表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/41

第10話「ニーシュ村」

「神妙な物言いですね。何かあったのですか」


 グスタフは静かに息を吐いた。


「……今日もまた、魔力異常による集団錯乱が起きた。今回の犠牲者は多い。百人に近い」


 アーガディアには、もはや地上の人類すべてを支えられるほどの魔力が残されていなかった。かつては大地に満ちていた力が、今や細る一方である。星から十分な魔力を得られなければ、人は精神を蝕まれ、低くない確率で破滅へと至る。


「宮廷はその解決策を、西にあるという『世界樹の幹』に求めようとしている。その詳細はわかっていないが、王国陸軍が主体となって探索の任にあたることになった」


「陸軍が動くなら、近衛の先生が行く必要はないのでは?」


「ああ。だから私は、自ら西行きの特務部隊に志願した。私は西に行って、魔力の枯渇に終止符を打つ。いざという時は、この身を犠牲にするつもりだ」


 ラインツファルトは、彼の言葉の裏にある思いに気づいた。


「どうしても魔力異常を放ってはおけないんですね。その、奥様を魔力異常症で亡くされてますから」


 グスタフは穏やかに笑った。


「ああ。だがそれだけじゃない。アンデッドを減らしたいというのは、王の願いでもあるのだ。陛下は慈悲深いお方だ。何度恩を受けたかわからん。私は、この世界に本当の平和をもたらしたい」


 ラインツファルトは苦笑する。


「そんな風に言われたら、断るのが難しくなるじゃないですか」


 彼は隣に座るグスタフを見やる。鋭く厳めしい顔つきのはずなのに、どこか人間味のある表情をしている。情に厚く、誠実な男――彼の師は、昔からそういう人だった。


 ラインツファルトはゆっくりとうなずく。


「わかりました。私が後を継ぎましょう。いずれは先生から譲られるつもりでしたし、予想より少し早かっただけです」


 グスタフは愉快そうに笑った。


「そう言ってもらえると助かる」


 彼は立ち上がると、腰に巻いた鞄から小さなものを取り出した。細い紐にぶら下がる、一粒の美しい宝石。


「これは『アダマスの首飾り』だ」


 淡々とした口調の奥に、わずかな情がにじむ。


「妻を失って以来、私は二度と大切な人と別れることのないよう、あらゆる手を尽くした。これは、そのときに宮廷魔術師が授けてくれたもので、魔術が込められた二つ一組の『アダマスの宝石』で作られている。この首飾りは、対となるもう一つのペンダントと結びつき、それを持つ者同士に不壊の絆を結ぶ。だが私にはもはや必要のないものだ。お前に授けたい」


「そんな大切なもの、受け取れません!」


 ラインツファルトは思わず首を振る。しかし、グスタフは朗らかに笑った。


「はっはっは。騎士団長の座を継ぐのなら、むしろ受け取らねばならんぞ。この首飾りは今日まで、私と国王陛下の縁を繋ぎ止めてくれた。これからは――お前が陛下と、永遠に砕けない絆を結ぶのだ」


 ラインツファルトは渋々、宝石を壊れもののようにそっと手に取り空へかざした。


 それは七色に輝き、青空を美しく彩っていた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ラインツファルトは服のポケットをまさぐった。指先が硬質な感触を捉える。


 ――あった。


 彼はそっと取り出す。片割れだけのペンダントだ。


 もう一方は、レティシアに託してある。


 この偶然――いや、必然とも思える巡り合わせに、ラインツファルトは神の導きを感じた。


(これがあれば、きっと彼女に会える)


 彼は静かにペンダントを握りしめた。




 ラインツファルトは、宿の庭でグスタフだった「生き物」を洗った。


 彼の両手に展開された魔法陣から、小さな滝のように清水が流れ出し、汚物だらけの体を包み込む。


「洗浄の魔術なんて、変なもの使えるんすねえ」


 そう言うヴェイスの隣で、ハロルドは黙々と本のページを繰っている。


 グスタフには牢から出て以降、やり取りができるそぶりはなかった。


 とはいえラインツファルトには義理があったから、簡単に見捨てるわけにもいかない。


 それに。


(アンデッドを救う手掛かりを求めて、魔の森に飛び込んでいった勇気ある先生には敬意を示さないとな)


「首のペンダント、透明できれいだね」


 メリッサは、いつの間にかクロワッサンを頬張っている。


「ああ、これは先生にもらったものなんだ。綺麗だろ?」


 ラインツファルトがそう言うと、メリッサはにやりと笑った。


「ちょっと色気づいちゃったね? らしくない」


「べ、別にそういうわけじゃない!」


 慌てて取り繕うラインツファルトに、彼らはそろって噴き出す。


「百年も生きてるおじいちゃんの反応じゃないね」とハロルド。


「俺をじじい扱いするな。まだ二十七歳だぞ!」


「それでも年上っす!」


「……くそっ」


 どうにも取り繕う余地がない。まったく、こいつらときたら……。




「よし、最低限体はキレイにできただろ」


 ラインツファルトは表面をなでながら確認する。ぼこぼこしていて大分不細工ではあるが、最低限の清潔感は出た。


「あとは顔を整えて、ほとんど壊死してる手足を取り除いておこう。いらない部分を切り取る魔術に、顔のパーツは、顔をいい感じに調整する魔術を使う」


「だいぶアバウトな魔術っすね……」


 ヴェイスが呆れたような声を漏らす。


 彼らは、グスタフが徐々に整形されていく様子を見つめた。


 ラインツファルトは、手足を取り除いて丸くなったグスタフを抱き上げて眺めてみた。


「まだ何かが足りないな」


「毛が足りないね。毛をふさふさにする魔術を知ってるからそれを使おう」


 ラインツファルトが抵抗する間もなく、ハロルドはその体に向けて魔術を放った。あれよあれよという間に丸い体が毛で包まれていく。


「あー! 先生が!」


 メリッサとヴェイスが笑い転げる。


「愛嬌が出ていいんじゃない?」


「すごいふさふさヘアっすね!」


 ラインツファルトは頭を抱えた。


「なんだか先生に申し訳ない……」


 そこへイオの祖父がやってきた。ラインツファルトたちを探していたらしい。


「おじいさん!」とラインツファルト。


 イオの祖父ーーノイマンは、


「王族の方がいらっしゃるなんてめったにない! 村をあげてお祭りしなければ!」と、張り切っていた。


「おじいさんは王党派ってわけ?」


 ラインツファルトはハロルドに小声で尋ねる。


「いや、そこまで大げさな話じゃないと思うけど」


「王政復古してもらいたいな」


 ハロルドは苦笑いしながら肩をすくめた。


「それは置いておいて、あのイオって人、やっぱり何か隠してる気がするんだよね」


「隠し事、ね。たしかに彼女、どこかで見覚えがあるんだよな。誰かの子孫なんだろうか」


 前を歩いていたノイマンが振り返った。


「なんじゃ、イオの噂話か? あの子は昔、王都にいたとき、惚れた男と仲良くなれずに帰ってきて以来長いこと落ち込んでいたもんじゃ。わしだったら次の女を捕まえるんじゃが」


 ラインツファルトは苦笑いした。


「イオさんにいい出会いがあるといいですね」




 宴は村役場を用いて盛大に開かれた。人々は部屋の中に入り切らず、外にまではみ出していた。


 地方ともあって、昔のことでも旧王家の人間とあれば、人々は飛びつくというわけだ。


 その中でも用心深い勢力は、彼が本当に王族であるか試そうとした。


「外に七本の丸太を円形に立てて並べてあります。その中心に立って、魔手ですべてを切り伏せて見せてください。王族の方なら簡単でしょう?」


 その中心に立ったラインツファルトは、周囲のらんらんと輝く視線を浴びながら魔手を見せる。


「おお、本当に七色だ!」


 周囲が沸き立つ。


 ラインツファルトは、目にも止まらぬ速さで、丸太を切り刻む、だけではなかった。


 彼は、丁寧に裁断した丸太をピラミッド状に並べあげて、見上げるほどの高さの建築物を作り上げた。


「キャー! ラインツファルト様! 素敵! 結婚してください!」


「これじゃあ役場に入りづらいじゃろうが……」


 種々様々の黄色い声が飛ぶ。


「ありがとうございます。それは子供の遊び場にでもしてください」


 ラインツファルトは手をひらひらさせてその場を去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ