エヴォルヴ
『では、第二回戦を始める。お前たちの相手は――これだ』
十数人の高ランク冒険者たちが静かに精神を研ぎ澄ませていると、アルカの声と共に舞台の上に闇が滲んだ。
果たして今度はどんな化物が現れるのか。誰もが恐れ警戒を抱きながら闇の扉に視線を向けると、中から次の対戦相手がゆっくりと踏み出してきた。その姿を目の当たりにして、誰もが恐怖よりも先に驚愕を覚えるのだった。
『その名をエヴォルヴ。良いデータを採れる戦いを演じてくれるとありがたい』
エヴォルヴと名付けられたその兵器は、どう見てもただの人であった。それもかなり体格の良いスキンヘッドの成人男性だ。筋骨隆々の逞しい身体を余すところなく晒しており、純な女性たちは顔を赤くして思わず目を逸らしてしまうほど。
しかし一糸纏わぬ姿を直視できない、というのが全ての理由ではなかった。何故なら目を背けてしまいたくなるほどに、エヴォルヴの身体には痛々しい痕が残っていたからだ。
「全身に縫い後……改造手術でもしたのか。随分と悪趣味だな」
「ですね。それに口まで縫い合わせてしまっては呪文詠唱をする事も出来ませんよ」
カレンとラッセルは瞳を細め、冷静に相手を観察する。
恐ろしい事に、エヴォルヴの全身には大規模な手術を執り行ったとしか思えない傷痕が縦横無尽に走っていた。頭のてっぺんから爪先に至るまで、それこそ余すところなくだ。身体中がツギハギのようにも見える不気味な姿は警戒を抱かせるには十分であり、むしろ人型を保っているのが不思議なほどであった。
「おいおい、俺達を舐め過ぎだろ。今更どんな姿してようが油断なんかするわけねぇだろうが」
「油断してられるほど体力無いもんな?」
「そうそう、一度座って立ち上がるだけでも膝が笑って――って、やかましいわ!」
「口を封じる……なるほど、そういうプレイもあるのね♡」
「死ね、売女が」
「……コルウスの方が大きいわよね?」
「おい、やめろ。どこ見てんだヴィオラ」
現在リング上に立っているのは高ランクの冒険者たち。己の強さに対する確固たる自負を持っている事もあり、油断も無く自然体に近い者ばかり。
一見するとふざけているようにも見えるが、彼らが放つ闘志は本物。初戦で敗北した低ランク冒険者たちも窘める気が起きないほど濃密な闘志が放たれており、むしろ自然体の姿は嵐の前の静けさを彷彿とさせた。
『準備は出来たようだな。では、第二回戦――開始だ』
そして不意に始まる開始の合図。少々唐突だったので誰もが不意打ちを警戒したものの、合図と同時にリング上の者たちは即座に戦闘態勢に入っていた。切り替えの早さに低ランク冒険者たちが舌を巻き、彼らなら勝利を掴みとってくれるかもしれないと信頼を寄せたのだが――
「……おい、動かねぇぞ?」
「本当に生きてるのか、アレ? ぴくりともしないが」
「さあな。目はしっかりこっちを見てるが……」
不思議な事に、対戦相手たるエヴォルヴは決闘が始まっても微動だにしない。構えも取らず、直立姿勢で両腕を脱力させて立ち尽くしている。唯一血走った眼だけは敵対する者たちに向けられているが、攻撃行動を取る気配はどこにもなかった。
「それなら大技を叩き込むチャンスじゃない!? 皆で一斉にぶちかましてやりましょ!」
「待て、早まるなヴィオラ。もしかするとそれが狙いかもしれないぞ」
「なるほどぉ♡ か弱い振りをして劣情を煽って、大勢に回されるのを期待してるのね♡」
「くたばれ」
この予想外の様子には高ランクの冒険者たちも出鼻を挫かれてしまい、少々弛緩した空気が流れる。
とはいえそれでもエヴォルヴは動かない。実は死体や人形の類では無いかと疑いたくなるほどに身動ぎ一つせず、しかし血走った目だけがぎょろぎょろと不気味に動き回っていた。
一見隙だらけにも見えるが、相手は最強生物を生み出す事に取りつかれた破綻者が作り上げた戦闘兵器。罠である事も十分考えられるため、さしもの高ランク冒険者たちも容易に仕掛ける事は出来なかった。
「……ならば様子見として俺達が行こう。援護は任せたぞ、ラッセル」
「はい、任せてください!」
その膠着を打ち破るため、巨大な戦斧を抱えたカレンが一人前に出る。彼女の背後には短剣を始めとした飛び道具を携え、いつでも援護できるよう万全の体制を整えたラッセルの姿。
誰もが固唾を呑んで見守る中、カレンはゆっくりとエヴォルヴに歩み寄っていく。しかしその間も動きは無く、ただ血走った眼だけが動き回っている。カレンの足音だけが響き渡る静寂の中、やがて間合いは詰まっていき遂に戦斧の間合い内に達し――
「――ふっ!」
直後、カレンは素早く戦斧を振り抜いた。ゆっくりと近付いてからの素早い一刀はその緩急により、低ランクの冒険者たちには視認する事ができない一撃であった。
かろうじて見えた者たちは空を引き裂き迫る膨大な質量の一刀に対し、エヴォルヴが動きを見せぬまま首を刎ねられる光景を幻視した。
「――俺と容易く打ち合うか。なかなかやるな」
「手を突き破って、刃が……!?」
しかし寸前で遂にエヴォルヴは動いた。握り込んだ拳から鋭いブレードが飛び出し、それを以てカレンの一撃を防いだのだ。例え防いでも衝撃で吹き飛ばされそうなものだというのに、一歩も揺らぐ事無く。
そして数瞬前までの大人しさが嘘だったかのように、両の拳から飛び出したブレードを用いて目にも留まらぬ連撃を繰り出す。
だが相手は高ランクの冒険者にして、邪神の城から生還を果たした数少ない人物の一人であるカレン。重量のある長物である戦斧を巧みに扱い、エヴォルヴの連撃を容易く捌き対応していた。
「攻撃も素早く重い――が、それだけだな。技は無い。先のようにコピーされても敵わん。一気に決めさせてもらうぞ」
そして器用にもエヴォルヴの二刀を柄に引っ掛けて横に受け流すと、体勢を崩したその首元目掛けて巨大な戦斧を振り下ろした。エヴォルヴは無理な体勢ながらも二刀で迎え撃とうとしたものの、直前に得物を短剣に弾かれ防御は間に合わなかった。ラッセルの投擲による援護である。
「はあっ!!」
故にカレンの一撃は、容赦なくエヴォルヴの首元に叩き込まれた。
激しく帯電した眩い一撃。それも巨大で肉厚な刃が全てを粉砕する勢いで振り下ろされたのだから、人の首など簡単に刎ね跳ぶ。無論誰もがその光景を幻視したのだが――
「――ぐっ!? な、何だ、この硬さは!?」
凄まじい金属音が鳴り響き、カレンの一刀は首を断ち切れずに終わる。しかも首を半ばまで裂かれているにも拘らず、エヴォルヴは反撃の二刀を振るうのだから始末に負えない。
カレンは咄嗟に飛び退き何とか躱したが、驚くべき事に引き抜かれた斧の刃は派手に欠けていた。
「おいおい、嘘だろ? あの一撃で首刎ねられないとかどういう事だよ?」
「刃物じゃなくても首飛ばせてたような一撃よね? 肉は切れてるみたいだし、骨が固いのかしらね?」
「幾ら骨が固くてもそんな事ありえるのかしら? そんなに固いならあっちの硬さも期待しちゃうわね♡」
「死ね。真面目にやらないのなら俺がお前を殺す」
その様子にコルウスとヴィオラが息を呑み、ノイジィが瞳を輝かせハーディが冷たい声を零す。
あれほどの一撃で首を断つ事が出来ないなど到底信じ難い事だが、距離を取ったカレンに追いすがり追撃を見舞うエヴォルヴの首は紛れもなく繋がっている。派手な血飛沫こそ上げているがそれも凄まじい勢いで塞がりつつあり、首の骨が断ち切れなかったのは明白であった。
「娘の内臓を魔物の内臓と入れ替えるような外道の作品です。もしかすると骨格を丸ごと金属に置き換えているのかもしれませんね。でなければカレンさんの一撃を首に受けて平気でいられるわけがありません」
カレンが応戦している間に推測を重ね、結論を下したのはラッセル。骨格を金属に置き換えるなど正気の沙汰ではないが、だからこそ説得力があった。そして彼の予想を裏付けるように、アルカの言葉が闘技場に響き渡った。
『その通りだ。エヴォルヴの骨格はオリハルコンで出来ている。更に筋組織はオリハルコンと柔軟性のある金属を用いた合金を使用している。生半可な攻撃では薄皮を裂く事しか出来ないだろう。よく骨まで達する傷を与えたものだ。それだけでも称賛に値するな?』
この言葉には、舞台の周囲で戦いを見守る者たちも大いに騒めく。
骨格はオリハルコン、金組織はオリハルコンの合金で出来た生物など、最早人型のオリハルコンゴーレムである。加えて高い再生能力を持っている事もあり、防御を突き崩す事など出来そうも無い。
場外に落とせば勝利という条件は救いにも思えるが、全身オリハルコンだという事を考えればその重量は想像すらできないレベル。吹き飛ばす事もほぼ不可能である。
「なるほど、要するに滅茶苦茶固いって事か。よし、そろそろあたしらも参戦しようぜ。頑張れば斬れるだろ」
「いやいや、無茶言うなよ!? オリハルコンをそんな簡単に斬れて堪るか!」
「俺も同意したいところだが、斬れないと決めつけるのも悪手だ。魔法とはイメージの力。後ろ向きな想いが己の力を狭める事になる」
「そうそう♡ 何事も出来るって信じないと♡」
「よーし、あたしたちも行くわよ! コルウス!」
「おうっ!」
だが舞台上に集った者たちは高ランクの冒険者たち。戦闘経験も豊富であり、苦しい状況にも打ち勝ってきた強者たち。決して諦観など見せず、むしろ戦意を高揚させ己が得物を構えていた。
そうして一人で切り結ぶカレンを助太刀すべく、皆が駆け出そうとした瞬間――
「――待って下さい。少し様子がおかしいです」
ラッセルの制止により、皆が足を止める。
見れば猛烈な連撃でカレンを攻め立てていたはずのエヴォルヴが、唐突に動きを止め棒立ちとなっていた。これにはカレンも警戒を抱き、ラッセルたちの元へと跳び退ってくる。一見すると完全に無防備なので攻め時であるが、誰もが不気味な予感を覚え手を出すのを躊躇っていた。
「これは……」
エヴォルヴが身体を痙攣させたかと思えば、次の瞬間劇的な変化が巻き起こった。青白い肌が突如として硬質化・変形を重ね、さながら全身に岩の鎧を纏ったかのような姿に変貌を遂げたのだ。
縫い痕だらけだったとはいえ辛うじて人間味があった肌は、最早余すところなく岩石染みた物質と化している。すでに人とは思えぬ有様であり、有り体に言って不気味であった。
「おおっ、変態したぞ。すげぇ変態だな」
「言い方ぁ! あとこれ変態じゃなくて変身だろ!?」
「いえ、この変貌は変態の方が幾分近いかもしれません。人型こそ保っていますが、明らかに先ほどまでとは劇的に異なる姿に変貌しています」
「今度は肉を裂く事も一筋縄ではいきそうにないな。アレを肉と言っていいのかどうかは疑問だが」
「変態だなんて~♡ エッチ~♡」
「死ね」
不気味な変貌を遂げたエヴォルヴに対し、高ランクの冒険者たちは冷静に現状を観察する。
変化を終えたエヴォルヴは再び手からブレードを伸ばしていたが、それもかなり形状が変化していた。拳を突き破る形で突き出されたはずの刀剣染みたブレードは、今は武骨な岩の手指から伸びる爪のように変化しているのだ。それも一本だったはずだというのに、五指から伸びる五本、両手で計十本に増えている始末。
あまりにも変化が劇的過ぎて原型を留めておらず、一部の者たちは最早変態という言葉も相応しくない気さえしていた。
「でも、何で突然あんな姿になったのかしらね? あれじゃ身体が重くてさっきみたいな速度は出せないんじゃない?」
「分からないな。もしかすると、攻撃されたから防御を固めたのかもしれないな?」
「……まさか」
ヴィオラとコルウスが口にした疑問に、ラッセルの脳裏に一つの仮説が閃く。同時に背筋を冷たい汗が流れるのを感じ取り、ごくりと息を呑んだ。何故ならラッセルの仮説が正しければ、エヴォルヴが持つ能力は初戦のエミューズ以上に厄介なものだったから。
「カレンさん、試しに雷を叩き込んでみてください。出来ればそれなりの威力でお願いします」
「了解した」
その検証のため、ラッセルはカレンに魔法を用いた攻撃を指示した。理由は説明しなかったが、互いに信頼し合っているラッセルたちには必要無い。カレンは指示通り戦斧に電気を纏わせると、それを勢いよくエヴォルヴめがけて突き出した。
「食らうがいいっ!」
瞬間、閃光が迸り稲妻が放たれる。幾度も屈折し折れ曲がりながらも真っすぐに宙を駆けた稲妻は、狙い違わずエヴォルヴへと直撃した。凄まじい衝撃と轟音が鳴り響き、誰もが思わず瞼を閉じ耳を塞いだ。
致命打にならずとも、手痛い一撃なのは間違いない。故に誰もが焼け焦げたエヴォルヴの姿を想像していたものの――
「――う、嘘でしょ!? 無傷!?」
「おいおい、あれだけの威力の雷食らって何で無傷なんだよ。おかしいだろ」
網膜に焼き付いた閃光が消え去った時、誰の目にも無傷で五体満足のエヴォルヴの姿が映った。これにはヴィオラとコルウスが目を剥き、理不尽な事態に毒づいてしまう。
実際負傷どころか火傷一つ負っておらず、雷が直撃したとは思えぬほど平然としていたのだ。魔法で防いだ様子もないため、これは明らかに異常な結果である。
しかし、ラッセルにとっては想定の範囲内の結果だった。だからこそ彼は、重苦しいため息を零してしまった。
「……どうやら間違いないようですね。皆さん、注意してください。奴は恐らく、魔力を帯びた攻撃への耐性を獲得する能力を持っています。カレンさんが放った稲妻が通用しなかったのは、それが理由です」
『その通り。エヴォルヴは魔力を帯びたあらゆる攻撃へ、ほぼ完全な耐性を獲得する能力を持っている。お前たちがどのような攻撃を叩き込もうと、それを無効化するべく進化し続ける生物なのだ』
ラッセルが下した結論を、アルカが丁寧に補足する。
エヴォルヴは無意味にゴーレムのような姿に変貌したわけではなかったのだ。カレンが用いる電気への耐性を獲得するため、全身を岩のような材質に変化・変形させて適応したのである。アルカの言う通り、これは変身や変態ではなく進化であった。
「ちょっ!? マジか、それ!?」
「おいおい、魔力無しで戦えってか。さすがにそれはきつくね?」
「えー、それはさすがに無理かもぉ……」
「あるいは一発で確実に仕留めるしかない、という事だな。だがオリハルコンの肉体を仕留められるような一撃、俺達に放てるか……?」
アルカの解説が事実ならば、エヴォルヴに対して魔力を帯びた攻撃を行うのは悪手。攻撃すればするほど様々な耐性を獲得し、進化を重ねてしまうのだ。
ならば魔力を使わず素の身体能力や武術で以て打倒するしかないが、オリハルコンの肉体相手に貧弱な攻撃が通じるとは思えない。ここに来て初めて、高ランク冒険者たちは焦りを覚えていた。
「――来るぞっ!」
カレンの警告が飛んだ瞬間、無限の進化を行う超生物が高ランク冒険者たち目掛けて突撃を始めた。




