第29話 救出
本日より毎日6時に1話ずつ投稿となります。
よろしくお願いします。
リゼの放った絶対零度の魔力によって、ガラルディアの地下牢獄は、まるで白銀の氷宮のように一変していた。
トアを傷つけた暗殺兵たちが一瞬にして氷結し、粉々に砕け散ったその激しい爆風の向こう。
トアの傍らには、鉄格子に額を押し付け、声を上げて慟哭している男――近衛騎士団副官バルトがいた。
「トア様……アルテリゼ閣下……!!」
リゼの姿を認めた瞬間、バルトは転げるようにして泥の中に頭を擦り付け、血を吐くような声で叫んだ。
その灰色髪の獣耳は絶望に深く伏せられ、震える手には今も、ルードヴィヒに脅迫の材料として使われていた妹の写真が握られている。
「俺の犯した罪は万死に値します……っ! トア様を騙し、劇薬を盛り、この地獄へ引き渡したのは、他でもないこの俺だ。……閣下、どうか俺を今すぐここで処刑してください。ですが、どうか、奥の部屋に囚われている妹のシエラだけは……俺の命一つで、どうか救ってやってください……っ!!」
バルトの身体は、己の醜悪さへの嫌悪でガタガタと震えていた。
だが、そんなバルトの叫びを遮るように、よろりと、痛々しい動作で上体を起こしたのはトアだった。
リゼの軍服の上着で優しくその細い身体を包み込まれながら、トアは後ろ手に縛られていた腕を伸ばし、跪くバルトの肩にそっと手を置いた。
「処刑だなんて、そんな物騒なことを言わないでください、バルトさん。」
「トア、様……?」
「バルトさんが妹さんを守ろうとしたのは、当然のことです。……さっきも伝えましたが、俺を売ったことなんて、気にしないでください。」
その底なしの優しさに触れ、バルトの目から大粒の涙が泥の床へととめどなく落ちていく。
「……バルト。貴様の罪の重さは、トアの心が決めることだ。」
リゼは未だにプラチナブンドの髪の隙間から「竜の耳」を怒りに強張らせ、軍服の裾から「竜の尻尾」をうねらせながらも、バルトの手にある写真を一瞥し、フッと不敵な笑みを浮かべた。
「なぜ、最初に私に『ルードヴィヒの首を獲ってこい』と言わなかった。我が近衛の身内に手を出す不届き者など、皇子だろうが隣国だろうが、私がその足元ごと灰にしてやったものを。……バルト、行くぞ。貴様の妹を、連れ戻す!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リゼの圧倒的な言葉に導かれ、バルトは涙を拭って立ち上がった。
トアをリゼの精鋭兵たちに託し、リゼとバルトは牢獄のさらに奥にある重い鉄扉へと向かう。
リゼがその美しい竜の爪を一振りした瞬間、堅牢な扉は爆音と共に内側から吹き飛んだ。
「――シエラ……ッ!!」
暗い部屋へと飛び込んだバルトの視線の先、冷たい石柱に繋がれた細い鉄の鎖の先に、その少女はいた。
まだ幼いシエラは、突然の天井の崩落とアジトを包み込んだ底知れない冷気に身をすくませ、ガタガタと全身を震わせながら涙を流していた。
「兄、ちゃん……? 兄ちゃんなの……っ!?」
「シエラ! ああ、無事だったか……っ!」
バルトはシエラの元へ駆け寄ると、彼女の小さな身体を強く抱きしめた。
シエラの手首を縛り付けていた鉄の鎖は、リゼの放った冷気ですでに脆くなっており、バルトが力任せに拳を叩きつけると、甲高い音を立てて容易く粉砕された。
「ごめん、ごめんよシエラ……! 俺のせいで、こんな怖い目に遭わせて……っ」
「う、ううん……! 兄ちゃんが、助けに来てくれるって、ずっと信じてた……っ」
シエラは小さな手で、バルトの血と泥に汚れた頬を包み込み、健気に微笑んだ。
無事に妹をその腕に取り戻したバルトは、今度こそ、絶望の涙ではなく、救われたことへの心からの感謝の涙を流すのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シエラを連れて破壊された広間へと戻ると、そこではトアがリゼの逞しい腕に支えられながら、静かに待っていた。
バルトはシエラの手を引いたまま、改めてトアとリゼに向かって深く頭を垂れた。
「トア様、閣下……。このバルト、この命が尽きるまで、お二人の盾となり、今度こそこの忠義を捧げ抜くことを誓います……!!」
「お兄ちゃんを許してくれて、ありがとうございます」と、シエラも健気に小さな頭を下げる。
トアはそんな兄妹を見つめ、ふっと安心させるような知的な微笑みを浮かべた。
「バルトさんの罪は、王都へ戻ってから、俺の胃袋を満たすための『極上の賄い料理』を手伝うことで償ってください。……さあ、俺たちの平穏を壊そうとしたルードヴィヒ第一皇子に、元書記官と、帝国最強の半竜の『怒り』をたっぷりとお届けしに帰りましょうか。」
衣服はボロボロで満身創痍。
けれど、トアの心には、王都の陰謀など木っ端微塵に粉砕するほどの、確かな反撃の炎が灯っていた。
リゼの「竜の尻尾」が、今度は嬉しさと闘志でパタパタと激しく床を叩く。
こうして一行は、すべての元凶が待つ王都へと、堂々たる帰還の途につくのだった。




