合唱団結成
<救世の剣>高ランク冒険者と、アルカの作品であるエヴォルヴの戦いは熾烈を極めていた。
何せ相手は魔力を帯びた攻撃を受けると、即座に己の身体を進化させて適応するという驚天動地の生物兵器。当然魔法による攻撃を行う事は出来ず、戦いは自然と己の肉体と得物のみを用いた苛烈な近接戦闘に傾いて行った。
しかし相手の肉体はオリハルコンの塊と言って差し支えなく、進化を重ねた事で更に強度を増している。そして重量と硬度の増加に伴い膂力も飛躍的に向上しており、すでに半数近くのメンバーが吹き飛ばされ場外へと叩き出されている。
現在はカレンとコルウス、そしてエレフセリアとフェイブルが四人がかりで攻め立てているが、負傷らしい負傷を与える事は出来ない。かといって碌に吹き飛ばす事も出来ず、戦いは膠着状態に陥っていた。
おまけに進化の速度は劣るものの、どうやら魔力を帯びた攻撃以外に対しても適応する能力を持っているらしい。四人で囲み翻弄し戦っている状況に適応しつつあるのか、エヴォルヴの身体はさらなる進化の途上にあった。鉤爪の如きブレードを備えた腕が新たに数本形成されつつあり、更に身体の至る所に新たな眼球が生じ始めていたのだ。
「くうっ、悔しい! あたしたちも何とか攻撃に参加できないわけ!?」
「お気持ちは分かりますが、僕たちが魔法で攻撃すれば無駄に相手を進化させてしまうだけです。そして今の僕らが近接戦闘に加わっても、ただの足手まといにしかなりません。非常に悔しい事ですが、ここは信じて見守る事しかできませんよ……」
手持無沙汰なヴィオラが地団太を踏んで悔しがり、ラッセルは己の力不足を嘆く。
高ランク冒険者たち四人が織りなす連携は非常に高度であり、半端な者が加わっても輪を乱す事にしかならない。だからこそヴィオラのような魔法一辺倒な者や、ラッセルのような器用貧乏は下手に加わる事が出来なかった。
精々負傷を負って一旦離れた者に治癒魔法を行使するくらいであり、後は離れた場所で繰り広げられる入れ替わり立ち代わりの目まぐるしい攻防を眺めている事しか出来ない。身体能力を強化する魔法をかけるくらいなら可能だが、当然すでにかけているのでやれる事は何も無かった。
故にラッセルもヴィオラと同じく、己の無力感に歯噛みするしか無かったが――
「それなら、皆で歌を歌いましょう♡」
「……は?」
翼を羽ばたかせふわふわと宙に浮いているノイジィが、唐突におかしな事を口走ってきた。まるでさも名案とでも言わんばかりの、無駄に良い笑顔で。
あまりにも場違いな発言に、ラッセルたちはしばし呆気に取られてしまった。
「ふざけるな売女。お遊戯会なら余所でやれ」
「あん、酷い♡ そんな呼び方やーん。ハニーって呼んで♡」
「死ね」
ハーディは呆れを通り越して侮蔑を覚えているらしく、ゴミでも見るような蔑みの目を向ける。しかし当のノイジィはむしろその眼差しに興奮したかの如く身体を震わせ、恍惚とした笑みを浮かべていた。
「あんたふざけるのもいい加減にしなさいよ! こっちは真剣なんだから!」
「その通りです、ノイジィさん。僕たちは真面目に自分たちに何が出来るかを考えているんです。やる気が無いのならせめて黙っていてくれませんか?」
「うふふ、私だって真面目に提案してるのよ? だってこれが私の魔法の真価を引き出すための方法だもの」
「……なるほど、そういう事か」
珍しく真剣な表情をしたノイジィが答えると、不思議な事にハーディが得心がいったように頷いた。普段から彼女への当たりが強い彼にしては珍しい反応である。恐らくノイジィの先の発言は冗談やおふざけではなく、根底にはハーディをして納得せざるを得ない極めて論理的な理由があるのだろう。
とはいえラッセルとヴィオラは知らないため、彼はどこか悔しそうにしながらも説明を始めてくれた。
「コイツは声に乗せて魔法を放つ事を得意としている。そしてただの声ではなく歌に魔法を乗せる事で、より強力な効果を発揮する。アイドルとして歌を歌い続けてきた影響なんだろうな」
「歌は一人でも歌えるけど、やっぱり皆で歌った方がとっても楽しいわ。だからその分、私の魔法の効果も高くなるのよ♡」
「なるほど。複数人で合唱すれば、強力な相乗効果が狙えるというわけですか」
「じゃあ、皆に今以上の強化魔法を届ける事が出来るって事!? そんなのやるしかないじゃない!」
この説明にはラッセルも納得が行き、ヴィオラも目の色を変える。
すでにカレンたちの肉体には、ラッセルたちによる強化魔法がかけられている。それは今の自分たちに行使可能な最高レベルの強化であり、その影響が持続している間はラッセルたちに出来る事は無い。精々効果が切れたらかけ直すくらいである。
しかしノイジィならば複数人による合唱を行う事で、己が行使する魔法の効果を高める事が出来るのだ。今以上にカレンたちの身体能力を強化出来るのなら、やらない理由などどこにもない。戦いの成り行きを見守る事しかできないラッセルたちにとっては、渡りに船の提案だった。
ただし、これには大きな問題が一つだけ存在していた。
「つまりノイジィさんだけでなく、僕たちも歌わないといけないという事ですね。今から、この場で……」
「……そういう事だ」
「え、えー……さすがにそれは、あたしも恥ずかしい……」
問題とはすなわち、衆目に晒されながら歌わなければいけないという事。しかも英雄の命がかかった決戦の場で、カレンたちが今も戦っている最中に。情けなく恥ずかしい真似である事は否めず、どうにも尻すぼみになってしまうのだった。
しかしラッセルにとって最も恥ずかしいのは、人前で歌う事などではない。戦いの場で何の役にも立てない事の方がよほど恥ずかしかった。何より恋人にして憧れの人たるカレンの背中を見つめる事しか出来ず、無力感に苛まれる事の方が嫌だった。
「……それが今戦っているカレンさんたちの力となるのなら、僕はやります。羞恥を堪えて歌いましょう」
故に、ラッセルは覚悟を決めた。一時の恥を忍ぶ事で、大切な人の力になれるのだ。ならば迷う理由はどこにもなかった。
「ほ、本気かお前!?」
「君かなりちっちゃいけど、だいぶ男らしいよね……」
「僕は本気です。確かに恥ずかしいのは否めませんが、何もできない無力感に苛まれるよりは辱められた方がよほどマシです。それで、あなた方はどうしますか? 死の物狂いで戦う彼らの姿を、棒立ちのまま眺めて無為に過ごしますか? それとも、一時の恥を堪えて彼らの力となりますか?」
目を剥くハーディとヴィオラに対し、ラッセルは真っすぐに瞳を見つめて問いを投げかけた。
二人はしばしお互い顔を見合わせかなり苦渋の滲む表情を浮かべていたものの、やがて覚悟を決めたように頷いた。尤もハーディは酷く苦々し気に舌打ちをかましていたが。
「クソッ! おい売女、歌詞を書いた紙か何かあるんだろう! 寄越せ!」
「あ、あたしにもちょうだいっ! コルウスの――みんなの力になりたい!」
「は~い、じゃあこれをあげる~♪ 四人で歌う用のやつ~♪」
満面の笑みを浮かべたノイジィが、ラッセルたちに楽譜を配る。
彼女が全く以て緊張も羞恥も感じていないのは、アイドルとして公衆の面前で歌うことが何ら苦ではないからなのだろう。むしろ四人で歌えるという事実に舞い上がっているのか、普段の数倍機嫌が良さそうに見えたほどだ。
「……おい、ふざけるなっ! 何だこの歌は!?」
「うわぁ……これは男の人が歌うのキツそう……」
「ちょっと前言撤回したくなってきましたね……」
反面、楽譜を見たラッセルたちのテンションは急激に落ち込む。
予想はしていたが楽譜の提供者はアイドルなので、当然歌はアイドルが歌うもの。男性が歌う事は想定されていない、実に恥ずかしい歌であった。さしものラッセルも一瞬後悔したほどだ。
とはいえこれ以外にラッセルたちが力になれる事は無かった。近接戦闘を得意とする四人の高ランク冒険者たちの連携に加われるほどの技量はなく、魔法攻撃は相手を進化させるだけであり、自分の力量ではすでに行使している以上の強化魔法をかけられない。ならば四の五の言っていられる状況では無かった。
「ですが、背に腹は代えられません。覚悟を決めましょう」
「そ、そうね! あたしも人前で歌うとか恥ずかしくて死ぬかもだけど、頑張るわ!」
「クソッ! 後でこの売女を絶対泣かしてやるっ!」
ハーディもヴィオラも同意見のようで、目を皿にして楽譜を読み込み始める。
どうせ恥辱を味わうにしても、他に二人も道連れがいるのだ。ならばもうどうにでもなれという思いで、ラッセルもまた楽譜を読み込むのであった。
「うふふっ、楽しいアンサンブルになりそう♡」
なお、ノイジィだけはとても嬉しそうな満面の笑みで恍惚に浸っていた。実につやつやとした、血色の良い笑顔を晒して。




