第43話 残された氷結の魔力
完全停止した『プロト・ゴーレム』の巨体が、地響きを立てて前庭の土塊へと沈み込んでいく。
硝煙と、引き裂かれた術式の残滓が、白く冷たい霧となって周囲に立ち込めていた。
「はぁ……。本当に、一撃で沈んじまったな。」
グレンが聖剣を鞘に収め、大げさに肩をすくめてみせた。その額には薄っすらと汗が浮かんでいるが、その表情には俺に対する強烈な畏怖が刻まれている。
「トア……! 無事か!? どこか痛むところはないか!?」
直後、戦場の緊張感を完全に吹き飛ばす大声とともに、リゼさんが猛烈な勢いで俺の元へと駆け寄ってきた。
さっきまで戦場を統べる絶対強者だったはずの彼女は、俺の前に跪くや否や、完全に「恋する乙女」の顔に戻っていた。プラチナブロンドの長い髪の隙間から、心配と安堵でちぎれんばかりに激しく動く竜耳が飛び出している。さらに軍服の裾からは、太い尻尾がパタパタ、パタパタと尋常ではない速度で地面を叩き、周囲の土砂を派手に巻き上げていた。
「俺は大丈夫だよ、リゼさん。シエラさんが完璧に守ってくれたから」
俺は両腕を車椅子の手すりから離し、リゼさんのプラチナブロンドの髪にそっと触れた。
微笑むと、リゼさんの琥珀色の瞳が一瞬でとろけるように潤み、その白い頬がカッと薔薇色に染まる。
「あ、貴方が無事なら、それでいい……。だが、もう二度とあのような危険な真似はしないでくれ、私の未来の夫よ。貴方に何かあれば、私は本当にこの世界を滅ぼしてしまう……」
「はは、善処するよ。」
「いやぁ、ごちそうさまでした。」
背後から、ゲイルを伴ったグレンが歩み寄ってきた。グレンはいつものお調子者の笑みを浮かべているが、その目はゴーレムの残骸へと向けられると、一転して鋭い武人のものへと変わった。
「さて、旦那様。奴が完全に沈んだところで、事後処理といこうじゃねぇか。ゲイル、オヤジ殿からの報告は?」
ゲイルが、手元にある通信魔導具の記録を見つめながら、ひどく厳しい声で応じた。
「……父上の調査により、ゴーレムの動力炉から『純度の高い氷結の魔力』が検出されました。これは宮廷魔導師団の術式を内側から完全にハッキングし、上書きしていたものです。トア殿の指摘通り、門外不出であるはずの『白銀の魔塔』の古代術式そのものでした。」
「人嫌いの大魔導師エイルハルト様が、わざわざこんな軍学校の事件に関与するとは思えん。」
シエラちゃんが俺の車椅子の後ろで、冷徹な声で呟いた。
「となると……やはり昨日拘束されたクロード教官の背後。術式を盗み出し、宮廷魔導師団――すなわち皇帝陛下の右腕である宰相(オルレアン公爵)を陥れようとした『北方の影』が存在します。」
「ノルトエンデ辺境伯、か」
俺は膝の上のカシミア毛布を少し引き上げながら、その名を口にした。
帝国北端の極寒の地を治める武闘派の大貴族。中央の政変に乗じて、隠れて私兵を異常増強しているという不穏な噂のある男だ。
「没落したライン公爵家の跡目争いで、有力貴族たちが中央で泥沼の争いをしている最中だ……」
俺は瞳を細め、脳内の広大な古文書の記憶と、現在の帝国の勢力図をパズルのように組み合わせていく。
「もしここで宮廷魔導師団の兵器が暴走し、軍学校のエリートたちが多数死亡していれば、宰相の政治的求心力は失墜していた。中央の権力バランスが完全に崩壊したその隙を、北方の軍勢が狙っていたとしたら……合点が行く。」
「恐ろしい男だな、お前は」
グレン殿が、今度は一切のからかいを交えずに、真剣な眼差しで俺を見つめていた。
「一介の書記官の脳みそが、北の辺境伯が仕掛けた国家規模の陰謀を、この短時間でここまで正確に読み解くとはね。……リゼ、お前が文字通り命懸けでこの男を囲い込もうとする理由、心の底から理解できたわ。」
グレン殿は俺の前に一歩進み出ると、帝国中央騎士団長としての、そして「帝国屈指の聖騎士」としての絶対的な威厳を纏って、俺へと右手を差し出してきた。
「トア・レンバートくん。君のその『頭脳』は、我が帝国の至宝だ。お調子者の先輩としても、中央騎士団長としても、君たちの正式な後ろ盾になってあげるよ。北のノルトエンデが本格的に動き出した時は、俺の聖剣も、君のチェスの駒として好きに使ってくれ!」
「――ありがとうございます、グレン団長」
俺は軽い麻痺の残る右手を伸ばし、その大きな手をしっかりと握り返した。
その様子を隣で見ていたリゼさんは、誇らしさと愛おしさで胸がいっぱいになったのか、プラチナブロンドの隙間から竜耳をピコピコと激しく揺らし、軍服の裾から覗く尻尾を今度はグレン殿に向けて「威嚇」するように一振りした。
「フン、グレン。トアの駒になれることを光栄に思うがいい。だが、一番近くでトアを支え、その敵を圧殺するのは私だからな。そこは譲らん!」
「はいはい、分かってるよ。誰も奪わねぇっての」
グレン殿が笑い、ゲイル殿がまたしても深くため息をつく。
事件は解決した。
だが、残された氷結の魔力は、帝国の北方に潜む巨大な敵の存在を明確に示していた。
俺たちの『軍学校視察』は、来たるべき巨大な戦乱に向けた、ほんの序章に過ぎなかった。




