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悲睡蓮《ヒスイレン》  作者: 白楼雪


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8/12

悲睡蓮後編(1)


挿絵(By みてみん)


白い霧に包まれた次の瞬間。


目覚めた私が見たのは、やはり私室の天井だった。


(彼女が言っていた事が本当ならば、悲睡蓮と父の事を知る一番の近道はあの夢にあるのだろう)


寝汗で湿気った身体に、僅かな疲労感。


身体は僅かに火照り、喉の痛みも強くなった気がする。


ベッドの傍らに置いたスマホは、朝の八時を指していた。


寝すぎた身体を起こして、私は着替えもせずに緩やかな足取りで一階のリビングへ向かう。


(ゼリー買っておいて良かった)


救急箱とゼリー飲料を片手に持ち、リビングのソファーに座り込むと、安堵と気怠さの交ざった吐息が零れ落ちる。


救急箱から体温計を取り出して、一先ず熱を計る事にした。


身体が求めるままにゼリー飲料で水分と栄養を取っていると、体温計が鳴った。


三十八度二分。完全に風邪を拗らせたらしい。


栄養をとって寝れば治るだろうか。


少なくとも今日は母の見舞いに行けなさそうだ。


母には熱の事を伏せて、体調整えるために見舞いには行かないとだけメッセージを送り、ソファーに背を預けて天井を見上げた。


思考が呆けて喉が熱い。


僅かに潤んだ瞳が視界を歪める。


小さく吐息を吐いたと同時に、スマホの通知音が鳴った。


母から着た了解という返信を眺めてから、私は再び二階の私室へと向かう。


ベットに崩れるように寝転がると、身体が重く沈む感覚がして、思考が眠りに染まっていくのを感じた。


(ああ、重くて熱いな)


先程水分を取ったのに、身体の熱は変わらず、弱火で身を焦がすようだ。


熱い。怠い。眠い。


思考が朧気になる中で、あの池の睡蓮が浮かんだ。


悲睡蓮。綺麗な翡翠色だった。


「緑色の綺麗な」


掠れた喉から零れた言葉は、懐かしさが混ざり合った気がした。


ああ、瞼が重いな。


何れにせよ現実に悲睡蓮の手がかりは無いのだ。


それならばこのまま、あの場所に行こう。


行って多くの話をしよう。


そう思った私は、ゆっくりと意識を手放した。


 ※※※ 


再び意識が浮かび上がったのは、見慣れた森の中だった。


三度目ともなると、思考は冷静になり、行動も迅速となるものだ。


柔らかな芝生を踏み、私は淡々と森を突き進んでいく。


数分も歩くと爽やかなそよかぜの吹く広場に辿り着き、更に先へと歩き続ける。


「やっぱり来たね」


緑色の睡蓮が咲き誇る池の端に、白いノースリーブワンピースの女性が、涼やかな表情で横座りに寛いでいた。


「父の事も悲睡蓮の事も、貴女に聞くしかないもの」


池の端に佇む私の言葉に、彼女も瞳を細め小さく頷く。


その仕草を肯定と見た私は、池に浮かぶ睡蓮について訊ねる。


すると彼女は穏やかな声で話し始めた。


「悲睡蓮は、此処に来たもの達の記憶の欠片なんだ。花弁のように薄れる事で淡い魅力が増していく。ゆっくりと花開き、時の流れるままに散り、最後はその記憶と共に池に沈むんだ」


そう告げる彼女の声を聞きながら、私は改めて池に浮かぶ悲睡蓮を見回していく。


水面に咲く十数輪の悲睡蓮は、三分咲きの物から、花弁の朽ちた物まで様々である。


「手前のは咲き始めなのに、真ん中に寄っているのは枯れているのね」


私や彼女が佇む池の端には、三分咲きの悲睡蓮が色濃く咲き誇っている。


しかし、中心部に咲く物達は今にも沈みそうな程に朽ちていた。


よく見ると池の底は柔らかな翡翠色に染まっており、幾重にも重なった悲睡蓮の花弁が沈んでいる。


空は青く、柔らかな微風は心地が良い。


一面に広がる青々とした芝生と、草木の爽やかな香り。


池の水は山の清流を想像させる冷たさで、本当に此処は何時までも居たくなるような過ごしやすさだ。


だからこそ、池の底の澱むような翡翠色が、何故か不気味に思えた。


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