第3話 竜の逆鱗、俺のヒロイン
「アルテリゼ閣下! 平民の男を屋敷に連れ込んだというのは本当ですか!?」
不躾に怒鳴り込んできたのは、人間の貴族の息子、ジュリアン侯爵令息だった。
金髪を派手にきらつかせ、刺繍の施された上質な服を着た彼は、俺を見るなり汚物を見るかのように露骨に鼻を鳴らした。
「おい、そこをどけ平民。そこは私が座るべき席だ。身の程を知れ、この無能な蛆虫が! 閣下の美貌と、最高峰と謳われるヴァルハイト公爵家の権力に目が眩んだか!」
向けられた烈火のような敵意に対しても、トアは眉一つ動かさず、ただ静かにジュリアンを見つめ返した。
(はぁ、相変わらず傲慢で無知な人だなぁ。)
「ジュリアン様、でしたか。初対面の相手に対して些か無礼が過ぎるかと存じます。それに、この席はアルテリゼさんが『ここに座ってほしい』と言ってくださった場所です。あなたに譲る理由はありませんよ?」
「なっ……! 平民の分際で私に口答えするか!」
トアの予想外に落ち着いた態度に逆上したジュリアンは、彼の胸ぐらを掴もうと激しく手を伸ばす。
しかし、その指先がトアの衣服に触れるより早く、部屋の空気が一瞬で凍りついた。
――ピキ、ピキ。
それは、ガラスがひび割れるような硬質な音。
アルテリゼの透き通るような美しい頬に、夜色に輝く「竜の鱗」が浮かび上がる。
同時に、彼女の背後から怒りによって実体化した漆黒の翼が、窓から差し込む陽光を完全に遮るように、巨大な影となって広がった。
「――ジュリアン。今、我が最愛の伴侶を何と呼んだ?」
応接室の窓ガラスが激しく震え、床がミシミシと悲鳴を上げる。
室内を満たしたのは、本物の古代竜だけが放つ、息をすることさえ許さない凄まじい「龍圧」だ。
壁際に控えていた百戦錬磨の副官バルトすら、その圧に顔を引きつらせ、冷や汗を流して身構える。
「ひっ、あ、あ、アルテリゼ閣下……!?」
先ほどまでの傲慢な態度はどこへやら、ジュリアンは喉を詰まらせてガチガチと歯を鳴らした。
「トアを侮辱することは、この私への宣戦布告とみ出す。二度とその不潔な口で彼の名を呼ぶな。それとも……この場で消し炭になりたいか?」
アルテリゼの琥珀色の瞳が、獲物を値踏みする猛獣のように細く裂ける。
その絶対的な死の恐怖を前に、ジュリアンは完全に腰を抜かし、情けない悲鳴を上げて床へへたり込んだ。あまりの恐怖に股間を濡らし、言葉にもならない震え声を漏らしている。
「バルト!この不届き者を外へ放り出せ!我が家の敷地に二度と足を踏み入れさせるな!」
「はっ! 直ちに!」
バルトは待ってましたと言わんばかりの冷徹な笑みを浮かべ、完全に戦意を喪失して泥のようになったジュリアンを、容赦なく引きずり出していった。
重苦しい静寂が戻った応接室。
アルテリゼはまだ怒りが収まらない様子で、肩を荒く上下させていた。
頬の鱗は逆立ち、周囲の空気は彼女の怒気の熱でかすんで見える。
そんな、誰もが近寄ることすら恐れる彼女の前に、トアはすっと歩み寄った。
そして、その美しい頬の鱗に、そっと素手で触れた。
「アルテリゼさん、深呼吸してください。すーはー、です。そんなに怒ると血圧に悪いですよ。……ほら、俺はどこも怪我していませんから、大丈夫です。」
「ト、ア……。だが、奴は君を……」
「怒ってくれたのは、すごく嬉しいです。俺のために
そこまで感情を露わにしてくれるなんて、思ってもみませんでした。……それにしても、この鱗、すごく綺麗ですね。夜空を切り取ったみたいで、見惚れてしまいます。」
トアがおっとりした笑顔で彼女の頭を優しく撫でると、アルテリゼの身体から一瞬でトゲトゲしい殺気が消え去った。
「あ……」
ぽかんと声を漏らした彼女の背中で、あれほど巨大だった漆黒の翼が霧のように瞬時に霧散していく。
「怖く、なかったのか……? 私は、君を傷つけるかもしれない、化け物のような姿を……」
不安げに揺れる琥珀色の瞳を見つめ返し、トアはさらに微笑みを深めた。
「化け物なんてとんでもない。大切な人を守るために誇り高く戦う、最高にカッコいいお嬢さんです。
……リゼさん、さっきのプロポーズ、まだ有効ですか? 俺のような平民の男でよければ、喜んでお受けします。あなたを一生、隣で支えさせてください。」
トアが静かに、けれど真っ直ぐにそう告げた瞬間、アルテリゼの瞳がパッと信じられないほど輝いた。
「本当か!? トア、本当に私の夫になってくれるのだな!?」
「ええ、本当です。もう逃げたりしませんよ。……これからは、よろしくお願いしますね、俺の可愛い婚約者さん。」
「――っ! トア、大好きだ!」
次の瞬間、アルテリゼは弾けたような満面の笑みを浮かべ、トアの身体を軽々と両腕で抱き上げた。
いわゆる、完璧な「逆お姫様抱っこ」である。
「うわっ、ちょっとリゼさん!? 高い、高いです!流石に男としてちょっと恥ずかしいというか……あはは、でも、すごく力持ちですね。」
「ふふ、これから生涯をかけて、君を全力で幸せにしよう!」
照れて顔を赤くしながらバタバタと動く彼女の(嬉しさを隠しきれずに激しく左右に振られている)竜の尻尾を見ながら、トアは苦笑しつつも、彼女の温かい胸に身体を預けた。
最強で、誰よりも男前で、そして俺の前でだけ世界一可愛くなる竜の女公爵。
そんな彼女と過ごす、賑やかで少し規格外な新生活は、今ここから始まるのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
短編版はここまでのエピソードで終了していますが、どしどし続きを執筆していきます!次回更新を楽しみにしていただけたら嬉しいです♪




