第41話 仕組まれた再起動
医務室の重厚な空気は、一通の早馬――いや、血相を変えて飛び込んできた伝令兵の叫びによって一変した。
「伝告! 演習場にて保管中だった宮廷魔導師団の旧式魔導兵器『プロト・ゴーレム』が突如として再起動! 結界を破壊し、特別クラスの演習を視察していた生徒たちに向けて進撃を開始しました!」
「何だと!?」
ゲイル殿が椅子を蹴立てて立ち上がった。苦労人の顔がいっそう厳しく歪む。
「あの兵器は、宮廷魔導師団――オルレアン公爵家から調査のために移送され、完全に魔力を遮断して封印されていたはずだぞ!」
「仕組まれたってわけかい。」
グレン殿がソファーから腰を上げ、腰の聖剣の柄に手をかけた。お調子者の笑みは完全に消え、その佇まいは「帝国屈指の聖騎士」としての圧倒的な覇気を放ち始めている。
「クロード教官の拘束と同時に動くとは、手際がいいじゃねぇか。リゼ、オヤジ殿(エステル辺境伯)は生徒たちの避難誘導に回った。前線は俺たちで叩くぞ!」
「……トア」
リゼさんがプラチナブロンドの長い髪をなびかせながら、ベッドの上の俺を振り返った。その琥珀色の瞳には、戦場へと赴く武人の冷徹さと、俺をここに残していくことへの強烈な不安が同居している。
プラチナブロンドの隙間から覗く竜耳が、持ち主の焦燥を表すように細かくピクピクと震えていた。
「行って、リゼさん。俺は大丈夫だから。シエラちゃんもついていてくれる。」
俺は右手を伸ばし、彼女の手の甲を優しく叩いた。瞳を真っ直ぐに向けて、安心させるように微笑む。
「君が戦ってくれないと、軍学校の生徒たちが死ぬ。それは、帝国の未来が失われるってことだ。」
「……うむ。貴方の命ならば、喜んで。……シエラ、トアの護衛を。万が一にも、この部屋にネズミを一匹たりとも近づけるな。」
「御意に」
部屋の影からシエラが音もなく現れ、深々と頭を下げる。
リゼさんは一瞬だけ、俺の額に愛おしそうに口づけを落とすと、軍服の裾から伸びる太い尻尾をきゅっと引き締め、グレン殿、ゲイル殿とともに疾風のごとき速度で医務室を飛び出していった。
遠ざかる足音を聞きながら、俺は膝の上に置かれたカシミアの毛布をぐっと握りしめた。
(両足が動きさえすれば、俺も一緒に行けるのに――)
そんなもどかしさが胸を過るが、すぐに首を振って思考を切り替える。動かない足を呪っても盤面は変わらない。文官である俺の武器は、この「脳みそ」だけだ。
「……シエラちゃん」
「はい、トア様。何なりと」
「さっきの伝令の言葉、少し引っかからないか?」
俺は脳内の古文書の記憶を高速で検索し始めた。
「宮廷魔導師団の旧式魔導兵器……。オルレアン公爵家がまとめる宮廷魔導師団の術式は、公平かつ平等な現公爵の精神を反映して、極めて安定性が高いことで知られている。封印された魔導兵器が『突如として自発的に再起動する』なんて、本来の術式構成からはあり得ないんだ。」
「と、言いますと……?」
「何者かが、外側から別の術式を割り込ませて上書きしたんだ。それも、オルレアン公爵家の強固な魔力障壁を、内側から氷結させて破壊するような――」
そこまで口にした瞬間、俺の脳裏に、先ほどグレン殿が言った言葉がフラッシュバックした。
『内部から凍結され、破壊された。白銀の魔塔の術式だろ』
「まさか……!」
俺の背筋に、冷たい戦慄が走った。
あの魔導兵器の暴走は、単なる機能の暴走でも、オルレアン公爵家を失脚させるための単純な不祥事の偽装でもない。
北方の永久凍土に建つ『白銀の魔塔』の、魔力を遮断し凍結させる特殊な古法が、魔導兵器の動力源に直接組み込まれているとしたら――。
「シエラさん、俺を車椅子に乗せてくれ。演習場へ向かう!」
「しかしトア様! リゼ様からは、この部屋で絶対安静にとの命が――」
「リゼさんたちが危ないんだ!」
俺はシエラちゃんを真っ直ぐに見据えた。
「白銀の魔塔の術式が混ざっているなら、リゼさんやグレン殿のような『半竜の魔力』は、その兵器に対して逆に吸収され、術式の暴走を加速させる燃料にされてしまう可能性がある。……俺が現場に行って、その術式の核を見抜かないと、あの二人の武力をもってしても手遅れになる!」
シエラさんは俺の瞳に宿る絶対的な決意を見て、メイドらしからぬ鋭い隠密の顔で深く頷いた。
「……承知いたしました。トア様を戦場へお連れいたします。その代わり、私の背中から一歩も離れないでくださいませ。」
シエラさんの迅速な手際で、俺の身体はベッドから特製の車椅子へと移された。軽い麻痺の残る両腕で車椅子の手すりをしっかりと握り、俺は膝の上の毛布を整える。
遠くから、演習場の方角から、大地を揺らすような爆音と、リゼさんのものと思わしき凄まじい魔力の咆哮が響いてきた。
「行こう、シエラちゃん。帝国の最強の剣が、北の罠に折られる前に!」
車椅子はシエラの力強い手によって押し出され、俺たちは不穏な硝煙の臭いが漂う戦場へ向かうこととなった。




