表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悲睡蓮《ヒスイレン》  作者: 白楼雪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/12

悲睡蓮前編(6)


病室からナースセンター。一階のロビーへと進み、私はふと大きな硝子壁越しに見える中庭の前で立ち止まる。


ベンチの一つも無い、五十か六十弱平方メートルの芝生広場。


彩りか四季の移ろいを示しているのか。両脇には石造りの花壇があり、黄色や橙色のマリーゴールドと、白に青。赤紫色のペチュニアが元気に咲いている。


(やっぱり、池も睡蓮も無い)


硝子越しに中庭を眺めながら、心の内で呟きを落とす。


現実の世界では、どれ程探しても緑色の睡蓮は無い。


私があの花を見つけられたのは、昨夜の夢の中だけだった。


夢に見てしまう程求めているのに、父の残した言葉の意味を知りたいだけだ。


無かった事にして、忘れてしまえば憂いも消えるだろうか。


父は最後まで私達家族を思い、愛してくれた。


それで済ませてしまえば良いじゃないか。


きっとそれが事実で、緑色の睡蓮なんていう言葉は空想の無意味な言葉だった。


そう思ってしまえば、それでいいはずなのに。私はまだ、確かめたいと願ってしまう。


中庭を前に立ち止まっていた私の足は、また一歩ずつ動き始めていく。


家に帰って、父の書斎を調べよう。


諦めるのはその後でも出来るのだから。


大好きだった父が残した言葉を、どんな形でも確りと消化する事で、私は前に進めるようになるんだ。


それが今の私に出来る事の一つなのだから。


そう心に言い聞かせて、私は家へと急いだ。


 ※※※


帰宅後に冷蔵庫にスポーツ飲料やゼリー飲料を片付けて、着替えもせずに二階の書斎へと籠った。


母が掃除をしていた室内は古い書籍の香りが染み付いて、それが何故か心を穏やかにしてくれる。


「時代小説、純文学、歴史小説…けほっ…っ…はぁ」


本棚の多くは古い小説だが、一部に辞書や植物図鑑もあった。


実家に居るのは後四日。棚の本は二百冊以上ありそうだ。


一冊ずつ丁寧に読んでいては時間が足りないだろう。


「優先順位を付けないと。辞書は関係が低そうだから、先ずは植物図鑑。次に小説ね」


時折り小さく咳を落として、私は丸椅子に座り懸命に書籍を読み重ねていく。


古ぼけた分厚い植物図鑑を五冊全てを読み返しても、やはり緑色の睡蓮について描かれている物は一冊も無い。


私は次に歴史小説を手に取った。


何でもいい。どんな僅かな情報でも切っ掛けにはなる。


そう願い黙々と読み漁っていたが、ふと部屋の壁掛け時計を見ると、時刻は夜の八時を過ぎていた。


五時間弱も同じ姿勢で本を読み漁っていた事で腰が痛い。


傍らのテーブルには、読み終えた図鑑と十数冊の歴史小説が積み重なってた。


思えば帰宅後すぐに書斎へ籠ったので、朝から何も食べていない。


水分も帰宅前のコンビニで、アイスコーヒーを一缶購入して飲んだのが最後だ。


傍らのスマホには、三十分程前に母からのメッセージが着ていた。


内容は私の体調への心配と、冷蔵庫に作り置きのおかずがある事。


ご飯も冷凍してあるものを温めて良いとの事だった。


これは、夕飯の食事を終えて返信しなくては、また要らない心配を増やしてしまいそうだ。


もう少し本を調べたいが、病院の就寝時刻は夜の九時頃。


本を調べるのは後にして、今は夕飯と入浴を済ませてしまおう。


そう意識した事で、私のお腹から空腹を知らせる小さな音が鳴った。


喉の痛みや咳は未だに治りそうに無いが、身体が栄養を求めているのは救いである。


本をテーブルに置くと、私は椅子から立ち上がり、両手を組んでゆっくりと身体を伸ばす。


同じ姿勢でいた身体が、とても心地良く伸びる。


一息吐きながら伸びを終えると、私はスマホを手に書斎を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ