親子喧嘩の始まり
『――これが私の秘密。生まれながらの化物で、呪われた存在なのよ』
サントゥアリオの街の外。だだっ広い草原に、拡声器を通したニアの愛らしい声が響き渡る。
時は流れて一月後。現在は<救世の剣>のメンバーを再集結させ、ニアの出生の秘密やマッドな研究者アルカについての話を終えた所だ。やっぱりちょっと刺激が強い話だったせいか、大体の人の顔が青ざめてますね。中には吐いちゃった奴もちらほら。予めエチケット袋を渡しといて良かったぜ。
なお、さすがに一ヵ月も休めないので僕はトルファトーレとして復帰してます。一ヵ月も眠ってたら最早昏睡状態だからね。一週間くらいで目覚めた事にしたよ。今は壇上で語るミニスの斜め後ろに控えてる所。
『こんな忌み子についていけないって奴は、今この場で<救世の剣>を抜けて良いわ。自分が化物な自覚はあるし、止めたりはしないし非難もしないわよ』
説明を終えたミニスちゃんが、<救世の剣>のメンバーたちに視線を向ける。
この場から去るのは実に容易い事だ。何せお外での会合だし、席を立ってそのまま立ち去るだけで済む。理由はトップが化物の忌み子って事で十分すぎるし、誰も咎めはしない。
『………………』
だけど、誰一人として席を立たなかった。
しっかりと話を聞いてたにも拘わらず、メンバーの誰も<救世の剣>脱退の気持ちを見せない。未だ話の衝撃から立ち直って無い奴らも含めて、真剣な面持ちで壇上のミニスことニアに視線を注いでたよ。
『……もしかして、誰も抜けない感じ?』
ちょっと素の驚きを見せたミニスがぽつりと問うと、メンバーたちは示し合わせた様に一斉に立ち上がり獲物を抜く。抜刀が数百も重なりとんでもない金属の合唱を響かせる様は、ある種荘厳な雰囲気を感じられたね。
そして何より、全員が己の獲物を壇上のニアに突きつけてるのが痺れるぜ。まるで己の剣を捧げるみたいにね。何なら壇の両隣に控えてる某魔将と某大天使も同じ事してるよ。君らって一個人に忠誠誓って良いんだっけ……?
『あんたたち、本当に馬鹿の集まりね……でも、そういう馬鹿、嫌いじゃないわよ……?』
まさか一人残らず自分についてくる覚悟があるとは思わなかったみたいで、ミニスは結構な素の恥じらいを見せてたよ。英雄ニアの貴重な恥じらいの表情に、メンバーたちも頬を緩めていらっしゃる。
バツが悪そうにしてる英雄の姿を見て満足したのか、やがてメンバーたちは武器を収めて座り直した。ちょっとしてやったりな顔してる奴が多い辺り、信頼と覚悟を疑われて多少思う所があったのかもね。
まあ何にせよ、<救世の剣>の結束は意外と固いっぽい。僕としても半分くらいは脱退するんじゃないかと思ってたから、嬉しい誤算だったよ。やっぱり最初に念入りにふるいにかけたのが功を奏した感じだね。
これならニアというトップを失っても、意思と思想を引き継いだリーダーがいれば問題無く活動は続きそうだ。問題は次のリーダー候補たちが犬猿の仲って所か。その辺りは今回の件で何とかするしかないか。
『……じゃあ一致団結したところで、今後の行動を伝えておくわ。イカれた研究者の女、アルカを抹殺するのが最優先目標よ。あの女を早い所始末しないと、私と同レベルの化物を量産してくるかもしれないからね』
「ニア様と、同レベル……」
「いや、無理だろそんなの。逆立ちしても勝てないぞ……」
「あの、そのアルカっていう女の居場所は分かっているんですか?」
『残念だけど分からないわ。もしかしたら邪神の城に引きこもってるのかもしれないわね』
ニアと同等の強さを持つ化物が量産されるという悪夢に、メンバーたちは一気に蒼褪める。
それでも絶望を抑えて質問をしてきた奴もいるけど、ミニスの答えは更なる絶望を煽る物。すぐにでも倒さなければヤバいのに、居場所が分からないとかどうしようもないよね。
だけど僕らには秘策がある。いや、全部マッチポンプなんだし秘策って言い方はおかしいか? まあいいや。
『でも場所が分からないなら、おびき寄せれば良いのよ。向こうは私の身体の中身を狙ってるんだから、これが消滅する可能性があるならきっと自ら出てくるはずよ。内臓の一つか二つ、抉り出して握り潰すなりでもすれば慌てて飛んでくるに違いないわ』
そう、敵の居場所が分からないなら向こうから来て貰えば良いだけの事。アルカはニアの内臓を狙っているという設定だから、無理なく誘い出す事は可能だ。
もちろん確率は百パーセントでは無いけど、それはあくまでも普通の状況での話。何もかもがマッチポンプで、アルカの正体もうちのメイド長である以上、最早確率なんて意味を成さない。
「――それは困るな。乗せられているようで癪だが、おびき寄せられざるを得ない」
なので事前の打ち合わせ通り、このタイミングで壇上にベルことアルカが登場。空間から闇が滲み出て広がり、そこから一歩進み出る感じでね。
「で、出たっ!?」
「あれが狂気の研究者、アルカ……!」
「に、ニア様に、酷い事を……許せない……!」
当然ながら突如現れた件の異常者の姿に、誰もが戸惑いと警戒を示してたよ。
何なら即座に攻撃を仕掛けててもおかしくない奴らが大勢いたけど、そこはミニスちゃんが手で制してたから大人しいもんだった。皆して親の仇を見るような目をベルに向けてるのは、まあ……お話聞いたばっかりだし仕方ないか。何か某魔将の憎悪の眼差しが一番ヤベーけど。
「……まさか即座に出て来るとは思わなかったわ。子供思いで泣けるわね?」
「当然だろう? 失敗作の欠陥品とはいえ、お前は私の血を引いた大切な作品なのだから。完成品のために命を捧げる前に死なれては困ってしまうではないか」
まるで予想通りの展開だったみたいに冷静に振舞うニアと、台本でもあるのかってぐらい自然かつ当然のように我が子を人間扱いしないアルカ。実際の所は台本通りの展開なんですけどね。
ただそれを知らない<救世の剣>のメンバーたちは、血も涙もない外道の発言に怒り心頭って感じだ。ニアが制止してなければ全員で襲い掛かってそう。
「あっそ。だったら――代わりにあんたが死になさいっ!」
しかし制したからといって攻撃しないわけではない。ミニスは叫ぶと共に、固く握り込んだ拳をベルの顔面に放った。
英雄としての全力を余すところなく発揮して放たれた拳は、最早あらゆるものを破壊する破滅の一撃。傍から見れば殴打っていうよりはビームか何かに見えたかもしれない。何ならそれすら認識できなかったかも。
当然そんな一撃を耐えられる生物はこの世界には存在しないし、そもそもアルカは研究一筋のもやしっ子。耐えるどころか反応すら出来ず、首から上を消し炭にされて然るべきだ。設定通りならな?
「う、嘘でしょ……!?」
しかしアルカは容易くニアの拳を受け止めた。ワンテンポ遅れて拳撃の衝撃と風圧が周囲に弾け、二人の髪や衣服が激しくはためく――あっ、英雄ニアのパンチラだ!
まあ残念ながらお宝シーンを拝めた者はいないかな? 見える距離にいた奴は巻き込まれて吹っ飛んでたし。ザドキエルとルキフグスは踏ん張って耐えてたけど。
「ふむ、反抗期というやつか? 正常な発育をしていて何よりだ。やはり内臓は完全に馴染んでいるようだな。これならば完成品に移植する際の拒絶反応は出ないだろう」
「……どういう事よ。あんたは貧弱なモヤシだったはずだけど?」
「確かにその通りだ。しかし今の私には邪神という協力者がついている。君の情報と引き換えに多少の見返りをくれたのだ。これはその一つというところかな」
ここで『アルカはもやしだったけど、今は邪神のおかげでニア並みに強いよ』というアピール。
実の所この設定自体に必要性はあんまりない。ただこういう事にしないと、隙あらばメンバーたちに攻撃されそうだからね。面倒を削るためにもこういう設定にしたわけだ。
ちなみに別段魔法で強化とはしてません。完全にベル自身の素の身体能力でニアの一撃を受け止めてます。マジの化物で怖い……。
「しかし邪神は見返りをくれたが、全面的な協力者というわけではない。よって邪神の下僕が私を助けてくれるという事も無い。故に今の私でも、お前を相手取るのは少々骨が折れる。まして有象無象とはいえ数百にも上る邪魔者がいればなおさらの事。だがお前も、犠牲が出るのは好ましくないだろう?」
「………………」
ベルに問われ、ミニスはメンバーたちに視線を向けて押し黙る演技をする。
ここで暴れても良いけどお互い少なくない犠牲が出ますよ、という意味だからね。人々からの信頼の厚い英雄ニアなら、目の前に怨敵がいるこの状況でも躊躇っておかしくないでしょ。
「私はお前が欲しい。お前は私を殺したい。しかし互いに危険を冒したくはなく、犠牲も出したくない――そこで一つ提案だ。ルール無用の戦争では無く、スポーツマンシップに則った健全な戦いにより雌雄を決するのはどうだろうか」
「ハッ。運動会で勝負でもしようって?」
「それも悪くはないが、この国には闘技場という施設がある。戦いを見世物にするための伝統的な施設だ。その伝統に乗っ取り、戦いで勝敗を決するのが一番だろう」
よしよし。アルカの強さアピールのおかげで、平穏無事にこの流れに持って行く事が出来たぞ。ザドキエルやルキフグスを含め、メンバーたちは今にも斬りかかりそうな剣呑な雰囲気を放ってるけど、アルカの底知れぬ迫力のおかげで仕掛ける事が出来ないみたいだ。やっぱ強さを盛っておいてよかったね?
「……戦い、ね。ルールは?」
「その辺りはまだ未定だが、お前の参加は厳禁だ。万が一お前の身に何かがあってはいけないからな。忠実な手駒たちに参加して貰え。まあ、彼らを信用していないなら話は変わるが……」
そしてここで重要なのは、この戦いにニアが参加しない事。全て<救世の剣>のメンバーたちだけで挑ませる事。
つまり戦いでは小細工が難しいという事だけど、それを呑み込んででもやらせるべき理由があるからね。面倒でも費用対効果が大きいしやるしかない。
「……手駒じゃないわ。信頼のおける、大切な仲間たちよ」
ミニスがぽつりと呟きながら、己の配下こと大切な仲間たちに視線を向ける。
世界最強の存在である英雄ニアが、自分たちを信頼してくれている。大切な仲間だと思ってくれている。そんなもんまともな人間なら感動してもおかしくないよね? 実際メンバーたちは雷に打たれたように震え、感動の涙さえ零してる奴らが大勢いたよ。
「上等だっ! 俺らの本気を見せてやるっ!」
「そうよそうよ! イカれたおばさんなんかに絶対負けないわ!」
「どんな化物でもぶっ飛ばしてやるぜっ!」
「引っ込め、マッドサイエンティストっ!」
そして実に好戦的かつ自信に満ち溢れた声を上げ、恐れずアルカを詰る。
英雄ニアがちょっと信頼をみせたくらいでこの反応。やっぱり忠誠心とか憧れを抱いてる奴らって操りやすくて助かるね?
「……では決まりだ。私の作品とお前の信奉者たち、どちらが強いか見物だな?」
「ふん。あんたの辞書には存在しない、信頼と絆の力ってもんを見せてやるわ」
「弱者が群れるための言葉遊びだな。真の強さとは絶対なる個による圧倒的な力を指すのだ」
お互いに睨み合いながら、一見するとカッコいい感じのやり取りをする二人。
でも実際はツッコミどころ満載だ。信頼と絆はマッチポンプで築かれた偽りのものだし、そもそも片方は素の状態で絶対なる個だしね。しかも何故かメイドとして仕える事に喜びを見出してる良く分からない奴。
まあ何も分からん奴らからすれば、開戦の号砲が鳴ったとか、戦いの火ぶたが切って落とされたとかそういう感じの光景にしか見えないだろうけど。
「十日以内にはルールを纏めてこよう。それまでは身体に気を付けるんだぞ、ヌル。お前の身体は何よりも大事なのだからな?」
「とっとと帰れ、クソババア」
娘の身体を気遣うようなセリフを愛情など欠片も感じさせない声音で口にして、アルカは宙空に生じさせた闇の中へ消えて行く。中指立てたニアに見送られながら。
よしよし、これでセッティングは整った。後は楽しい闘技大会を開くだけだな。アルカ作(という設定)の悍ましい化け物対<救世の剣>のメンバーたちっていう、実に楽しい闘技大会をな!
終わりっぽいですがこの章はあと1話だけ続きます。




