希望と絶望
「……これは驚きだな。あれほど憎み合い争っていた聖人族と魔獣族が、ここまで心を通わせ力を合わせるとは」
舞台の上で繰り広げられる高ランク冒険者たちの戦いを目の当たりにして、アルカことベルは心から驚嘆していた。
実際に<救世の剣>のメンバーの戦いを見るのは今回の決闘が初めてだったのだが、両種族が何の確執も無く高度な連携を繰り広げるなど想像もしていなかったのだ。初戦でも連携は行われていたものの、実力の低さのせいでさほど目立たなかったのである。
「癪だけどあのクソ野郎のやり方は間違ってないって事なのよね。あるいは馬鹿げたやり方でも成果が出るくらい、この世界の奴らがアホなだけかもしれないけど」
<救世の剣>のリーダーであるが故に、この光景を見慣れているミニスに驚愕は無い。しかし言葉とは裏腹に、子の成長に感動を覚えたような親の表情をしていた。
「やはりこの様子ならお前がいなくなっても問題は無さそうだな。きっと奴らがお前の教えに従い、世界を良くするために動いてくれるだろう」
「そうね。その辺は心配してないけど、一つ不安な事があるのよね。次のリーダーに関しての事なんだけど……」
「確かザドキエルとルキフグスの二人がリーダーになる予定だったか? 私はザドキエルの事はあまり知らないが、確かにルキフグスは少々難があるな。私と目を合わせようともせず、いつも蒼褪めた顔で震えている臆病な小娘だったからな、アイツは」
「いや、あんたを前にしたら誰でもそうなるんじゃない……?」
控えめにツッコミを入れてくるミニスは無視して、ベルは舞台上の戦いを見守る。
ノイジィを筆頭に後衛の三人が羞恥を噛み締め合唱を行い、相乗効果で効力を高めた強化魔法で前衛を補佐。カレンが魔力を練り集中を始める傍ら、前衛の三人が隙を作り出すべく流れるような攻撃を繰り返していく。
最早彼らの頭には種族の違いなど頭に無いのだろう。戦いへの勝利、そしてニアを救うという目的のために完全に一つとなっていた。両種族間の血で血を洗う争いをたっぷり見てきたベルからすると、夢か幻かと疑いたくなるほどの光景であった。
「まあ確かにルキフグスにはもうちょっと自信を持って欲しい所ね。十分強くて真面目だし、臆病な所を除けば特に人格に問題があるわけでもないし。少なくともリーダーの資質が皆無ってわけじゃなさそうなんだけど……」
「そこはザドキエルの方が補佐するのではないのか? 二人でリーダーを務めるのだろう?」
「ザドキエルはまあ、強さもリーダーとしての資質も問題無いと思うわよ? ただルキフグスとそりが合わなくてしょっちゅう挑発したりおちょくったするし、あといまいちおふざけなのか真面目なのか分かんない時が多いのよね……」
「なるほど。大天使と魔将の因縁は深いからな。一般的な奴らと同じようにはいかないか」
眉を寄せて渋い顔をしているミニスの気苦労を察し、ベルは後で労ってやろうと心に決める。
何故よりにもよってニアの後継が大天使と魔将のダブルリーダーなのかと疑問に思っていたが、一人だけではどうにも足りない要素があるらしい。ルキフグスは積極性、ザドキエルは真剣さという所か。
尤も次なるリーダーを決めたのは、悪辣にして至高たるベルのご主人様。むしろダブルリーダーにして争い合わせ、お互いを切磋琢磨させる事を目的にしている可能性もあった。
どういった理由にせよ、あのクルスが決定した事である。問題が起きたとしても無理やり歪めて軌道修正するに違いない。ベルは信頼に近いレベルでそう確信していた。
「……ちなみにあんたはどうなの? 大天使の事が特に憎いとかある?」
「いいや、特には無いな。魔将も大天使も、聖人族も魔獣族も、等しく憎くて嫌いだぞ。何度世界を滅ぼして植物のみが生きる楽園に作り替えようと思った事か」
「うん、聞くんじゃなかったわね。ていうか世界が平和になってもあんたがいるとヤバいんじゃない……?」
自分から尋ねておきながら、戦々恐々といった感じに顔を青くするミニス。
実際ベルは未だ全ての生き物が憎くて堪らないが、今の所その憎悪は抑えられているのだ。己の望みの姿に変身し、伸び伸びと気ままに暮らし、自分の趣味に好きなだけ専念出来る日々のおかげである。
尤も敬愛するご主人様と手のかかる可愛い奴らがいなくなってしまった後、自分がどうなるかはさしものベルも判断がつかなかった。何より彼らが去ってしまった後の事を考えると恐ろしくて歯の根が合わなくなってしまうので、あまり考えたくないのだ。先延ばしにしているだけかもしれないが、今はそんな恐ろしい未来など考えず日々を楽しみたかった。
「む。見ろ、動きがあったぞ」
「えっ? あれ、何か沈んでる……?」
幸いにも舞台上で戦況が変化したので、ベルは恐ろしい考えを深める事は無かった。それよりも実に面白い変化が巻き起こっていたのだ。エヴォルヴの身体がずぶずぶと舞台に沈み始めたのである。
舞台は石材のタイルを敷き詰めたもののはずだが、エヴォルヴの足元だけは妙にぬかるみ泥のような有様と化していた。自然にこんな事が起こるはずもなく、魔法で働きかけた結果なのは明白であった。
「なるほど。舞台を液状化させ泥沼のようにする事で、足を沈めさせ動きを封じたのか。直接エヴォルヴに魔法をぶつけているわけでもない以上、その方法ならば耐性を付けられる事も無いな」
「へえ、考えたわね。でもそれだけじゃ――あっ、上から……」
当然エヴォルヴは沈む身体を引き上げようとするが、その直前に上方から痛烈な一撃を叩き込まれる。上空へと舞い上がったエレフセリアによる急降下攻撃だ。
斬撃にも耐性を獲得しつつあるが、まだ完全ではないので威力さえあれば通用する。その点を踏まえた急降下からの一撃だったのだろう。実際その目論見は成功しており、エヴォルヴの身体は更に深く泥沼に沈み込んでいた。
「これで身体の半分が埋まってしまったな。全身金属な上に体表が岩のように硬質化し重くなっている以上、すぐに抜け出す事は出来ないだろう。そしてそれだけの隙があれば――」
「――トドメの一撃が決まるわね」
身動きの取れないエヴォルヴの姿を尻目に、ベルとミニスは決着が訪れる事を同時に察するのであった。抑えきれぬ力が放たれるかのように周囲に電撃を零し、紫電の光を纏ったカレンの姿を目にして。
フェイブル考案の作戦――それは舞台の石材を溶かし崩す事により疑似的な流砂を生み出し、そこに相手を落とすというものだった。
目論見は無事成功し、見事エヴォルヴは半身が舞台に埋まった状態で身動きが取れなくなっていた。完璧に沈むと同時に流砂化の魔法を解除したため、今度は逆に石材ががっちりと咥え込み離さぬ枷と化している。
いつまでも続く拘束ではないが、全身がオリハルコンで出来ているエヴォルヴは重量があるため動き自体は若干鈍い。僅かな時間とはいえ隙を作り出すにはあまりにも十分すぎた。
「今だ、ボインのねーちゃん! ぶちかませ!」
「隙は作った! 後は任せたぞ!」
「この化物を舞台から叩き落してやれ!」
さすがに疲労の色が濃いフェイブルが叫び、ふわりと舞台に着地したエレフセリアが続き、コルウスが警戒しながらもカレンに指示する。
集中は十全。イメージは十分。魔力は持てる全てを注ぎ込む。敵は隙だらけで邪魔される事は無い。
唯一必要なのは、軌道を制御するための技術のみ。しかしそこは己の力で解決する他に無かった。元より今の自分には過ぎた技なのだから。
「……友よ、俺に力を貸してくれっ!」
だからこそ、カレンは力を求めた。今この場にはいないが凄まじい強者であり、自分によく特訓をつけてくれる気さくな友に。そもそもこの技は彼女のアドバイスと助力により、付け焼刃ながら身に着ける事が出来たのだから。
「――疾風迅雷!!」
瞬間、カレンは稲妻となった。比喩ではなく、文字通りの稲妻に。
雷撃を自身に降ろし、自分自身を稲妻と化す。それこそがカレンにとっての奥義であり、また幼い頃に目の当たりにして憧れた究極の技であった。
尤も、今の未熟なカレンには本物の稲妻と化すことは出来ない。速度も本物には遠く及ばず、更に持続時間もほんの一瞬。加えて荒ぶる稲妻と化した事で稲妻の軌道に引っ張られ、移動の制御が非常に難しいという欠点まであった。
しかし今この場で重要なのは、軌道の制御というただ一点のみ。動けぬ敵に雷速で体当たりをかますだけである以上、持続時間など必要無い。
「落ちろおおおぉぉぉぉぉっ!!」
故にカレンは軌道の制御に全霊を注ぎ、疾風迅雷の体当たりをエヴォルヴに見舞った。傍から見れば突如舞台上に発生した稲妻がエヴォルヴに落ちた様に見えた事だろう。
出来損ないの稲妻とはいえ、その速度がもたらした威力は途方も無い。戦斧を盾に衝突したにも拘わらず、カレンの右半身は至る所が折れ曲がり骨折の嵐となった。
無論この体当たりを受けた側もまともで済むはずがない。全身がオリハルコンで出来ている事もあり負傷こそなかったが、舞台に沈んでいたエヴォルヴの身体は強引に引き抜かれ、凄まじい勢いで弾き飛ばされ宙を舞うのだった。カレンはその光景を、激痛と魔力枯渇により意識朦朧としながらも見送った。
「よっしゃ! これで俺たちの勝ち――んなっ!?」
だが相手は真正の怪物。土壇場で更なる進化を重ね、気の早い勝鬨を上げてしまったフェイブルが目を剥いた。エヴォルヴの六本に及ぶ腕が急速に形状を変化させ、六枚の岩の翼と化したのだ。
急速な形状変化にまだ機能が追い付いていないのか、飛行能力は十全ではない。しかし吹き飛ぶ速度は明確に軽減され、徐々に勢いが殺されつつあった。
このままでは場外まで吹き飛ばない。誰もがそれを察すると同時、この機会を決して無駄にしないために行動を起こした。
「素直に落ちとけ、この化物が!」
「翼生やしてあたしの真似か!? このニセモノがっ!」
コルウスとエレフセリア、舞台の端近くにいた二人が渾身の体当たりをお見舞いする。
オリハルコンの塊であるエヴォルヴに体当たりなど、本来なら何の意味も無い。しかし吹き飛ぶ勢いを機能不全の翼で軽減している状態で体当たりを受ければ、体勢を崩すのは必然であった。
二人の機転により体勢が崩れたエヴォルヴは、無事に場外へと弾き出される――が遂に翼が機能し始めたらしく、地面に落ちる事無く踏み留まっていた。このままでは再び舞台に逆戻りしてしまう。誰もがその絶望に息を呑んだ時――
「――無駄にはしませんよ、カレンさんの努力は! グラビティ!」
「魔法を叩き込むとしたらここしかないでしょ! ヴァイオレント・ストーム!」
「ふざけた歌を歌わせやがって! スプラッシュ!」
「あー、楽しかった♡ ソニック・ウェイブ♡」
今まで合唱していたラッセルたちが、全員で魔法攻撃を叩き込んだ。怒りや屈辱やらを存分に込めた魔法を、上方から叩き落すかの如く。
あらゆる魔法に適応し、進化を遂げて完全な耐性を身に着けるのがエヴォルヴの能力。だからこそ今までラッセルたちは魔法攻撃を加える事は無かったが、この状況ならば話は別。進化を遂げる前、一度だけなら魔法も通用するのだ。
ここを逃せば勝利など無いと誰もが確信していたからこそ、打ち合わせも無くラッセルたちは全力をぶつけていた。強烈な重力や激しい烈風、怒涛の水流や凄まじい音波をこれでもかと降らせて。
さしものエヴォルヴも雨の如く降り注ぐ魔法攻撃の嵐に不動を貫く事は出来ず、むしろ翼で表面積を広げているが故により広範囲に攻撃を受ける。やがて適応し進化する事で身体の形状を変えながらも、それが効力を発揮する前に地面へと墜落するのであった。
「……場外だっ! よっしゃ、俺達の勝利だあああぁぁぁぁぁぁっ!」
「やったああぁぁぁぁぁぁっ!!」
瞬間、戦いを見守っていた他のメンバーたちが歓声を上げる。
初戦で敗北してしまい後が無かったからこそ、その勝利の喜びは尋常ではない。誰もが歓喜の涙を零し、種族関係なく抱き合い勝利を称え合っていた。
「見たか、俺らの力! 変態しまくる変態が叶う訳ねぇだろ!」
「つってもかなりギリギリだったけどな。まだまだ修業が足りないって事か」
体力と魔力の問題で膝を付き肩で息をしながらも、フェイブルは勝鬨を上げる。さすがにエレフセリアも今回は小馬鹿にする事も無く、呼気を乱しながら汗を拭っていた。
「大丈夫ですか、カレンさん!? すぐに治療します!」
「ああ、頼む……やはり俺にはまだ早い技だったようだ……」
ラッセルは勝利に酔い痴れるでもなく、重傷のカレンに駆け寄りすぐさま治療を開始する。幸いな事に致命傷では無かったため、カレンのボロボロの右半身は徐々に元通りとなって行く。
カレン以外に目立った外傷を負った者はなく、先に場外に落とされた者たちは治療の必要性もほとんどないほど軽傷。終わってみれば被害は軽微であり、勝敗が並んだこともあって<救世の剣>のメンバーたちの間にはどこか弛緩した空気が流れるのであった。
「これで戦いは一勝一敗。だがこちらは魔将と大天使、そしてサブリーダーが残っている。勝ちは貰ったな」
「そうそう♡ あ、せっかくだから皆で応援歌を歌いましょ♡」
「お、良いなそれ。俺もヴィオラがちゃんと歌ってる所、もう一回聴きたいぜ」
「い、嫌よ、そんなの! その……二人きりの時なら、良いけど……」
ハーディやコルウスすらも油断と取れるほど気を抜いているのは、残りのメンバーが自分たち以上に強力だからに他ならない。
魔将ルキフグスに大天使ザドキエル。どちらも近接戦闘において随一の強さを誇り、<救世の剣>だけでなく世界全体で見て指折りの強者である。加えてルキフグスは魔法を無効化する斬撃を放ち、ザドキエルは強烈な氷結の魔法を自在に行使できる。攻守に置いて隙が無い二人だというのに、更にそこに謎の強さを誇る<救世の剣>のサブリーダー、トルファトーレが加わるのだ。
敵がどのような化物だろうと、この三人ならば容易く屠るに違いない。誰もがそう確信していた。
『良くエヴォルヴを倒した。まさか敗れるとは思っていなかったぞ。やはり敵の行動や対応によって戦力が変化する兵器は安定性に欠けるな? これも失敗作だったか』
そのためアルカが<救世の剣>をここまで苦戦させた存在を失敗作と断じた事も、嫌悪と侮蔑こそ覚えど怒りを覚える事は無かった。次の試合は間違いなく勝利出来るのだから、負け犬の遠吠えとして聞き流した者も多かったほど。
仮に次の対戦相手がアルカの傑作であろうとも、ニアほどの強さを持つ存在である事はありえない。自分で作り出せるのなら、そもそもニアの身柄を取り戻そうとする意味など無いのだから。
『仕方ない。ここは切り札を使わせて貰おう。三戦目の相手は――彼女たちだ』
故に誰もが信じていた。最終戦はきっとすぐに片が付く。途方も無い化け物が出て来る事も無い。<救世の剣>の勝利は確実だ、と。
漆黒の夜空から光り輝く羽根の数々が降り注ぎ、闇のコウモリの群れが降りて来るまでは。
「――お久しぶりです、皆さん。お元気ですか?」
「ひれ伏せ、者ども。夜の支配者たる我の降臨だ」
光り輝く羽根を引き連れ降り立ったのは、美しいエメラルド色の髪と瞳を持つ慈愛の大天使。コウモリの群れが収束し人型を成し現れたのは、黄金に煌めく長髪と血のように赤い瞳を持つ夜の帝王。
邪神に拉致され、洗脳の末に操り人形と化した存在。大天使ハニエルと魔将バール、その人であった。
遂にバールのカッコいい所が見られる……!?




