高ランク冒険者たち
「ひっく、ぐす……! う、ううっ……!」
第一戦目、エミューズ対<救世の剣>低ランク冒険者の決闘は、ものの見事にセーラたちの敗北であった。
あまりにも無様に敗れた屈辱とニアの信頼を裏切ってしまった絶望から、誰もが地に膝をつき涙を零していた。それは大の男たちも、そしてセーラも例外ではない。皆怪我の治療をする気も起きないほどに己を恥じ、自身の無力感を嘆いていた。
「みんな、最後まで諦めずよく戦ってくれたわ。私はあんたたちを誇りに思うわよ」
しかしそんな役立たずたちに対し、観客席から降りてきたニアは慈愛の笑みで以て労いの言葉をかけてくれた。
自分の命が一歩死に近付いたというのに、恐怖も恨みも微塵も見せる事無く。ただセーラたちの健闘を称えるかのように。
「ご、ごめんなさい……あたしたち、ま、負けちゃって……!」
「そうね。あんたたちは確かに負けたわ。でも死んでないし、ちゃんと生きてる。だったらここからやり直す事だって出来るわ。自分の弱さが許せないなら、強くなりなさい。私がいなくなった時のためにね」
「う、ううっ、ニア様あぁぁ……!」
厳しくも温かい言葉をかけられ、感極まったセーラはニアに抱き着き泣きじゃくる他になかった。自分より小さく小柄だというのに、心も身体も尋常でないほどの強さを持つ彼女があまりにも眩しくて、ますます焦がれてしまうセーラだった。
無様な敗北を喫した他の面々もよりニアへの尊敬を深めたようで、涙を流しながらも決意の眼差しを浮かべていた。絶対に強くなるのだという、確固たる決意を。
「……ふむ。最初は面白い能力だと思ったが、やはり接触して記憶や経験を読みとる必要があるのは手間だな」
ニアと<救世の剣>の面々が絆を深める傍ら、リングの上に残るエミューズの前にはアルカが立っていた。自分が作り上げた兵器の調子を確かめているのか、あるいはメンテナンスをしているのか。周囲の人々は皆そのどちらかだと考えていた。
何せ低ランクの冒険者たちだったとはいえ、百人近い戦闘の心得のある集団を容易く蹴散らしたのだ。兵器としての価値は十分に存在しており、とても失敗作の烙印を押されるものではなかった。
「今回は取るに足らない弱者の集団だったからこそ蹂躙できたが、そこそこの強さを持つ相手ならばその前に討伐されてしまった事だろう。それに最終的な強さが相手に依存するというのも最大の欠点か。つまらん、これは廃棄だ」
「なっ……!?」
だからこそ、侮蔑の眼差しを浮かべたアルカの行動に誰もが目を剥いた。彼女が指を弾いた途端、エミューズは全身に亀裂が走り粉々に砕け散り、ただの部品の山と化してしまったから。ユニオン・スライムもその場に黒い水溜りとして広がるだけで微塵も動かず、完全に生命活動を終えたのは明白だった。
アルカは処分したのだ。百人近い冒険者を蹴散らす凄まじい兵器であるエミューズを、己が目指す最強には相応しくないという、たったそれだけの理由で。
逆に言えばエミューズにやられる程度の存在は、アルカにとっては羽虫以下の存在であるという事。自分たちが取るに足らない雑魚であるという事を思い知らされ、かといってそれを否定する事も出来ず、誰もが屈辱に唇を噛み締める他に無かった。
「……強くなろう、二人共。もう絶対、こんな悔しい思いしないように」
「そうだね。こんなの、許せないからね……」
「ぐすっ……う、うん……!」
セーラの静かな決意に、ディアもノーチェも悔しさに歯噛みしながら頷く。無論彼女たちだけではなく、初戦に参加した全員が同じ思いを抱えているのは確かめるまでも無い。
確かにセーラたちは負けてしまったが、それでも絶対に強さを手に入れるという確固たる目的を得る事が出来たのだった。もう二度と信頼を裏切らないよう、大切なものを失うことが無いように。
「――さて、それでは第二回戦と行こう。お前にとっては命運を分ける決戦となるわけだ。どうだ、ヌル? 己より弱い者たちに命を握られる感覚は? やはり弱者と群れる事など愚かだと思うだろう?」
「いいえ、別に。孤独でいる事の寂しさに比べればよっぽどマシよ」
「ほう? 奴らの弱さのせいで己の命を散らす事になっても、同じセリフが吐けるかな?」
「仮にそうなったとしても、それは私が上手く導いてあげられなかったせいよ。みんなのせいじゃないわ」
あと一敗で己の命が終わるかもしれないというのに、相変わらずニアには恐怖など微塵も見られなかった。その絶対的な自信と冷静さ、そして信頼がどこから来るのかは<救世の剣>の面々ですら分からない。
当然他者への信頼という概念そのものを理解できないアルカには、想像する事すら出来ないのだろう。大仰に肩を竦めため息を零していた。
「やれやれ、何故私の腹から生まれておきながらこんな人格を得たのか不思議でならないな? 魔法に必要な想像力を損なわないよう脳には手を加えなかったが、今は弄らなかった事を後悔しているぞ」
「あんたが良い反面教師になったおかげじゃない? 脳を弄らなかったのはあんたに唯一感謝してる事よ」
「そうか、まあ良い。育て方を間違えたのなら、次に活かせば良いだけの話だ。さて、次は第二回戦だ。準備が出来たら舞台に上がれ。今度は少しはまともな戦いになる事を祈っているぞ」
「間違ってんのは育て方じゃなくてあんた自身よ……」
宙に滲む闇のゲートを通って観客席に戻るアルカに対し、ニアはぽつりと控えめに呟く。しかし今更本人に言っても無駄だと悟っているのか、すぐに頭を振っていた。
「次は二回戦ね。それで? 次の人選は決まってる?」
そして気を取り直したように、リングの周囲を囲む<救世の剣>のメンバーたちに声をかける。
次なる戦いはいわば本番にして決戦。何せもう後が無い状況である。当然、それに相応しい人選はすでに為されていた。
「次はあたしたち、高ランク冒険者の出番だ。まあコイツは高ランクっていうより、高血圧だけどな」
「そうそう、もう塩気のあるものはあんま食えなくて――って、おい! まだそこまでじゃねぇわ!」
最初に声を上げてリングに上がったのは、赤い髪に黒い瞳、そして鳥のような黒い翼が目立つ鳥獣人のエレフセリア。思わずと言った感じで賛同してしまったのは、茶髪に角刈りの中年聖人族であるフェイブル。初戦で敗北した事による暗い雰囲気を吹き飛ばそうとしたのか、二人は妙な掛け合いを交わしていた。
とはいえエレフセリアがフェイブルの年齢や身体の状態をネタにするのは日頃からの事なので、彼女が意図したかどうかは定かではないが。
「次は私たちの出番ね♡ 一緒に頑張りましょ♡」
「やめろ。くっつくな、売女。穢れる」
次にリングに上がったのは<救世の剣>の紅一点、アイドルサキュバスのノイジィ。初戦の敗北など意に介さないかの如く、美しい金髪とアメジストの如き紫の瞳を明るく煌めかせていた。
そんな彼女に抱き着かれ豊満な乳房を顔に押し付けられながらも、酷く不愉快そうに表情を歪めるのは天使の青年ハーディ。冷たい銀の瞳が鋭く細められているのは決闘への緊張からか、あるいは空色の髪をノイジィにかき乱されているからか。
いずれにせよ二人は普段と変わらない様子であり、特に緊張している様子も無かった。
「よし、行くぞヴィオラ。あの時の借りをうちのリーダーに返してやろうぜ」
「もちろん! これでようやく失礼な態度を取っちゃった謝罪が出来るわね!」
更に聖人族のコンビが続く。凛々しい顔つきの銀髪の人族――コルウスと、真っ赤な髪と白い翼のコントラストが鮮やかな天使の少女――ヴィオラ。
二人はかつてニアに失礼な態度を取ってしまった事を引きずっており、だからこそこの決戦にかける思いは人一倍強かった。何せこれでようやく償いが出来るのだから。
「ラッセル。背中は預けたぞ」
「は、はい! 任せて下さい、カレンさん!」
堂々と舞台に上がるのは、美しい銀髪と悩ましい褐色の肌を持つサキュバスの女性――カレン。そして彼女の恋人である小柄な犬獣人の少年、ラッセル。カレンは戦意を漲らせており、緊張など全く見られない。
しかしラッセルの方は目に見えて緊張しており、銀髪から突き出た犬耳や尻尾が若干沈んでいた。それでも足取りは乱れる事無く、カレンの後に続きリングへと上がる。彼女たちに触発されたように、他にも十数人が舞台上へと歩みを進めて行く。
「……気合は十分みたいね。みんな、頼んだわよ」
続々と舞台に上がっていく次なる挑戦者たちの姿を尻目に、ニアは観客席へと跳んだ。
<救世の剣>が送り出す次のメンバーたちは、実力も実績も申し分ない高ランクの冒険者たち。第一戦目の敗北により後が無い事もあり、大多数が戦地にでも向かうような気迫を滲ませている。
これならきっと勝てるに違いない。誰もが彼らの勝利を信じ、願っていた。




