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第24話 静寂の公爵邸と、裏切りの毒酒

 「……トア、留守の間、私の胃袋を頼む。三日だけ、北方辺境に侵入した魔獣の間引きへ行ってくる。……本当は一秒たりとも離れたくないのだが。」

 

 ヴァルハイト公爵邸の裏門前。

普段の冷徹な『氷の女公爵』の面影はどこへやら、アルテリゼは深々とため息をつきながら、名残惜しそうにトアの外套の裾を指先でつまんでいた。


彼女の背後では、出発の準備を整えたアルテリゼ直下の近衛騎士団の面々が、見慣れた主君の姿に「また始まった」とばかりに苦笑いを浮かべている。


「あはは、お仕事ですからね、リゼさん。栄養満点のお弁当を魔力保存容器に詰めておきましたから、現地でしっかり食べてください。」

 

トアはいつも通り、おっとりとした微笑みを浮かべて、ずっしりと重い特製の魔力保存容器を彼女に手渡した。


トアの細い指先が、リゼの白手袋に触れる。

それだけで、彼女の内に渦巻く強大な魔力が、心地よい平穏を得るように凪いでいく。

 

「ああ、トア。お前の作ったものだけが、私の乾いた魂を潤してくれる……。必ず三日で、いや、二日半で片付けて戻ってくる。それまで、他人が作った不味い茶など飲むんじゃないぞ!」 

 

「はいはい、気をつけて行ってらっしゃい!」

 

トアの苦笑混じりの言葉に背中を押され、リゼはついに愛馬へと跨った。

その瞬間、彼女の瞳から甘い色彩が消え失せ、戦場を統べる絶対強者の光が宿る。

 

「総員、発つぞ! 北方の有象無象を瞬く間に蹂躙し、帝都へ帰還する!」

 

「「「はっ!」」」

 

 地鳴りのような咆哮とともに、純白の近衛騎士団が帝都の街道を駆け抜けていく。

その先頭を走るリゼは、胸の奥を蝕む微かな違和感に気づいていなかった。



◇◇◇◇◇



 リゼが王都を発ってから翌々日の夜。

主を失ったヴァルハイト公爵邸は、不気味なほどの静寂に包まれていた。

騎士団の主力が軒並み出払っているため、広大な敷地を行き交う人影もまばらだった。

 

公爵邸の最奥にある私室で、トアは一人、机の上に広げられた未整理の古文書に目を通していた。

 

「……ふむ。数百年前の北方の植生記録、か。魔獣の生態変化と結界の摩耗率には、やはり一定の周期性がある。リゼさんが向かった北方の結界、不可解なほど摩耗のグラフが急勾配になっているな……」

 

 トアは羽根ペンを指先で回しながら、眼鏡の奥の瞳を細めた。

コンコン、と静かなノックの音が、夜の静寂を破った。

 

「トア殿、夜遅くまでお疲れ様です。ハーブティーを淹れましたので、どうぞ。」

 現れたのは、普段から信頼を寄せている公爵邸の古参の使用人だった。

彼は長い間、ヴァルハイト家に仕え、トアの身の回りの世話もよく焼いてくれていた、温厚な初老の男だ。

 

「あ、ありがとうございます。ちょうど目が疲れていたんですよ。」

トアは本から顔を上げ、おっとりと微笑んだ。

 

 だが、トアの視線は、使用人が差し出す白磁のカップを置く『手』に注がれていた。

わずかに、本当にわずかに、その指先が震えている。男の額には、夜の寒さに見合わない薄い汗が滲んでいた。

 

(おや……?)

 

トアの脳内の膨大なデータベースが、瞬時にその『微差』を検知する。

普段の彼なら、もっと滑らかな動作でカップを置くはずだ。

公爵邸の防犯結界の一部が、数分前に一瞬だけ機能を停止した痕跡を、トアは自身のデスクにある魔導端末で把握していた。

 

「……」

 

トアは何の不審も抱いていないかのように、自然な動作でカップを持ち上げ、ゆっくりと口を付けた。

 

一口、温かい液体が喉を通り抜ける。

その瞬間、トアの脳内で、大音量の警報が鳴り響いた。

 

(――っ、この独特の、奥に残る微かな鉄の苦みと、神経を逆撫でするような痺れ……。これは数百年前の暗殺ギルドが秘匿していた伝説の禁薬『竜血の睡魔(ドラゴンスリープ)』……!? 改良されて無味無臭に近づいているけれど、この特異な配合比率は……)

 

気づいた時には、すでに遅かった。

いくら頭脳が怪物並みであろうとも、彼の肉体は脆弱な人間だ。超高濃度の睡眠薬は、一瞬にしてトアの全身の神経を掌握し、血の巡りを止めるかのように猛威を振るい始めた。

 

 ガシャリ、と派手な音を立てて、手から滑り落ちた白磁のカップが床に砕け散る。

琥珀色の液体が広がり、トアの視界は急速にブラックアウトしていく。

 

「す、すまない、トア様……。だが、こうするしか、なかったんだ……!」

使用人が涙を流し、その場に崩れ落ちるのが見えた。

 

線を引いたように急速に遠のいていく意識の中で、トアは激しい後悔の念に襲われる。

油断した。

自分の脆弱な肉体では、どれほど知識があってもこの即効性の劇薬には抗えない。

 

そして、その使用人の背後の闇――完全に気配を消していたはずの影から、黒装束の集団が音もなく現れた。


 「さすがは『竜血の睡魔』だな。竜人だろうが魔導士だろうが、どんな怪物でも一瞬で眠らせる最高級品だ。」

黒装束の隊長が、机に突っ伏して完全に動かなくなったトアを見下ろし、冷酷に笑った。

 

「隊長、念のために追加の魔力封じと、精神混濁の毒薬を打っておきますか? この男は一瞬の隙で国家予算を狂わせるという怪物だ。意識を覚醒させるな、と上の命令です。」

 

「ああ、徹底的にやれ。国境へ運び込むまでは、指一本動かさせるな。」

 トアの細い腕に、魔力封じの刻印が刻まれた重々しい鉄の枷が嵌められていく。

さらに、何種類もの怪しげな薬液が注射器によって容赦なく打ち込まれた。

強力な神経毒が混ざり合い、トアの呼吸はさらに浅く、生き人形のように変化していく。

 

 「……すまない、トア様。私を、恨んでくれ。」

暗闇の中から、もう一つの足音がゆっくりと近づいてきた。

 

 そこに立っていたのは、他でもない――いつも胃を痛めながらも、リゼの無茶な要望とトアの事務処理を支えてくれていた、近衛騎士団副官バルトだった。

 

バルトの灰色髪の獣耳は、絶望に深く伏せられている。

その震える手には、一枚の女性が写った写真が握られていた。


 「バルト、感傷に浸っている暇はない。早くこの男を運び出すぞ。ランカスター公爵が用意した脱出路へ急げ。」

 

「……分かっている。」

 バルトは声を絞り出し、ぐったりとしたトアの身体を厚手の毛布で包み込んだ。

 

魔力封じの枷を嵌められ、神経を狂わせる毒をこれでもかと注がれたトアは、抵抗するどころかピクリとも動かない。

完全に深い昏睡の闇に落ち、思考すらも完全に停止していた。


公爵邸の裏口に待機していた夜陰に紛れる黒塗りの馬車。

その中へと、トアの身体が静かに運び込まれていく。


バルトが御者台に上がり、馬の手綱を握った。

パチリと鞭が鳴り、馬車は王都の静まり返った裏道を、滑るように走り去っていく。

意識を完全に失ったトアを乗せて。

ルードヴィヒが支配する、破滅への片道切符が待つ私領へと――。



◇◇◇◇◇



 翌朝、豪奢(ごうしゃ)な長い廊下を、トアの朝食を載せた銀のトレイを運ぶハンスの足音が静かに響いていた。


いつもならば、すでに身支度を整えたトアが、おっとりとした笑顔で「おはようございます」と出迎えてくれる時間だ。

だが、私室の扉の前に立った瞬間、ハンスの背筋に冷たい戦慄が走った。

 

(……魔力の気配が、ない)

 

ノックの手を止め、ハンスは躊躇(ちゅうちょ)なく扉を押し開けた。

 視界に飛び込んできたのは、無残に散らばった白磁の破片と、床に広がった赤黒いハーブティーの染み。そして、主の姿が消え失せた、ひどく冷え切った誰もいない空間だった。


「これは……『竜血の睡魔』の匂い……!? 馬鹿な、なぜ防犯結界が稼働しているこの公爵邸で……!」

 ハンスはトレイを床に落とすことすら忘れ、即座に懐の通信魔導具を叩いた。


「――総員に通達! ヴァルハイト公爵邸をこれより完全封鎖する! 結界を最大強度へ展開、一羽の鳥、一匹の虫たりとも敷地外へ出すな!!」

 数分と経たぬうちに、邸内はかつてない緊迫感に包まれた。

 

 リゼの不在を守る残存の精鋭騎士たちが私室へ突入し、現場の鑑定が開始される。

床に這いつくばり、残留魔力を慎重にすくい上げる鑑定魔導士の顔が、恐怖でみるみる青ざめていった。


「ハンス殿……大変なことになりました。トア殿に投与されたのは高濃度の睡眠薬だけではありません。神経を麻痺させる宮廷由来の禁薬、さらには……何重もの魔力封じの枷が使われた痕跡があります。」


「それほどの重装備、人間のトア殿を確実に、一瞬で無力化するためのものか……。防犯結界のログはどうなっている!」

 

ハンスの鋭い怒声に、魔導端末を操作していた若き騎士が、がたがたと手元を震わせながら答えた。


「ゆうべの深夜、北東の第三結界が『内側から』一時的に解除されています。その権限を持っていたのは……」


「……誰だ」


「ば、バルト副官です……! 結界解除の固有魔力紋が、完全に一致しています……!!」

 

その場にいた全員の息が止まった。

 

 アルテリゼの右腕であり、誰よりも信頼されていたはずの副官、バルト。彼が内応し、賊を招き入れた。その絶望的な事実が、使用人たちの心を重く押し潰す。


「ハンス殿、どうなさいますか!? 今すぐ帝都の中央警備部門に報告を――」


「馬鹿者が!」

ハンスは一喝した。

その瞳には、ヴァルハイト家に長年仕えてきた老骨ならではの、冷徹な理性が宿っていた。


「トア様の頭脳は、我が国の根幹を揺るがす国家機密そのものだ。拉致されたことが公になれば、他国への情報漏洩を恐れた元老院や王宮の連中が、最悪の場合、トア殿の『口封じ』を命じかねん。国の皇族を刺激すれば、トア殿の命の保証はないのだぞ!」

 

 家令は深く息を吸い、室内に集まった騎士と古参の使用人たちを鋭く見据えた。


「これより、徹底的な情報統制を敷く。一般の使用人、外部の商人には『トア殿は国家規模の魔導研究のため、地下の特級工房に引きこもられている』と厳命せよ。トア殿の私室周辺はすべて結界で遮断。少しでも口を滑らせた者は、この私が直々に首を刎ねる!」


「「はっ……!」」


「残った隠密騎士の精鋭は、バルトと賊の足取りを追え。相手は他国の暗殺部隊の偽装まで施しているプロだ。……何が何でも、リゼ様が北方から帰還されるまでの時間を稼ぐのだ。我々の手で、トア殿の生存の可能性を繋ぎ止めろ!」

 

 公爵邸の使用人たちが、必死の面持ちでそれぞれの任務へと散っていく。

誰もが知っていた。

自分たちが今、薄氷の上の綱渡りをしていることを。そして、もしこの事実を耳にすれば、自分たちの主であるアルテリゼが、どれほど凄まじい絶望と怒りに狂うかを。

 静まり返った公爵邸の廊下で、ハンスはただ一人、窓の外の北の空を見上げ、祈るように拳を握りしめていた。



◇◇◇◇◇



 トアが拉致されてから三日目の夕刻。

帝都を囲む堅牢な外壁の上空が、突如として不気味な暗雲に覆われた。

 北方辺境の吹き荒れる雪嵐をそのまま引き連れてきたかのような、身を切るような寒風が街路を駆け抜ける。

帝都の城門を守る衛兵たちが、あまりの急激な気温低下に身震いし、己の肩を抱いたその瞬間だった。

 

 地響きのような、地鳴りのような、凄まじい蹄の音が遠方から近づいてきた。


「な、なんだ!? 敵襲か!?」


「防衛結界を展開しろ! 急げ!」

 

衛兵たちが色めき立ち、槍を構えて城門の格子を下ろそうとした瞬間、猛烈な吹雪の渦が視界を白く染め上げた。

 

その純白の嵐を文字通り切り裂き、巨大な門の遥か頭上を飛び越えるようにして、一騎の軍馬が帝都へと滑り込んできた。

 

馬上の主の姿を見た衛兵たちは、驚愕のあまり武器を取り落とした。

 

 白い軍服を魔獣の返り血で黒赤く汚し、狂気とも取れる覇気を全身から放っているのは、近衛騎士団長、アルテリゼ・ヴァルハイトその人であった。

 彼女の瞳からは、普段トアに向けるような甘やかな色彩はもちろん、一介の騎士としての理性すらも完全に消え失せていた。

 

 リゼは行軍の最中、トアが作ってくれたお弁当の魔力保存容器を開けた瞬間に、世界が反転するほどの不気味な胸騒ぎを覚えていた。

いつもなら彼女の健康状態を完璧に気遣い、最適化された魔力が込められているはずの容器から、トアの固有魔力が完全に途絶えていたのだ。


さらに、副官バルトが不自然な単独行動で帝都へ戻ったという報告。

その二つの事実が、彼女の脳内で最悪の形となって結びついた。


(嵌められた。私のトアに、何かあった――)

 

その強烈な直感だけで、彼女は全軍に後を追うよう命じ、自身はただ一騎で愛馬を駆った。

数日はかかるはずの北方の雪山から王都までの道のりを、不眠不休、わずか一日足らずで踏破してきたのだ。


軍馬の口からは白い泡が垂れ、限界を迎えている。

しかし、リゼはそれを省みる余裕すらなく、ヴァルハイト公爵邸の正門へと猛然と突入した。

 

バキバキと音を立てて車輪が凍りつく中、リゼは愛馬を荒々しく乗り捨て、邸宅の重厚な扉を蹴り開けた。


「トアはどこだ!!」


地鳴りのような彼女の咆哮が、広大なエントランスホールに響き渡る。

 出迎えたハンスは、主のそのあまりの変貌ぶりに息を呑み、血の気の引いた顔でその場に深く膝を突いた。

床には、すでに鑑定魔導士たちが調べ終えた、トアが使っていた白磁のカップの破片がいくつか残されたままであった。


「……アルテリゼ様。どうか、冷静にお聞きください。」

「トアはどこだと聞いている、ハンス!!」

 

リゼがさらに一歩踏み出した瞬間、彼女の足元から、文字通り世界が凍結し始めた。

 バリバリと不気味な結晶の破裂音が響き、豪奢な絨毯が、大理石の床が、瞬く間に白い霜で覆いつくされていく。

天井のシャンデリアからは、凍りついた魔力の雫が氷柱となって静かに垂れ下がった。

ハンスは寒さに歯を鳴らしながらも、震える声を絞り出した。


「三日前の深夜……トア殿が、何者かによって拉致されました。現場には、数百年前の暗殺薬『竜血の睡魔』の痕跡が……。そして、邸内の防犯結界を内側から解除し、賊を手引きしたのは……」


「……誰だ」

 リゼの声が、人間のそれとは思えないほど低く、平坦なものに変わる。


「……バルト副官です。彼の固有魔力紋が、北東の結界解除ログに、明確に残されておりました……!」


その瞬間、公爵邸の空気のすべてが、文字通り完全に『死んだ』。

リゼから溢れ出た圧倒的な氷の魔力が、エントランスホールの壁を、柱を、窓ガラスを、一瞬にして分厚い氷壁へと変えていく。

彼女の瞳は絶対的な零度の殺意を宿し、怒りのあまりその美麗な顔は歪んでいた。


「バルトォォォォォッ!!」

 

 信頼していた己の右腕による裏切り。

そして、世界で最も大切な、自分の命よりも重いトアという存在の喪失。

 リゼの絶叫が公爵邸の頑丈な石造りの建物を激しく揺らす。

彼女の放つ冷気は、すでに公爵邸を越えて王都の一角を凍結させかねないほどの密度に達していた。

彼女が腰の剣の柄に手をかけ、バルトを、そしてトアを奪った世界そのものを全て粉砕して消し去ろうと、外へと飛び出そうとしたその時だった。


「――待て、アルテリゼ。頭を冷やせとは言わん。だが、無策で突っ込めば婚約者を失うぞ。」

 

凍りついたエントランスに、場違いなほどに冷静で、かつ傲慢な足音が響き渡った。

 

コツ、コツ、と大理石の氷をあえて踏み鳴らすようにして現れた長身の影。

緩く波打つ美しい金髪、影を落とす長い睫毛、そして怜悧な光を宿した血のような赤色の瞳。

 そこに立っていたのは、帝国の第二皇子、レオンハルトであった。


「レオンハルト……様……! なぜここに」

 

 リゼは剣を引き抜きこそしなかったが、その刃の如き視線を皇子へと向けた。

周囲を包む氷のトゲが、一斉にレオンハルトの方向へと先端を向ける。

だが、皇子は眉一つ動かさず、むしろその琥珀色の瞳に深い憂色と、悲痛な怒りを完璧に演じ分けて見せた。


「無策な暴走は彼を殺すぞ。……アルテリゼ、私とてトア・レンバートの卓越した知恵を高く評価していた一人だ。この未曾有の事態に、ただ座して見ているわけがないだろう。」

 レオンハルトは一歩前に踏み出し、懐から重厚な羊皮紙の書状を取り出した。


そこには、第一皇子ルードヴィヒの私印たる「黄金の獅子」の蝋印が、鮮明に押されている。


「これを見るがいい。我が直属の隠密が、北方領主ランカスター公爵の屋敷から命がけで盗み出した、第一皇子ルードヴィヒからの『密令』の写しだ。」


「ルードヴィヒ……殿下……?」

 リゼの動きが、わずかに止まる。


レオンハルトはその隙を逃さず、さらに声を一段と低くし、説得力のある偽りの真実を彼女の脳裏に植え付け始めた。


「そうだ。我が愚兄ルードヴィヒは、彼の持つ『頭脳』を独占し、迫り来る帝位継承を確実なものにしようと企んだのだ。そのために、北方辺境のランカスター公爵を脅迫、あるいは抱き込み、意図的に結界を緩めさせた。お前と近衛騎士団を、確実に王都から遠ざけるためにな。」


「な……」


「すべては周到に仕組まれた大逆罪だ。奴はお前が北方で魔獣と戦っている隙に、隣国の暗殺部隊を金で雇い、バルトの妹を人質に取って内応を強要した。そしてお前の婚約者を拉致させたのだ。……今、彼の身柄は国境へ運ばれている。奴はそこにトア・レンバートを監禁し、我が国の目を眩まそうとしているのだ。」

 

レオンハルトの言葉は、あまりにも完璧だった。

ランカスター公爵の不審な動き、バルトの裏切り、自身を狙い撃ちにしたかのような王命。

すべてのパズルのピースが、リゼの脳内で完璧に噛み合っていく。


「ルードヴィヒ殿下が……私のトアを……!」

 

リゼの瞳から、ついに最後の理性が消え失せた。

怒りのあまり、彼女の足元の床がバキバキと音を立てて砕け、凍りついた大理石の破片が舞い上がる。


「許さない……。皇子だろうと、誰だろうと関係ない。我がヴァルハイトの剣にかけて、一族諸共、塵も残さず消し去ってくれる……!」


「待て、アルテリゼ。お前が公に動けば、第一皇子派との全面戦争になり、彼の命が危うい。だからこそ――これを使え。」

 レオンハルトはもう一枚、自身の直判が押された『特級戦時通行令状』を突き出した。


「我が直属の『黒曜騎士団』の最速班を、ルードヴィヒの領地の手前に配置してある。表向きは、私が『不法侵入した賊を討伐するため』に私兵を動かしたことにする。全責任は私が持とう。お前は私の『懐刀』として影に潜み、兵共々、国境へ一気に攻め込め。――そして、婚約者を奪い返してこい。」

 

 リゼは差し出された令状をひったくるように受け取ると、レオンハルトの目を真っ直ぐに見据えた。

彼女の放つ凄まじい冷気は、皇子の衣服の裾さえも白く染めていたが、その瞳には冷徹なまでの復讐の炎が宿っていた。


「……感謝いたします、レオンハルト様。この御恩、生涯忘れません。」


「気にするな。彼を救えるのは、お前の剣だけだ。……さあ、行くがいい、帝国の最強。」

 リゼは音を立てて身を翻し、再び嵐のごとく凍りついた公爵邸を飛び出していった。


地響きを立てて遠ざかっていく彼女の気配を感じながら、レオンハルトはゆっくりと、懐の通信魔導具を取り出した。

 

「……私だ、狂犬が放たれた。…問題ない。予定通りに事を運べ…。」

 

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