悲睡蓮前編(3)
昔から母の肉じゃが好きで、誕生日でもクリスマスでも私が一番に強請るのは決まって肉じゃがだったのだ。
独り立ちしてから自炊や外食でも食べたが、やはり母の肉じゃがには敵う気がしなかった。
三年経っても母にとって私は大切な娘で、私にとっても母は身体を心配するくらいに大切な母親なのだ。
私は二階の私室に戻りバッグと乳白色の長袖カーディガンを脱ぎ、水色のブラウスと紺のフレアスカートという恰好で一階のリビングに戻っていく。
するとリビングの木製テーブルには、母がゼリーとアイスティーを用意してくれていた。
「部屋も掃除しておいてくれたのね」
テーブル挟むように二人掛けの白い布ソファに母と対面で座り、ぽつりと私が言うと、アイスティーを口にしていた母が頷く。
「貴女がいつ帰ってきてもいいように、換気と掃除だけは毎日してますよ」
当然といった表情で言う母に、私は苦笑してしまう。
数分、アイスティーの中の氷が涼やかに鳴る音と、細い円柱のゼリー容器に僅かにスプーンが当たる音だけが流れた。
「ところで」
母の声に、ゼリーを口にしていた私の動作が一瞬止まった。
またお小言が始まるのだろうかと内心が冷えていく。
「貴女、体調悪いの?」
母の言葉に私が視線を向けると、母は苦笑いを浮かべ続ける。
「私だって母親なんだから、娘の体調くらい気が付くわよ」
そう告げる母に、私も僅かに戸惑いながら応える。
「うん、一昨日から喉が痛くて。たぶん風邪だと思うけど」
頷き、私はさらに母に聞く。
「彼氏とか結婚とか、聞かないの?」
聞かれたく無い事を自ら口にするのは気が引けたが、気になったままの方が居心地が悪い。
自ら話を向けると、母はアイスティーを一口飲み、口を開く。
「母親だから、娘の将来が気にはなるわよ。でも、ここ数年貴女が帰って来ない事で気づきもするわ。娘に嫌われるくらいなら聞かないし、貴女が今幸せならそれでいい」
あっさりと言い切る母だが、心配性なのは性分のはずだ。
それを隠して娘の気持ちを優先してくれるのは、きっと父の影響があったのだろう。
申し訳ないとは思いつつ、今はその優しさに甘える事にした。
「入院は明日からだよね」
話を逸らすように聞く私に合わせて、母が頷き応える。
穏やかな午後を過ごして夕飯と就寝準備を終えると、母と私は各々の寝室へと入っていった。
母の寝室は私の部屋の向かいで、それとは別の突当りに、生前父が使っていた書斎がある。
書斎とは名ばかりで、四畳半の両壁が本棚で埋まっており、小さな円テーブルと背凭れが無い円椅子が一つずつあるだけの部屋だ。
明日からは数日一人だ。久しぶりに父の書斎を見るのも悪くないだろう。
明かりを消して、カーテンを閉めた部屋は薄暗い。
薄桃色の布団に入りゆっくりと目を閉じる。
疲れていたのだろうか。いつもより身体が重く、直ぐに意識が薄れていった。




