無敵のコンボ
⋇ようやくバトル
ザドキエルたちが舞台の石材を踏み砕き、三人で突撃した瞬間。先んじて指を鳴らしたバールの身体が突如として爆散した。
「えっ?」
「は?」
予想外の事態に、ザドキエルとルキフグスは思わず足を止めてしまう。敵が突然自爆して木っ端微塵になったのだから仕方のない事で、むしろ全く意に介さずハニエルに突撃するトルファトーレの方が異常である。
「ありがとうございます、バールさん――ヒール」
更に意味不明な事に、ハニエルは自爆したバールへ治癒魔法を行使する。木っ端微塵となり血肉を撒き散らすバールの姿が、時間を巻き戻すかの如く一瞬で元に戻る。何事も無かったかのように、端正な面差しの魔将バールが再出現だ。
しかし本当に何事も無かったわけではない。一連の流れはかつてザドキエルたちを苦しめた、非常に厄介な魔法の事前準備が整った事を意味していた。
「そういう事ね! 吸血鬼の彼に肩代わりして貰うつもりかしら!?」
「え、ええっ!? あ、アリなのか、それ……!?」
思わず驚愕に目を剥いてしまうザドキエルとルキフグス。
ハニエルは他者を治療し縁を結ぶ事で、己の負傷を肩代わりさせるという非常に厄介な魔法を持っている。不特定多数の人間に無差別に治癒を撒き散らす事で最大限の効果を発揮する魔法で、この魔法によりほぼ無敵を誇ったのは記憶に新しい。
今回は舞台外に対して魔法を行使する事はルール違反なので、さほど警戒する必要はないと思っていた。しかしいたのだ。不特定多数と縁を結ぶ事無く、最大限の効果を発揮できる相手が。
「その通り。そして我自身は高い再生能力を持つが故、負傷の肩代わりなど実に容易い。これにより、我らは無尽蔵の耐久力を持った双璧と化すのだ」
「これこそが絆の力です――<|みんなはひとりのために《オール・フォー・ワン》>」
「クッ、発動を許してしまいましたか……!」
バールは大仰な仕草で称えるように両腕を広げ、ハニエルは背後に跳んでトルファトーレの速攻を躱しながらその魔法を行使する。
これでハニエルが負うダメージは全てバールが代わりに受ける事となる。そしてバール自身は真祖の吸血鬼たる最高の再生能力により、瞬く間に負傷が完治してしまう。無限の再生能力を持つ相手が二人に増えたようなものであり、開戦早々ザドキエルたちは不利に陥ってしまった。
「ど、どうする……!?」
「やるしかないでしょう!? 私たちは私たちの仕事をするしかないの! さあ、行くわよっ!」
しかし諦めるという選択肢は存在しない。ルキフグスが動揺している今も、トルファトーレは果敢にもハニエルと一対一の勝負を行っている。ならば自分たちも役割を果たさなければ、彼にもニアにも顔向けが出来なかった。
故に不測の事態に慌てふためくルキフグスを叱り飛ばし、ザドキエルは今度こそ己の役目に全霊を傾けるのだった。夜の支配者を、夜の世界で討ち果たすために。
「来い、かつての同胞とかつての怨敵。夜闇の下では我こそが最強の存在である事を、貴様らにとくと教えてやろう」
己の強さに絶対の自信を持っているのか、バールは武器すら持っていない。完全に無手で余裕の微笑すら浮かべ、指でこちらを招き挑発すらしていた。
ザドキエルはそんな不敵な笑みを一刀両断せんと、大剣を振り被り迫る。真正面から大上段という、あまりにも稚拙で愚直な対応だ。しかしこれはブラフ。
「――はああぁぁぁっ!!」
最初の一刀を見舞ったのは、ザドキエルの身体を隠れ蓑にして接近したルキフグス。素早く回り込んで姿を現すと共に、バールの首を刎ねんと神速の一刀を放つ。
ザドキエルの大剣で視線を上段に釘付けにした後の、下方からの不意打ちは効果絶大。相手は真祖の吸血鬼であるため首を刎ねても殺す事は出来ないだろうが、ひたすらに斬り刻めば行動不能に陥れる事は出来るはずであった。
「ふむ。剣速と技のキレは目を見張るものがあるな。だが力が足りない」
「なっ……!?」
しかしそれは当たればの話。驚くべき事に、バールは不意打ちに完璧に反応して見せた。神速の一刀を指で挟み止め、受け止める事で。
渾身の一刀を見切られたばかりか容易く受け止められた事で、ルキフグスは目を剥き凍り付く。ザドキエルもまさか指二本で止められるとは思っていなかったが、だからといって攻め手を緩める事は出来ない。
「じゃあこっちはお気に召すかしら!?」
故に翼を片方だけ羽ばたかせ横にスライドして回り込み、バールの側面から大剣を振り下ろす。全てを斬り裂くルキフグスの一刀とは異なり、あらゆるものを叩き潰すような渾身の一撃。
少なくともルキフグスのように指二本で受け止められる事はない――はずだった。
「逆にこちらは力だけだ。技巧に欠けたつまらない攻撃だな」
だが白煙を引いて唸りを上げる肉厚の大剣は、片手で容易く受け止められてしまう。指二本でこそ無かったが、完全に見切られ無力化されてしまった点は全く同じ。これではルキフグスを小馬鹿にする事は出来なかった。
「あら、ごめんなさい! じゃあこういう小細工はお好み!?」
「む? これは……」
尤もザドキエルとしても、受け止められる事は織り込み済みであった。だからこそ仕込んであった魔法を発動し、大剣に封じていた凄まじい冷気を一気に解放した。
白煙を漂わせるほど刀身に収束した冷気が弾ければ、触れていた物体が凍り付くのは自明の理。使い手であるザドキエルは凍らなかったが、刀身を直接掴んでいたバールはひとたまりも無い。爆発的に広がった白煙が過ぎ去った後、その姿はほぼ完全に氷像と化していた。
「その状態なら、避ける事も出来ないんじゃない!?」
「首、貰った……!」
これならば回避も防御も敵わない。
故に氷結に巻き込まれた大剣を手放したザドキエルは、二本目の大剣を空間収納から取り出し大上段からの一撃を放った。同時にルキフグスは横合いから首を刈る一刀を放つ。炸裂すれば相手は十字に切り裂かれる致命的な攻撃。まして相手は完全に凍り付いていて身動きが取れない。殺せないまでも行動不能に追い込むための一歩にはなる――ザドキエルは今度こそ確信していた。
「――何故避ける必要がある? 容易く受け止められるというのに」
「っ!?」
「う、嘘でしょ……?」
だからこそ氷結を内部から割り砕き、同時に二刀を受け止めたバールの姿に戦慄を禁じ得なかった。氷結させ完全に動きを止めたと確信していたからこそ、余計に衝撃は大きかった。どうやらこの化物の動きを完全に封じるには、ただ凍らせるだけでは不十分だったらしい。
「我を誰と心得る? 夜の世界で無類の強さを得る吸血鬼、その真祖であるバール・ツァーカブだぞ? 昼の世界ならいざ知らず、夜闇を従える我は無敵だ」
「ぐっ!?」
「くぅ……!」
そのまま尋常でない力で得物ごと振り回され、ザドキエルとルキフグスはお互いの身体同士をぶつけられてしまう。互いに翼を羽ばたかせ速度は緩めたものの、しばし呼吸が止まり目の前が眩むほどの衝撃であった。
挙句にそのまま武器ごと放り捨てられ、危うく場外に落ちそうになってしまう。向こうがこちらを侮っているからこそこの程度で済んだだけで、向こうが本気ならば相当の重傷と共に場外に叩き出されたに違いない。
「あいたた……思った以上に強いわねぇ。私結構なパワーキャラで通ってたのに、最近容易く攻撃を受け止める人多くない?」
「わ、技を磨かないからだ、怠け者が……!」
予想を遥かに上回る相手に思わず乾いた笑いを零してしまい、今度は逆にルキフグスに叱咤されてしまう。
しかし彼女の言う事は極めて正論。ザドキエルは物理的な力と魔法の冷気や氷を駆使して戦うタイプであり、武術に関してはさほど学んでいないのだ。あまりそちらに傾倒するとルキフグスの真似をしているように思えてしまい、何となく忌避していたのである。今更それを悔いても完全に後の祭りであった。
立ち上がり体勢を整えたザドキエルが作戦を巡らせる中、視界の端では大天使と一騎打ちを繰り広げる仮面の聖人族の姿が目に入った。
「快楽への変換が効いていない……なるほど、対抗策を練ってきましたか」
「もちろんです、変態仮面さん! 私は今、魔法で自分の感覚を麻痺させています! あなたのエッチな攻撃はもう私には効きませんよ!」
「つまるところ麻酔のようなものですか。厄介な……」
どうやら向こうも向こうで苦戦しているらしい。トルファトーレの打撃のダメージは全てバールに肩代わりされ、ハニエルを直接狙う痛みを快楽として叩き込む魔法は無効化されているようだった。
とはいえ決闘のルール上、ハニエルが放つ致死の治癒も控えめになっているのが唯一の救いだ。それでも手足の一本くらいは余裕で腐食させるレベルなので、やはりトルファトーレでなければ相手取るのは難しいだろう。向こうも苦戦している以上、助力を求める事は出来なかった。
「さあ、ひれ伏すが良い。夜の王たる我の前に――ダークネス・ミーティア」
そして作戦を考える暇もなく、いよいよバールが攻勢に出る。マントを広げ夜空を指差したかと思えば、上空に黒々とした闇の塊を生み出した。
その数、優に百を超える。一つ一つが拳大のそれは夜闇に紛れて非常に見え辛いというのに、バールが指を振り下ろした瞬間一気にザドキエルたち目掛けて殺到してきた。
「ちょっ!? 数が多いわぁ!」
「こ、これじゃ、近付けない……!」
闇の塊は一発一発が尋常でない重さであり、舞台を抉り深く陥没させるほどの威力。それが百以上、たった二人めがけて広範囲から高速で降り注ぐ。
ルキフグスと背中合わせとなり迎撃する事で何とか凌ぐものの、闇の塊は途切れる事も数を減らす事も無く絶えず降り注いでくる。消耗戦が狙いかとザドキエルは危惧したが――
「光に塗り潰されし原初の闇よ。真の始まりたる暗黒よ。黒き闇を統べる支配者たる我が命じる――」
「な、何か、ヤバそうなのが来るぞ……!?」
降り注ぐ闇の中、実に御大層な詠唱が耳に届く。あまりにも痛々しい詠唱だが、笑い飛ばす気も起きないほど膨大な魔力が集中していくのが肌で感じられた。
バールは持久戦が狙いではない。この闇の雨で足止めしている間に、最大最強の魔法を叩き込むつもりなのだ。しかしそれが分かっていても、ザドキエルたちは降り注ぐ闇を捌くのに精いっぱいであった。
「……ルキちゃん、何とか道を切り開いてくれない?」
「な、何か、策があるのか……?」
「賭けみたいなものだけれどね。どのみち正攻法では倒せない相手みたいだし、多少分が悪くてもやってみるべきじゃない?」
二人で降り注ぐ闇を凌ぎつつ、背中合わせに語り掛ける。
それなりに成功率の高い見込みの策があるのだが、いかんせんバールの元まで辿り着けるかどうかが未知数であった。加えてルキフグスが言う事を聞いてくれるかどうかという問題もある。
しかしこのままでは恐ろしいほどの魔力を秘めた魔法が繰り出されるのも事実であり、四の五の言っていられる状況では無かった。
「わ、分かった……お前の盾になるのは癪だが、ニア様のために、やってやる……!」
「そうこなくっちゃ! それじゃ頼んだわよぉ!」
「後で、借りは返して貰うからな……!」
ルキフグスもそれを理解しているのだろう。背後からは非常に不服そうな、しかし決意に満ちた声が届いてきた。
ザドキエルが頼むと同時、背後の気配に変化が訪れる。膨大な魔力が渦巻いたかと思えば、爆発染みた黒煙が巻き起こり全てを黒く塗り潰したのだ。
当然黒煙は絶えず降り注ぐ闇によって吹き飛ばされるが、ザドキエルの下には届かない。何故なら竜の姿へと変貌したルキフグスが、覆い被さるようにして己の巨体を盾としていたから。
「ぐ、うぅぅ……! は、早く、行け……!」
しかし鉄を穿つような轟音と肉が抉れるような水気のある音が絶えず響き、ルキフグスの苦悶の叫びが耳に届く。尋常でない威力の闇の塊を一身に受けているのだから、むしろ貫通せずに堪えているだけ相当な防御力である。
とはいえ長くは持たないのは明白。礼を言う暇も惜しみ、ザドキエルは声も無く飛び出した。
「今こそ反旗を翻せ。光を駆逐し、闇の世界を築くのだ――」
穴だらけになった道を疾走し、今にも膨大な魔力を解き放とうとしているバール目掛けて一直線に距離を詰める。
だがザドキエルには感覚で分かってしまう。行動を取るのが僅かに遅かった。このままでは魔法を止める事が出来ない。バールに斬りかかる前に発動されてしまう、と。
だからこそ、作戦を実行するのは今を置いて他に無い。賭けに出るため、ザドキエルは必死に距離を詰めながらも己の得物を投げ捨て――自らの衣服の胸元を下着ごと破り捨て、豊満な乳房を露わにした。
「全てを呑み込め。アビス――は?」
「はあっ!? な、なにやってんだ、お前……!?」
目論見通りというべきか、あるいは単に呆気にとられたのか。バールは目を剥き魔法の詠唱を中断していた。それどころかルキフグスめがけて降り注ぐ闇の雨も途切れ、一瞬の静寂と停滞が周囲を支配する。
しかし戦いの最中ではその一瞬が命取り。衝撃の事態に固まるしかないバールに対し、ザドキエルは見事肉薄を果たすのだった。
「――むぐっ!?」
そしてその端正な面差しを露わとなった胸の谷間に迎え入れ、熱い抱擁で以て拘束する。
ルキフグスが言うには魔将バールは女性が苦手。しかし口振りから察するに嫌いだとか憎いとかでは無いため、別にホモというわけではないはずなのだ。ならば女の武器が通じる可能性は十分にある。とても大きく形も完璧、美巨乳と自負しているザドキエルの乳房なら、隙の一つや二つ作り出せないわけがなかった。
「な、い、一体、何の真似を……!?」
やはり性的対象は女であるらしく、バールは顔を真っ赤にして凍り付いていた。ぞっとするほど整った男の顔が羞恥と狼狽に歪むのは実に堪らなかったが、経験豊富なザドキエルは欲望を制御する事など容易い。
それに今はニアの命がかかった真剣な戦いの最中。容赦なくバールの隙を狙い、最後の一手を放つのだった。
「一緒にしばらくおやすみしましょうか。大丈夫よ、こうやってずっと暖めてあげるわ――レスト・イン・ピース」
「ぐ……!?」
放つは氷結の魔法。しかしただ凍らせただけでは不十分であり、容赦なく内側から氷を割り砕かれるのは目に見えている。
対策としてはより強力に、より低温度で氷結させるというのが最もシンプルな答えである。しかしそもそも凍り付いた状態から力づくで出て来れるような相手には、多少強力にした程度ではほぼ無意味に違いない。
故にザドキエルが取った行動は全く異なるアプローチ。己自身を氷結に巻き込み自身も氷に囚われながら、意識の続く限り内側から氷結させ続けるというものだった。
「そ、そうか……! お前のやり方はイカれてるが、た、確かに、効果的だったぞ……!」
分厚い氷の中で意識が徐々に薄れて行く中、外からルキフグスの声が響く。
少々頭が足らない彼女でも、この状況ならば自分のすべき事を察したらしい。巨体を回し肉厚な尾を振り回すと、それを氷塊と化したザドキエルたちに叩きつけてきた。氷が割れない程度に、しかし弾き飛ばされ舞台上を滑る程度の力で。
「く、おおぉぉっ……!?」
「ふふっ、一緒にイきましょう?」
絶えぬ氷結にバールは成す術も無いらしい。氷塊の中、ザドキエルの胸で苦悶の叫びを上げつつも抗う事は出来ず、そのまま二人揃って場外へ落ちるのであった。
活躍はしましたがそれを遥かに上回る情けなさを叩き出しました。




