低ランク冒険者たちVSエミューズ
「弱点が無い、エクス・マキナとユニオン・スライムの融合体……!?」
その驚愕の情報に、セーラは紫の瞳を見開き絶句した。
仲良し悪魔っ子三人パーティであるセーラとディア、ノーチェは実力の都合上、第一戦目のメンバーに選ばれた。よりにもよって初戦という事で大いに緊張していたが、他にも百人近いメンバーがいたためすぐに払拭する事が出来た。むしろ大いに心強く感じたほどだ。
しかしいざ蓋を開けてみれば、相手は弱点の無いエクス・マキナとユニオン・スライムが一つになった強敵。これにはさすがに動揺せざるを得なかった。
「私達で、倒せるかな……?」
「だ、大丈夫! 例え倒せなくとも、場外に押し出す事が出来ればそれで私たちの勝ちのはずだよ!」
ノーチェが金色の瞳を不安げに潤ませ怯えるも、ディアが声を張り上げ己と周囲を鼓舞する。周囲のメンバーたちにも不安や動揺は広がっていたが、ディアの青い瞳は揺れてなどいなかった。
そう、別に倒す必要は無いのだ。勝利条件にも場外へ落とす事が含まれているのだから、弱点が無いというのならそちらに切り替えればいいだけの事。むしろ数の力で攻めるという戦法が取れる以上、こちらの優位は揺るがない。
「どっちにしろ、全身全霊でやるわよ! ニア様のために、絶対負けられないんだから!」
「うんっ!」
「もちろんっ!」
そのためセーラは気を取り直し、動揺を押し殺して再び愛槍を構えた。ディアもセーラも続き、周囲の他のメンバーたちも触発されたように戦意を震わせる。
そして皆が一歩踏み出そうとした瞬間、それは起こった。
「なっ!? は、速っ――うあっ!?」
「ぐああぁっ!?」
「きゃあああっ!?」
突如としてエミューズが大地を蹴り、疾走を始めたのだ。しかも恐るべき速さで、周囲を囲む<救世の剣>の面々を撥ね飛ばし殴り飛ばすようにして。
その速度に対応する事が出来ない者たちは防ぐ事も躱す事も出来ず、無様に宙を舞い場外へと吹き飛ばされていた。いっそ笑えてしまうくらい滑稽に、次々と。
「な、何だあの速さっ!? 兎獣人並みだぞっ!?」
「エクス・マキナって動きが鈍いはずじゃなかった!?」
『確かにエクス・マキナは動きが鈍い。しかしエミューズはユニオン・スライムという強靭な筋肉を全身に纏っている。動きが素早くなるのも当然だろう? さあ、対処しないと全員場外になってしまうぞ?』
次々と吹き飛ぶメンバーたちの影、広がる動揺と焦燥。その中でご丁寧に繰り広げられるアルカによる解説。
確かにユニオン・スライムは宿主の身体能力を強化する力を持っているので、エクス・マキナが強化されるのは不思議な事ではない。戦闘が始まった時の構えから動きも人間染みていたので、動きも洗練され速度も強化されたのは間違いない。しかしさび付いた鎧を無理やり動かしているような動きだったエクス・マキナが、兎獣人もかくやというほどの速度で動けるとは誰も想定すらしていなかったのだ。やはりユニオン・スライムも、そしてエクス・マキナの方も特別性なのだろう。
油断か、はたまた慢心か。数で勝っていたはずの<救世の剣>の面々は圧倒的な速度で蹴散らされていった。なかなかに絶望的な状況だが、<救世の剣>は世界の平和のために戦う大きな冒険者パーティ。それなりの修羅場を潜ってきている事もあり、容易く絶望に堕ちる事など無かった。
「二人共! 背中合わせよ!」
「了解っ!」
「うんっ!」
故に、セーラたちは即座に対応。三人で背中を合わせ防御陣形を取り、エミューズが突撃して来ても対処できるように備えた。
実際周囲でも同じように防御を固める者たちが見受けられ、対応の速さのおかげで脱落者は数十人程度に抑えられた。それでも四割近くのメンバーが手も足も出ずに脱落してしまったが。
「舐めんなよっ! こっちだって速さには自信があるんだからなっ!」
しかしやられてばかりではない。一人の兎獣人の男冒険者が己の健脚で以て、エミューズに追いすがったのだ。
リング上ではしばし兎男とエミューズによる高速の追いかけっこが繰り広げられ、周囲を縦横無尽に二つの人影が駆け巡り旋風を巻き起こす。
「おら、食らいやがれっ!!」
そして見事追いついた兎男が大地を蹴って跳躍。空中からの回し蹴りを見舞う。
兎獣人の脚力で放たれる蹴りの速度と威力は凄まじく、金属同士がぶつかりあうような打撃音を響かせエミューズの身体が宙に浮き吹き飛んだ。
これで場外かと一瞬歓声が沸くも、やはり一筋縄ではいかない。エミューズは達人の如く空中で身を翻し姿勢を整えると、リングの縁よりもかなり手前に着地した。
「あっ、惜しい! もうちょっとだったのに!」
「でももう少しで場外に落とせる! よーし、お前ら! 一気に畳みかけるぞ!」
とはいえ格段に場外に近く、またリングの隅に吹き飛ばしたので囲むのは容易。それを察した者たちは防御を固めながらも包囲網を作り、逃げ場を封じながら距離を詰めようとしていた。
当然セーラたちも続こうと、三人で陣形を作りながらも足を踏み出し――
「な、何だこりゃ、気持ちわりぃ! 離れやがれっ!」
先ほどエミューズに痛打を与えた兎男の声に立ち止まり、思わず視線を向けた。
見れば彼の足には黒いヘドロのようなものがへばりつき、うぞうぞと不気味に蠢いていた。恐らくユニオン・スライムから千切れた欠片なのだろう。恐ろしい事にそれは彼が足を震わせようと殴りつけようと離れないばかりか、体内に浸透するかの如く染み込み消えて行く。
寄生されてしまったのかと危惧したセーラだったが、数秒もすると何故かユニオン・スライムは彼の胸元から体外に染み出しリング上に落ちた。そして昆虫のような悍ましい素早さで這い回り、<救世の剣>のメンバーたちの足元を潜り抜けてエミューズの身体へ戻って行く。
一見すると欠片が本体に戻っただけにも思える行動で、何もおかしい事は無い。しかし欠片が完全に同化した瞬間、劇的な変化が発生した。
「ちょっ!? 嘘だろ、さっきより速いっ!?」
エミューズは疾走を始め、包囲しようとしていた者たちの間を容易くすり抜けたのだ。明らかに先程とは段違いの速度で。
しかも速さだけではなく、動きそのものにまで変化が表れていた。先ほどまでは身体能力に任せたような若干雑な動きであったが、今はまるで中に人が入っているかのように流麗で自然な動きを実現させていた。
「うわああぁぁぁっ!?」
「な、何だ、コイツ!? さっきまでは化物みたいな挙動だったのに、まるで人間みたいな動きをしやがる!」
「く、クソッ! もう俺でも追いつけねぇだと……!?」
再びエミューズは相手を場外に弾き飛ばし始め、周囲には悲鳴が響き渡る。兎男を筆頭とした走りに自信のある獣人たちが後を追うも、最早誰も追いつけない。
明らかな異常が巻き起こっており、セーラたちはもう何度目かも分からぬ動揺に見舞われた。
「な、何よ、アレ! どうしていきなり速くなったわけ!?」
「わ、分かんない! さっきまでは動きもぎこちなかったのに……!」
皆で魔法を打ち込み獲物を叩きつけようとするも、速すぎるせいで狙いが付けられない。その上未だリング上には五十人近いメンバーが集っている事もあり、下手に攻撃をすると同士討ちになる可能性がある。敵の圧倒的な速度も手伝い、やはりセーラたちは防戦一方になる他に無かった。
防御を固めたおかげで場外まで吹き飛ばされる者は減ったものの、不思議な事に何人かの身体にはユニオン・スライムの欠片が付着していた。もしやエミューズの攻撃は身を削る物なのか。セーラが一瞬そう考えた時――
「――分かったっ!」
唐突にノーチェが声を上げた。見れば普段は弱気な光が目立つ金色の瞳は、眼鏡のレンズの奥で早々見た事が無いほどの焦りに揺れていた。
「皆さん、気を付けて下さい! あれは――エミューズは、私たちの動きや技術をコピーしますっ!」
そして声を張り上げ全員に伝えたのは、敵が最悪の能力を持っている事を示す言葉。信じたくない能力に誰もが絶句し、言葉を失う。
ユニオン・スライムによって強化された肉体は化物染みた身体能力を誇るが、あくまでも力が強化されるだけで技が生えてくるわけではない。しかし、もしもそれを補う事が出来たなら。圧倒的な力と、研ぎ澄まされた技術を得る事が出来たのなら。それは正に最強の生物の誕生である。
『どうやら目敏い者がいるようだな。お前の予想は正確だ。エミューズに使用したユニオン・スライムはお前たちに寄生する事は無いが、代わりにお前たちの持つ武術や身体の動かし方を記憶し、エクス・マキナに還元する力を持っている。お前たちの相手は私の作品であり、そしてお前たち自身なのだ』
まるで答え合わせが如く、アルカがその真実を述べる。
数の利があるなどとんでもない。こちらの数が多ければ多いほど、エミューズはあらゆる術利を吸収し、より強大な存在へと変貌を遂げてしまうのだから。
「俺たちが苦労して身に着けた戦いの技術を、あっさり奪うだとぉ!?」
「てことは早く倒さなきゃヤバいんじゃねぇか!?」
「ここにいる人たちの技術、全部学習されたら目も当てられないわっ!」
誰もが最悪の状況に気付き、エミューズを打倒せんと死に物狂いで戦わんとする。
しかし相手は速すぎてまともに視認する事も敵わず、同士討ちを気にして範囲攻撃を行うこともできない。完全に相手の独壇場であり、セーラたちには成す術がなかった。
「うわっ!? また黒いのが!?」
「触るなっ! コピーされちまうぞっ!」
「うあっ、くそっ!? やられたっ!」
攻めあぐねている間にもエミューズは彼らを吹き飛ばし、同時にユニオン・スライムの欠片を付着させていく。
場外になればそれで良し。場外にならないのなら、あらゆる術利を吸収して己が力にするという理不尽な展開。最早ユニオン・スライムの欠片が付着していない者の方が少なく、次々と欠片は術利を吸収して本体に戻りつつあった。
着実に人数は削られており、最早リング上には三十人も残っていない。対するエミューズは強さを更新し続けている。このままでは敗北は必至。それを確信したセーラは、一世一代の捨て身の賭けに出る事を決めた。
「ディア、ノーチェ! あたしが何とかしてアイツにしがみつくから、そしたらあたしごと場外に吹っ飛ばして! 加減とかせず全力で!」
「セーラ、正気!? そんな事したら……!」
「そ、そうだよ! 下手したら死んじゃうかもしれないよ!?」
「いいからやるのよ! このままじゃあたしたちは負ける! ニアさんをあんな毒親に渡すわけにはいかないわ!」
幸いにして、エミューズは魔法など使わず身一つで攻めてくる。ならばタイミングさえ合わせれば、その身体にしがみつく事も可能なはず。人一人がしがみ付けば重さで速度も落ち、バランスを崩すのは明白。そこを狙って自分ごと吹き飛ばせと、セーラは指示したのだ。
場合によってはセーラ自身の命が危ういかもしれないが、それでも勝利を掴みとるにはこの方法しか無かった。何より例えここで果てる事になろうとも、ニアの信頼を裏切る事など絶対に出来ない。
彼女は自分たちの勝利を信じてくれた。弱いセーラたちを救い、導いてくれた。その信頼に報いる事すら出来ぬまま終わるなど、絶対に認められなかった。
「――ここ、だああぁぁぁぁっ!!」
人生で一番の覚悟を決めたセーラは、極限の集中力を発揮した。
己の魔力の全てで以て動体視力を強化。吹き飛ばされていく者たちの位置関係と時間差から、目に見えぬ速度で駆ける敵の居場所を割り出す。そして進路を予測し、見事に正面からしがみつく事に成功した。
「ぐ、ぶっ……!?」
しかし本来吹き飛ぶ事で和らぐエネルギーを真正面から全て食らったために、セーラの体内に尋常でない衝撃が炸裂する。まるでゴーレムに腹を踏みつけられたかのような埒外の衝撃。内臓が破裂したのか派手に吐血してしまい、全身の筋骨が悲鳴を上げた。
「――つか、まえたっ……! 今よ、二人共っ!」
しかしそれでも、捕らえた相手を離しはしなかった。薄れ行く意識の中で両手両足を用いて必死にしがみ付き、仲間たちに攻撃を呼びかける。
二人もセーラの覚悟を汲んでくれたのだろう。ぼやけた視界に映る大切な親友たちは、悲哀に表情を歪めながらも決意の漲る眼差しを浮かべていた。
「嬢ちゃんに続けっ! 絶対にここで落とすんだっ!」
「今度こそ数の力ってもんを思い知らせてやるぜっ!」
「どうよ!? 元カレに重すぎるって言われたあたしの重さは!?」
動きが鈍った隙に、更に近くにいたメンバーたちが続々としがみついていく。エミューズは手足を振り乱し必死に抵抗していたが、守りを捨てて腕や脚など至る所に必死にしがみ付く者たちは簡単に振り払われはしなかった。
あとは一塊になったセーラたちごと、魔法で吹き飛ばすのみ。周囲の者たちはそれを実行すべく魔力を高め攻撃魔法を放った。罪の意識を堪えつつ、仲間を傷つける事を厭わず。
そうして放たれた色とりどりの魔法が殺到し、一塊になったセーラたちに直撃する寸前――
『――ふむ、発想は良かったぞ。だが相手がまともな生物ではない事を考慮するべきだったな』
「え……」
エミューズがあっさりと多人数の拘束から逃れ出た。まるで骨格標本をバラバラにしたかの如く関節ごとに分離して身軽になり、ユニオン・スライムの欠片をそれぞれ引き連れ跳ね跳ぶような形で。
自分がしがみ付いていた部分が突然バラバラになれば、まともに掴んでいられるわけもない。動きを封じていたセーラたちは無様にリングの上に落ち、そこに仲間たちが放った魔法が直撃してまとめて場外に落とされてしまうのだった。
後に残ったのは大勢の仲間たちを傷つけた挙句、敵を落とし損ね士気も戦意もボロボロの者たち。そこからは空中で元通りに合体したエミューズが全員を場外に落としきるまで、ものの数分とかからなかった。




