第20話 極上の旦那様、爆誕
第3章スタートです!
3章は少しばかり長くなる予定ですー。
「トア様、どうぞこちらへ。少々お体に触れますよ?」
ヴァルハイト公爵邸の衣装部屋。
俺――トア・レンバートは、両手を広げた姿勢のまま、公爵家お抱えの仕立て屋たちとメイド隊に完全に取り囲まれていた。
事の始まりは、今朝届いた一通の書状だった。
差出人は皇宮。
今週末に開催される、帝国の全貴族が集まる「秋の戦勝記念夜会」への招待状だ。
そこには、アルテリゼ閣下の名とともに、はっきりと『その婚約者、トア・レンバート殿』と記されていた。
つまり、俺の公式な貴族社会へのお披露目会というわけだ。
「いいですか、トア様。王宮の夜会という場所は、狐と狸の化かし合い。特に、我がヴァルハイト公爵家を妬む有象無象の貴族どもが、トア様を『ただの平民』と見下し、粗探しをしてくることは火を見るより明らかです!」
老執事長のハンスが、眼鏡の奥の目を鋭く光らせて言う。
「ですが、そんなことは万に一つも許しません。我らが敬愛するトア様が、どれほど気品に満ち、我が家の主宰者にふさわしい御方であるか……あの脳筋や肥満児どもの目に焼き付けてやるのです。さあ、職人一同、気合を入れなさい!」
「「「おーっ!!」」」
ハンスの号令とともに、職人たちの目がプロのそれに変わる。
元々、ただの書記官だった俺だ。着るものといえば、埃っぽい古文書館で汚れてもいいような、地味で安価な麻の服ばかりだった。
そんな俺が、今や帝国内で最高級とされる、夜色のシルクと金糸で刺繍された最高級の礼服を着せられている。
「……うわぁ、凄いなこれ。肩が凝りそうだけど、動きやすいように調整されてる。」
「当然でございます! トア様の美しい姿勢と、しなやかな体躯を最も引き立てるカッティングを施しました!」
若い女性メイドが鼻息を荒くして言う。
髪型も、普段の無造作なスタイルから、額をすっきりと出した上品な形へと整えられていく。
数時間後、全ての仕立てと準備が終わった。
鏡の前に立った自分を見て、思わず絶句する。
そこにいたのは、深みのある夜色のテールコートを完璧に着こなし、胸元にヴァルハイト家の家紋である「夜竜」のブローチを光らせた、どこからどう見ても高貴な麗人だった。
「……誰だこれ。本当に俺か?」
「素晴らしい……! 完璧でございます、トア様! これなら王宮のどの公爵令息と比較しても、我がトア様の気品が圧倒しております!」
ハンスがハンカチで涙を拭い、メイドたちは「かっこいい……」「尊い……」と手を合わせて拝んでいる。どうしてこの屋敷の人たちは、こうも俺に対して全肯定なのだろうか。
ガチャリ、と衣装部屋の重厚な扉が開いた。
「トア、準備はできたか? あまり無理をせず、既製品でも――」
入ってきたのは、同じく夜会のための最高級のドレス(やはりリゼの趣味で、動きやすいパンツスタイルの凛々しいタキシードドレスだ)を纏ったリゼだった。
しかし、彼女は俺の姿を見た瞬間、言葉を完全に失って凝固した。
琥珀色の瞳が限界まで見開かれる。
「リゼさん? やっぱり変ですかね。慣れない格好をして――」
「ひ、ひゃ……っ!?」
リゼの口から、およそ帝国最強の聖騎士とは思えない奇妙な悲鳴が漏れた。
次の瞬間。
――ポンッ! バタバタバタバタバタッ!!!
彼女から、これまでにないほど勢いよくの竜の耳が飛び出し、さらに背後からは極太の竜の尻尾が飛び出して、衣装部屋の高級な床を凄まじい速度でベチベチと叩き始めた。
地響きが起きそうなほどの振動だ。
「リ、リゼさん!? 床が抜けます、落ち着いて!」
「と、トア……君は……君は本当に私のトアなのか……!? 美しすぎる……神々しい……! あぁ、胸の奥の竜が、今すぐ君を抱き締めて巣へ連れ帰り、一生外に出したくないと大暴れしている……っ!」
リゼは顔を真っ赤にし、凄まじい熱気を放ちながらのぼせ上がっている。
身体から漏れる「龍圧」が嬉しさのあまりピンク色のオーラとなって部屋中に満ちていた。
「もう夜会など行かぬ! こんなに美しいトアを、他の貴族どもの下品な目に晒すなど、国家の損失だ! 今すぐここに立て籠もる!」
「ダメですよ、招待を受けちゃったんだから。ほら、一緒に堂々と行きましょう?」
俺は苦笑しながら歩み寄り、大混乱して耳を高速でピコピコさせているリゼの手を、優しく両手で包み込んだ。
トアの温もりが伝わると、リゼの暴走していた尻尾が、ふにゃりと力を失って床に垂れる。
「うぅ……トアがそう言うなら、行く……。だが、絶対に私の傍を離れないでくれ。君に不届きな視線を送る者がいれば、私はその場でその者を消し炭にしてしまうかもしれない。」
「善処しますから、お手柔らかにお願いしますね?」
俺は彼女の男前で、そして誰よりも重くて可愛い独占欲に微笑みながら、エスコートするように彼女の腕をとった。
後方では、ハンスが「おぉ、なんと美しい主従……いえ、夫婦の絆……!」と再び涙を流している。
こうして、公爵邸の使用人たちの熱い(そして若干歪んだ)期待を背負い、俺とリゼを乗せた豪華な馬車は、決戦の地である皇宮へと向けて出発したのだった。




