第42話 聖騎士と女公爵の共闘
演習場は、漆黒の硝煙と、凍てつくような白銀の魔力に支配されていた。
「チッ、硬えな……! おいリゼ、これ本当にオルレアン公爵家の旧式兵器かよ!?」
グレンが聖剣を大きく一閃し、魔導兵器の巨体を強引に数メートル弾き飛ばしながら叫ぶ。その美しい半竜の肉体からは、帝国屈指の聖騎士に相応しいまばゆい光が放たれていた。
「知るか! 邪魔だグレン、そこを退けッ!」
アルテリゼの怒号が轟く。プラチナブロンドの長い髪を魔力で激しく逆立たせ、琥珀色の瞳を完全な竜の割れ目へと変えた彼女は、身の丈ほどもある大剣を凄まじい速度で振り下ろした。
半竜の超怪力による一撃。直撃すれば並の魔獣なら骨も残らないはずのその一撃は、しかし、魔導兵器の表面に展開された「青白い結界」に接触した瞬間、奇妙な音を立てて霧散した。
「魔力が……吸われている……?」
アルテリゼが驚愕に琥珀色の瞳を見開く。その瞬間、彼女のプラチナブロンドの隙間から覗く竜耳が、危機を察知してピクピクと激しく警戒の動きを見せた。
暴走する巨大な『プロト・ゴーレム』。その動力炉から溢れ出しているのは、宮廷魔導師団の安定した魔力ではない。他者の魔力を、特に半竜が放つ高密度の魔力を内側に巻き込みながら増殖する、極寒の「凍結術式」だった。アルテリゼとグレンが武力を振るえば振るうほど、兵器はその魔力を燃料にして、さらに冷徹に、さらに強固に再構築されていく。
「まずいぞ! 二人とも魔力を収めろ! 攻撃が奴を強化している!」
後方で生徒たちの避難を終えたゲイルが悲痛な声を上げるが、時すでに遅い。魔導兵器はアルテリゼの大剣を凍りつかせ、その巨大な質量を以て、前線の二人を押し潰さんと咆哮を上げた。
「――そこまでだ、プロト・ゴーレム!」
硝煙を割って戦場に響いたのは、この場にいる誰よりも線の細い、しかし酷く冷徹で、理知に満ちた男の声だった。
アルテリゼがハッと振り返る。
そこにいたのは、メイド姿のシエラに車椅子を押され、激しい風が吹き荒れる戦場へ平然と姿を現した、俺――トア・レンバートだった。
薄い茶髪を戦風に揺らしながら、俺の翡翠色の瞳は、すでに魔導兵器の全身に張り巡らされた魔力の流れ(ライン)を完全に捉えていた。
「トア……!? なぜここに! 危険だ、すぐに退け!」
リゼさんは大慌てで俺の元へ駆け寄ろうとする。彼女の軍服の裾からは、俺の身を案じるあまり、不安と恐怖で暴走した太い尻尾がパタパタと地面を叩いていた。
「動かないで、リゼさん。グレン殿も、そのまま魔力を極限まで抑えてくれ。」
俺は右手をすっと挙げ、翡翠色の瞳で魔導兵器を凝視した。
「その兵器の核にあるのは、オルレアン公爵の術式じゃない。……北方の永久凍土、『白銀の魔塔』に伝わる古代凍結法――『絶対零度の檻』だ。半竜の魔力をぶつければぶつけるほど、反作用で結界の強度が跳ね上がる仕掛けになっている。」
「何だと……!?」
グレン殿が目を見開く。聖騎士としての直感が、俺の言葉が完全な真実であることを瞬時に理解したようだった。
「じゃあ、どうすればいいんだ、旦那様!? 俺たちの攻撃が通じねぇなら、あんなデカブツどうやって止めろってんだよ!」
「簡単なことさ。」
俺は車椅子の上で不敵に微笑み、脳内の古文書の記憶を完全に解き放った。
「白銀の魔塔の古代術式は強力だが、旧式ゴーレムの基礎フレームとは根本的に相性が悪い。魔力を吸収して強固になっているのは、表面の結界だけだ。術式のバイパスが集中しているポイントがある。」
俺は僅かに震える左手の指先で、魔導兵器の特定の部位を真っ直ぐに指し示した。
「右翼の結合部――装甲の隙間から覗く、青い魔石の駆動ラインだ。そこだけは、オルレアン公爵家の『循環術式』がそのまま残されている。リゼさん、グレン殿。魔力を刃の先端一点のみに集中させ、そこを同時に貫いてくれ。外側の結界を無視して、内側から術式が自壊する!」
俺の言葉は、戦場のすべての迷いを消し去るに十分な、絶対的な「解」だった。
「――了解だ、我が最愛の軍師殿!」
リゼさんの瞳から迷いが消え、狂信的なまでの信頼の光が宿った。彼女のプラチナブロンドの隙間から覗く竜耳が嬉しそうにピコピコと跳ね上がり、尻尾が勝利を確信して力強く床を一度叩く。
「行くぞ、グレン! トアの示した一点へ、全力を叩き込む!」
「ハハッ、本当に最高の旦那様だな! 御指名通り、ぶち抜いてやるよ!」
二人の帝国最強の武力が、俺の描いた盤面の上で、完璧に重なった。
リゼさんの大剣とグレン殿の聖剣が、一寸の狂いもなく、魔導兵器の右翼結合部へと突き立てられる。
直後、戦場を支配していた白銀の結界が、ガラスが砕けるような音を立てて、一瞬で木っ端微塵に霧散したのだった。




