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第53話 中央騎士団長の揶揄いと本気


 ガルディニア特使団が国境で牙を研いでいる頃、帝国の心臓部たる帝都ルミナの、帝国中央騎士団本部の一室。

そこでは、国家の防衛を担う最高峰の騎士二人が、あまりにも緊迫感のない掛け合いを繰り広げていた。


「──なぁなあゲイル、知ってる? 最近、帝都の若いお嬢様方の間でさ、俺の『竜の鱗』をモチーフにしたブローチが流行ってるらしいんだよね。やっぱり時代はワイルド&セクシーな団長を求めてるってことかなぁ?」


「グレン団長。これでその件に関するご報告は三度目です。あと、そのブローチの流行は三ヶ月前に終わっています。現在はトア殿の執筆したとされる匿名論考の写本の方が、よほど社交界で高値で取引されていますよ?」


「げっ、マジで!? トアくんのやつ、戦術論だけじゃなくて社交界のトレンドまで掻き回してるわけ? 勘弁してよ、俺のファンが減っちゃうじゃん!」


 頭を抱えて大仰に嘆いてみせる男──彼こそが、帝国中央騎士団長にして「半竜」の異名を持つ男、グレン・スチュアートであった。

緩く波打つ褐色の髪に、どこか気怠げな垂れ目。軍服の襟元を大きく寛げ、机に両脚を乗せている姿は、お調子者の放蕩貴族にしか見えない。しかし、時折その衣服の隙間から覗く首筋には、人間のものではない鈍い鈍色に輝く硬質な『鱗』が張り付いていた。

その対面に座り、山のような書類に黙々とサインを走らせているのが、副団長のゲイルだった。彼女はグレンに冷徹な声を返す。


「団長、遊んでいる暇はありません。国境のレオンハルト様から極秘の暗号鳥が届いています。ガルディニアの特使団──特に、第三王女エミリアの動向についてです。」


「あー、例のお転婆姫様ね。ロマンス小説の合同出版だっけ? 可愛いじゃん、俺も一冊寄稿しちゃおうかな。『半竜の騎士団長、夜の咆哮』とかどう?」


「……団長、冗談はそこまでにしてください!」


ゲイルがペンを置いた。その瞳には、冗談を許さない本気の光が宿っている。


「レオンハルト様の報告によれば、エミリア王女の『無害なピエロ』の仮面は完璧であり、周囲の文官すら欺いているとのこと。しかし、彼女の真の狙いは本国の第一王女派の失脚……つまり、今回の外交交渉そのものを、ガルディニア国内の政争の道具として利用するつもりのようです。さらに──」


ゲイルは書類の一枚をグレンの前に滑らせた。


「ガルディニアの背後に、あの『ノルトエンデ』の影が見え隠れしています。軍事学校での事件は、帝都の防衛網を揺るがすための、巨大な前哨戦であった可能性があります。」


その言葉が出た瞬間。

部屋の空気が、劇的に凍りついた。

ガタ、と机の上に乗せられていたグレンの脚が床に下ろされる。

さっきまでだらしなく弛緩していた彼の全身から、圧倒的な──物理的な質量すら感じさせるほどの『威圧感』が膨れ上がった。彼の黄金の瞳が、爬虫類のそれのように一瞬で縦長へと割れる。


「……知ってるよ、ゲイル」


グレンの声から、先ほどまでのふざけたトーンが完全に消え失せていた。低く、地響きのような、本物の『竜』が放つ重低音。


「ガルディニアの第一王女派は、ノルトエンデの『遺物』に手を染めている形跡がある。彼らはレイナードとかいう法理の化け物を送り込んで帝国を揺さぶるつもりらしいが……本命はそこじゃない。特使団の入城に乗じて、帝都の内部に『何か』を運び込むか、あるいは防衛の隙を突く気だ。」


グレンは立ち上がり、壁に掛けられた巨大な帝都の立体地図へと歩み寄った。


「レオンハルトの要請通り、俺たちは国境の芝居に付き合ってやる。レイナードの要求を一度呑むフリをして、ガルディニア側を完全に油断させる。……だけど、帝都の守りは別だ。」


グレンは地図の一点、ヴァルハイト邸が位置する貴族街と、特使団が通過する中央大通りの交差点を指差した。


「中央第一から第四までの騎士団の駐屯配置を、半刻ずつズラして巡回ルートを組み替える。表向きは王女歓迎のためのパレード警備だけど、裏ではノルトエンデの魔力波長を感知する『魔導結界班』を全ルートに潜伏させて」


「! 配置を完全に非対称にするのですね。それでは、従来の防衛マニュアルに慣れている内部の『内通者』がいた場合、彼らの計画は根底から狂うことになります。」


ゲイルの言葉に、グレンは不敵な笑みを浮かべた。


「そう。俺をただの半竜だと思って舐めてる連中に、中央騎士団長の本気ってやつを見せてあげないとな。仕事は完璧に、が俺のモットーだし。」


先ほどの威圧感が霧散し、グレンは再びいつものお調子者の笑みに戻った。だが、その瞳の奥にある理性の光は、決して消えてはいなかった。


「さて、と。これで迎撃の布陣は整えた。あとは……ヴァルハイト邸の『トアくん』が、この特使団の化け物姫様をどう料理するか、だな。」


 グレンは窓の外、静かに佇む帝都の街並みを見下ろしながら、楽しそうに顎を撫でるのだった。


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