第12話「死地へ」
監視。誘導。つまり、ここまでの道程も、アリオストの掌の上だったということか。
「だが、奴らは動かない。デンドロビウムはアリオストの聖域だ。奴が自ら出向いてくることはない」
「なら、こちらからカチ込みに行くしかない」
だが、ハルトマンは静かに首を振った。そして、懐から何かを取り出す。
「……これを持っていけ」
ハルトマンは即答した。
「なぜ、これを貴女が」
「さあな。だが、もう私には必要ないものだ。……お前の好きな女のものだろう?」
ハルトマンの瞳には、諦念と、隠しきれない情熱が混ざり合っていた。それは拒絶の言葉のようでいて、形を変えた告白にも聞こえた。
ラインツファルトは無言でそれを受け取る。手のひらに残る体温。それは、八十年前の少女のものとは違う、今を生きる女の熱だった。
◇
翌朝。村人たちの総出の見送りを受け、一行は魔の森へと足を踏み入れた。
イオの姿はない。村長に尋ねれば「孫は三年前に死んだ」と言う。
「やれやれ。幽霊と一緒に宴会してたってわけか」
「美人なら幽霊でも歓迎っすけどね!」
ヴェイスの軽口に、メリッサが肩をすくめる。
一見いつも通りの彼らだが、その表情には微かな緊張が張り付いている。ここから先は、地図にない場所。 生きて帰った者のいない、禁断の領域だ。
鬱蒼と茂る樹木が、太陽の光を遮る。湿った苔の匂いと、どこか鉄錆びたような臭気。馬車は入れず、彼らは徒歩で森の奥へと進んでいく。
数時間ほど歩いた頃だろうか。先頭を歩いていたハルトマンが、不意に足を止めた。
「……静かすぎる」
「ええ。鳥の声ひとつしない」
ラインツファルトも剣の柄に手をかける。妙だ。先ほどまで後ろで騒いでいたヴェイスの声も、メリッサの足音も、ハロルドの気配も。プツリと、途切れている。
「おい、お前た――」
振り返ったラインツファルトの視界。そこには、誰もいなかった。ただ、濃密な霧が立ち込め、続くはずの道を白く塗りつぶしているだけ。
「……結界か。あるいは、空間転移の罠か」
ハルトマンが低い声で唸る。
その時。ガサリ、と霧の奥、死角から草を踏みしめる音がした。
「来るぞ、ラインツファルト」
「歓迎会の始まり、ですね」
二人は背中合わせに構える。霧の中から現れたのは、肉を持たぬ白骨の兵団。虚ろな眼窩に赤い光を灯した、死者の軍勢が、音もなく彼らを取り囲んでいた。




