

 

 葵は、唇を袖でごしごし拭う。 

 沖田は、くすっと肩を揺らして。

 

「可愛い」


 

 葵の頬にぽっと赤みが差す。

 

(可愛い!? いや……) 

 この人は、気軽に可愛いと言うのだ。昼の巡察でも女性から声をかけられては、楽しそうに話している。


 

 娘可愛さに、変な虫がつかないようにという父の台詞――

『男は隙がある女なら誰にでも可愛いというんだ。本気にするな』

 それを丸ごと受け入れた葵は、極端に男性経験が少ないのだった。



(大体、今は蒼井直清なんだから。男らしく振る舞わないと)


 葵は頭に手をやり、短くなった髪をわしわしとかいた。

 

「ははっ、ありがとうございます。でも男なんで、褒めても何もでないですよ」


「別に、お返しは期待してないけど」


 言いつつ、沖田は左手を葵の背中に回し後頭部を支える。

 続いて右手で肩に触れ、ゆっくり葵の身体を畳へ押し倒した。


「沖田さん……?」


 気づかないうちに彼の下にいたことに驚き、葵は目を見開く。


「なに?」

 

 彼のにこやかな笑顔は、まるで戸惑うことがおかしいと言うようで。

 赤子をゆりかごに置くような優しい手つきに、非常事態なのに心身がゆるんでしまう。

 


 沖田は葵の身体を跨ぐようにして、

 手を顔の横につく。 


  

「さっきは斎藤に邪魔されて言えなかったけど、ごめんね。

ちょっと妬いちゃった」



(妬く……? 沖田さんが……?)


 ぼうっと熱くなった頭で考えようとするが、甘く重い子守唄のような沖田の声に、靄がかかり思考が進まない。


 彼は、嫉妬しているとは微塵(みじん)も感じさせぬ笑みをそそぐ。

 


「土方さんに手を握らせるし、藤堂には抱きつかせるし」

 

 もはや抵抗することを忘れ、瞬きもしない葵。その頬に触れ、沖田は声をわずかに低くした。


「土方さんに聞いたよ。短剣を喉に突き立てたんだって?」


「それは、練習しようと……」


 

「自害の?」

 沖田の手に体重がのり、畳が(きし)む。

 彼から笑みが消え、葵は上から氷柱(つらら)で刺し抜かれる錯覚がした。


「駄目だよ。使い方は気をつけないと――」


 葵の肩が強張ったのを見て取ると、沖田は身体を退かした。

 起き上がった葵は、沖田に背を向け、乱れてもいない襟をしきりに直す。

 

 彼は、障子へ顔を向けた。


「こんな事……するつもりじゃなかった」


「……」


 答えられなかった。

 どうにも心許なくて、いつもの様に『大丈夫です』とは言えなかった。


「もう、危険なことはしないで……」


 薄い障子紙に吸い込まれていく弱い声に、葵の心は強く揺れた。


 沖田は音もなく立ち上がる。


「今夜、俺は外へ出るから。ゆっくり寝て」


 戸へ向かう沖田の袖を葵は握っていた。

 驚いた顔で見下ろす彼に、

 

「行かないで……」


 言ってしまってから、葵は袖からそっと手を離し、睫毛を細やかに震わせる。

 沖田に気を遣ったのか、本当に行かないでほしいと思ったのかは分からなかった。


 いや、多分――


 一人になるのが怖かった。

 潜入捜査で正体を疑われた時、短剣にかけた手はためらっていたのだった。




 だから沖田がいつもは決して出さないような声で、自分の無事を願ってくれたことが、


 ここにいてくれと言われたような気がしてしまった。


  

「……あおいさんがいいなら」


「はい……」 


 葵はすっと、部屋の隅の行灯(あんどん)に寄った。


「寝ましょう」


 部屋が暗転する。

 布団に入り、寝ようかという頃、沖田の声がした。

「おやすみ」


 葵は布団をきゅうっと握る。

 さっき掴んだ、彼の袖。

 ざらっとした乾いた麻の感触を思い出したかった。


(沖田さん……)


「……おやすみなさい」


 掠れた葵の声に、沖田が寝返りを打つ。

 

 布が擦れる音と、彼の寝息を聞きたくて、


 葵は息を潜めて、心音さえ止めるように、

 自分の胸を強く押さえつけたのだった。


 

 

 

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