第11話 公爵邸への帰還と、使用人たちの極秘報告会(のち、お仕置きの龍圧)
初めての城下町デートを終え、夕暮れ時の美しい茜色に染まるヴァルハイト公爵邸へと帰ってきた。
「ただいま戻りました。」
「うむ、戻ったぞ……!」
トアがいつも通りおっとりと扉を開けると、そこには副官のバルトを筆頭に、ハンス、リサ率いるメイド隊、さらには総料理長や老庭師まで、公爵邸の主要な使用人たちがずらりと二列に並んで直立不動で待機していた。
「おかえりなさいませ、閣下、トア様! お二人の初めての逢瀬、無事に遂げられたようで何よりです!」
ハンスが感極まったようにハンカチを握りしめて一礼する。
「ああ、ハンス。お前たちが選んでくれたこの服のおかげで、トアに『世界一可愛い』と言ってもらえた。我がヴァルハイト公爵家の総力を挙げたコーディネート、実に見事であった。褒美を遣わそう。」
リゼさんはまだ少し頬を赤らめながらも、ふんぞり返って誇らしげに胸を張る。
そのプラチナブロンドの髪の隙間から、満足げな『竜の耳』がピコピコと幸せそうに揺れていた。
「……ところで、バルト。なぜお前までそこに並んでいる? 執務室の書類仕事は終わったのか?」
リゼさんがジロリと副官を睨むと、バルトはフッとなめらかな笑みを浮かべた。
「閣下、そちらの心配はご無用です。それよりも……先ほど、帝国中央騎士団のゲイル副団長から、非常に興味深い『定時連絡』が入りましてね。」
「ゲ、ゲイルだと……っ!?」
リゼさんの身体がビクッと硬直する。
バルトは手元の書類(という名のゲイルからの密告メモ)に目を落としながら、わざとらしく朗々と読み上げ始めた。
「――『速報。氷の女公爵、城下町にて平民女性二名にトア君が声をかけられた際、王都を一瞬で氷河期にするレベルの嫉妬龍圧を放出。市民をパニックに陥れる。さらに、私がトア君に少し顔を近づけただけで魔氷の細剣を抜刀。完全に目はマジだった。しかし、トア君に頬を撫でられた瞬間に一秒でただの駄犬(竜)に退化。胸に顔を埋めてもじもじ甘えだす。現場からは以上です。』……とのことですが、閣下、これは事実でしょうか?」
バルトの報告が終わった瞬間、背後に控えていたメイドたちが「キャーッ!」「閣下、尊すぎます……!」「さすがトア様、猛獣使いの天才……!」と、色めき立って小さな悲鳴を上げた。
「事、事実なわけがあるかぁぁぁーーーっ!!! ゲイルの奴、話に尾ひれをつけおって……! 私はただ、我が伴侶の周囲の安全を確保するために、合法的な防衛権を行使しただけで――」
リゼさんは顔面をジュッと音がしそうなほど真っ赤に染め上げ、全力で弁明を試みる。
しかし、恥ずかしさが限界突破した彼女の背中からは、隠しきれない太い『竜の尻尾』がポンッ!と飛び出し、公爵邸の最高級絨毯を「バタバタバタバタ!」と激しく叩いて、嘘をつけない身体であることを証明していた。
「ハハハ、閣下。ゲイル副団長からはさらに『トア君は器が大きくて最高の旦那様だ。あのバカ大将にはもったいないから、いつでも私の騎士団に引き取るよ。』とも言伝を預かっておりますが――」
バルトがニヤリと笑って、最後の起爆剤を投下した。
――ゴゴゴゴゴゴゴ……。
その瞬間、公爵邸の玄関ホールの空気が、物理的にメリメリと音を立てて凍りついた。
夕暮れの温かい光が差し込んでいたはずの空間が、一瞬にして「絶対零度の吹雪」へと変貌する。
「……バルト。今、何と言った?」
リゼさんの琥珀色の瞳から、ハイライトが消え失せた。
その全身から溢れ出た、手加減なしの「嫉妬の龍圧」がホール全体に爆発する。
凄まじい風圧と重圧に、バルトたちの髪や服が一瞬で白く凍りつき、全員がガタガタと震え出した。
「トアを騎士団に引き取る……? ゲイルのやつ、やはりあの時、トアを奪おうとしていたのだな……。いや、お前たちもだ。ニヤニヤと私とトアの私生活を覗き見おって……。我が家の使用人、そして副官もろとも、今すぐ北方の監獄へ連帯保証流刑にしてくれる……!!」
(((重い!!! 嫉妬の全方位爆撃が重すぎる!!!)))
バルトや使用人たちの心の声が綺麗にハモる。
リゼさんの重度の独占欲が、身内相手にも容赦なく大爆発していた。
「リゼさん、リゼさん。みんな、俺たちのことをお祝いしてくれてるだけですから。バルトさんも、お仕事頑張ったご褒美に俺たちをちょっとからかいたかっただけですよ。」
トアは、怒りと恥ずかしさで震えるリゼさんの細い腰を後ろからギューッと優しく抱きしめ、そのうなじのあたりに顔を埋めた。
「ほら、俺はどこにも行きません。リゼさんの可愛い旦那様(予定)は、ここにいますよ?」
トアの胸の温もりと、耳元で囁かれた優しい声がダイレクトに伝わった瞬間――。
パキィィィン……と、屋敷を包んでいた絶対零度の龍圧が、一瞬にして春の陽気のようなポカポカとした熱気へと変わった。
凍りついていたバルトたちの服が、一瞬で元に戻る。
「ひゃぅっ……!? あ、あ、頭が、とろける……。トアが、みんなの前で、後ろから、抱擁を……っ」
リゼさんは一瞬で「戦場の死神」から「ただの腑抜けの甘えん坊(竜)」へと完全退化し、トロンとした蕩けた瞳のまま、トアの腕の中にすとんと体重を預けて使い物にならなくなった。
ピンと立っていた耳はペタンと寝てしまい、尻尾だけが嬉しそうにパタパタとトアの足元に絡みついている。
その一連の鮮やかな「一秒鎮圧劇」を目の当たりにしたハンスは、凍った眼鏡を指で拭いながら、深くため息をついた。
「……ハァ。やはりトア様は、我が公爵家における最高司令官(閣下の絶対制御ブレーキ)ですね。これにて報告会を終了します。みなさん、今日の夕食はトア様のデート成功記念の特製ケーキですよ!」
「「「おーーーっ!!!」」」
メイドたちが歓声を上げる中、トアは胸の中でフシュウゥゥと大人しくなった世界一可愛い婚約者の頭を撫でながら、
「みんな、リゼさんをからかうのはそのくらいにしてあげてくださいね?」とおっとり微笑み、甘くて少し騒がしい、ヴァルハイト公爵邸の幸せな夜を迎えるのだった。
第一章の日常回はここまでです!
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