第7話 国家最高機密の暴走と、おっとり書記官の「あ、これこうですよ?」
ガイル侯爵親子の失脚から数日後。
トアは、ヴァルハイト公爵領の最深部にある、厳重に封印された『地下大魔導工房』に連れてこられていた。
「トア、急に連れてきてしまってすまない。だが、どうしても君の知恵を借りたいのだ。」
隣を歩くリゼの表情は、いつになく険しい。
彼女の案内で頑丈な魔法隔壁の奥へ進むと、そこには公爵家お抱えの特級魔導師たちが数十人も集まり、真っ青な顔で巨大な制御盤に取りすがっていた。
部屋の中央で怪しく明滅しているのは、先代当主が遺跡から発掘したという古代竜の魔導核心。
それが今、どす黒い魔力を放ちながら狂ったように脈動し、工房全体の温度を異常に上昇させていた。
「閣下! お、お下がりください! 核心の古代術式が完全に暴走しています! 解読を試みているのですが、現代の魔法言語とは文法が違いすぎて、一行読むだけで精神が汚染されそうに……っ!」
冷汗をダラダラと流した筆頭魔導師が、悲痛な声を上げる。
このまま魔導核心が爆発すれば、公爵邸どころか城下町まで消し飛びかねない国家規模の危機だった。
「リゼさん、ちょっとその制御盤の文字、見てもいいですか?」
緊迫した空気の中、トアはいつものようにおっとりとした足取りで、危険な魔導核心のすぐそばまで歩いていってしまった。
「トア!? 危ない、近づいては――」
「あ、これ、ただの『設定ミス』ですね。」
「……は?」
リゼの制止の声と、魔導師たちの思考が同時にフリーズした。
(ただ文字配列が間違ってるだけか。...?みんなどうしたんだろう?初歩的なミスだから誰でもわかりそうだけど...。)
トアは、周りの反応に疑問を覚えながらも、誰もが「見るだけで精神が狂う」と恐れた、制御盤に刻まれた禍々しい古代竜の文字を、まるで明日の買い物メモでも読むかのように平然と指でなぞる。
「これ、古代竜語の『反転』と『吸収』の文法が、前後逆に刻まれてますよ。たぶん、昨日ジュリアンたちが暴れた時の振動か何かで、文字の魔力ラインが一本ズレちゃったんですね。だから、魔力を吸収するはずが、無限に吐き出すループに入っちゃってるんです。」
「な……何を言っているんだ貴様は!? それは三千年前の失われた神代文字だぞ!? 基礎知識もない平民が適当なことを――」
筆頭魔導師が血相を変えて怒鳴ろうとした、その時。
「うるさい、黙れ。トアの言葉を疑うな。」
リゼの冷徹な一言が魔導師たちを黙らせる。
彼女の琥珀色の瞳は、トアへの絶対の信頼で満ちていた。
「トア。どうすれば直る?」
「ええっと、ここのラインをちょっと書き換えれば大丈夫です。リゼさん、ちょっと指先を貸してもらえますか? 魔力を少しだけ、ここにトンって流してほしくて。」
「分かった、こうか?」
トアがリゼの軍手を嵌めた手を優しく包み、制御盤の文字の一部へ導く。
トアの指示通り、リゼが微量の魔力を指先から流し込むと――。
チカッ、
制御盤の古代文字が正しく組み替わり、一瞬にして眩い黄金色の光へと変化した。
直後、あれほど狂ったように暴走していた魔導核心が、嘘のように静まり返る。
どす黒い霧は霧散し、工房内には清らかな、温かい魔力の風だけが優しく吹き抜けていった。
「……なお、治った……? 嘘だろ、我が国最高の魔導チームが総出で一歩も歯が立たなかった古代の呪いを、指先一つで……!?」
魔導師たちは腰を抜かし、床にへたり込んだ。
彼らにとって、トアの行ったことは神(あるいはそれ以上)の所業だった。
トアが毎日読んでいた古文書は、現代の魔法のルーツであり、彼にとっては「ちょっと古い時代の取扱説明書」を読んでいるのと同義だったため制御盤の解読もトアにとってはただの誤字脱字の修正程度に過ぎなかった。
「ふぅ、良かったです。爆発しなくて。」
トアが胸をなでおろして微笑むと、隣にいたリゼが、カタカタと小さく震え始めた。
「リゼさん……? どこか具合でも――」
――ポンッ!!
次の瞬間、リゼのプラチナブロンドの髪から飛び出した竜の耳が、見たこともないほどピンと直立した。
さらに軍服の後ろからは、太い尻尾が「ブンブンブンブン!」と、まるでプロペラのような凄まじい速度で回転し始め、周囲に猛烈な風を巻き起こす。
「あああ……トア……! 君は、君という人は……!!」
リゼは顔を極限まで真っ赤に染め、トロンとした熱い瞳でトアを見つめると、魔導師たちの目の前であることなどお構いなしに、トアの腰にがっしりと抱きついた。
「天才だ……! 世界一格好良くて、聡明で、私の命の恩人で、最高の伴侶だ……! ああ、全帝国の貴族どもに見せつけてやりたい! これが私の自慢の婚約者だと大声で叫びたい……!!」
限界突破したリゼの「龍圧」が、今度は超高性能の高級ストーブのように熱を帯び、工房全体を幸せなピンク色の空気で満たしていく。
「あはは、リゼさん、みんな見てますから。とりあえずお部屋に戻って、冷たいお茶でも飲みましょうか?」
「うむ! 君の淹れてくれたお茶なら、私は一生それだけを飲まされても構わない……!」
腰を抜かしたまま「あの氷の女公爵が、完全にただの駄犬(竜)に……」と拝む魔導師たちを背に、トアは甘えまくるリゼの頭を撫でながら、仲良くリゼと手を繋いで工房を後にするのだった。




