第10話 突然の乱入者と、親友の容赦ない値踏み(のち、女公爵の猛撃)
クレープを二人で仲良く「あーん」し合い、リゼさんの顔が真っ赤な茹でダコ状態になっていた、その時だった。
「おや、おやおやおや? 遠目から見ても信じられないくらいピンク色のオーラを放っている街路樹があると思ったら……まさか、あの『氷の女公爵』アルテリゼじゃない?」
賑やかな人混みを割って、一人の女性が歩み寄ってきた。
艶やかな赤髪をポニーテールに結び、軽装の鎧をラフに纏った、いかにもサバサバとした雰囲気の麗人。
(この人は確か...。)
その腰には、帝国騎士団の幹部であることを示す高価な長剣が帯びられている。
「ゲ、ゲイル……!? な、なぜお前がここに……っ!?」
リゼさんがクレープを口に咥えたまま、文字通り飛び上がった。
プラチナブロンドの髪の隙間から飛び出した竜の耳が、驚きと警戒でピンと逆立っている。
「いやー、非番で街をぶらついてたらさ。軍服を着てないあんたが、男の人にデレデレ甘えてるのが見えてさ。私の目が腐ったか、あるいは世界滅亡の前兆かと思ったよ。」
ゲイルと呼ばれた女性はゲラゲラと豪快に笑うと、すぐにその鋭い視線を俺――トア・レンバートへと向けた。
冗談めかした口調とは裏腹に、彼女の双眸には、親友を任せるに足る男かどうかを見極めようとする、帝国中央騎士団副団長としての冷徹な「鑑定の目」が宿っている。
「ふーん……。あんたが噂の平民の元書記官、トア・レンバート君かい? 私はゲイル・フォン・エステル。リゼとは軍学校時代からの腐れ縁さ。」
「はじめまして、ゲイルさん。トア・レンバートです。リゼさんからお話はかねがね。いつも彼女が戦場で無理をしないよう、裏でサポートしてくださっているとか。本当にありがとうございます。」
トアがいつも通りのおっとりした笑顔で頭を下げると、ゲイルは一瞬、意表を突かれたように目を丸くした。
もっと気圧されるか、あるいは公爵家の権力に笠を着た態度を取るかと思いきや、あまりにも自然体で、なおかつ自分ではなくリゼを気遣う言葉が真っ先に出てきたからだ。
「へえ、言うじゃない。……どれどれ、ちょっと近くで見せてよ。」
ゲイルは興味津々といった様子でトアに一歩近づくと、トアの顔を覗き込むようにして、その整った顔立ちや身のこなしをじろじろと観察し始めた。
「ほーう、確かに優しそうで無害そうな顔をしてるけど、体幹がしっかりしてるね。ハンスたちが仕立てた服もよく似合ってる。何より、あの気難しいリゼをここまで骨抜きにするなんて、どんなテクニックを持って――」
ゲイルが面白がってトアの肩にポンと手を置こうとした、その瞬間。
――ドゴォォォン!!!
魔王が目覚めたかのような、この日一番の「超重力級・絶対零度の龍圧」が王都の大通りを直撃した。
「ひえっ!?」「な、なんだこの寒さは!?」周囲の露店の看板がガタガタと凍りつき、一般市民たちが一斉に悲鳴を上げて逃げ惑い始める。
「ゲ、イ、ル……。私のトアに、その汚い手で気安く触ろうとするな。細切れにして、今すぐ北方の永久凍土へ流刑にするぞ……!!」
リゼさんの琥珀色の瞳から完全に光が消えていた。
私服の清楚な白いブラウス姿のまま、右手にはいつの間にか『魔氷の細剣』が実体化しており、その刃先がゲイルの喉元数ミリのところでピタリと静止している。
(ちょっとリゼさーん⁈)
親友相手だろうが、トアに近づく者には一切の容赦がない。
重度の独占欲が、大気圏を突き抜けて大爆発していた。
「わーっ! 待った待った! 冗談だってリゼ! 剣を引け、目が本気だ! 私はただ親友の旦那様をちょっとからかっただけで――」
ゲイルが冷汗を流しながら両手を上げる。
「リゼさん、リゼさん。ゲイルさん、ただの挨拶ですから剣をしまってください。ほら、せっかくのクレープが凍っちゃいますよ。」
トアが慌てて、リゼさんの細剣を握る右手を優しく包み込み、引き下ろさせる。
トアの手の温もりが伝わった瞬間、街を包んでいた氷河期のような龍圧がピタッと止まり、細剣は光の粒子となって消え去った。
「う、うぅ……だって、トア……。ゲイルのやつ、トアにやけに顔を近づけるし、触ろうとするし……。トアは、私の、伴侶なのに……っ」
リゼさんは一瞬で「戦場の死神」から「捨てられた子犬(竜)」へと退化し、顔を真っ赤に染めながら、トアの胸の中に頭をごすんと埋めてモジモジとし始めた。
(もお、しょうがない人だなぁ。可愛いけどね。)
飛び出した尻尾が、嬉しさと気恥ずかしさでパタパタと忙しなく床(地面)を叩いている。
その一連の鮮やかな「猛獣使いっぷり」を目の当たりにしたゲイルは、呆然と口を開けて硬直していたが、やがてフッと降参するように笑った。
「……なるほどね。こりゃあ、噂以上だわ。」
ゲイルはトアに向き直ると、今度は一切の敵意を排した、心からの敬意を込めた笑みを浮かべた。
「トア君。うちのバカ大将をよろしく頼むよ。昔から不器用で、怪物なんて恐れられて孤独だったあいつが、こんなに幸せそうな顔をしてるのを初めて見た。あんたなら、安心してリゼを任せられるわ。」
「ええ、お任せください。俺も、リゼさんのことが世界で一番大切ですから。」
トアがおっとりと、しかし強い意志を込めて答えると、胸元に顔を埋めていたリゼさんが「ひゃぅっ……」と可愛い悲鳴を上げ、さらにぎゅっとトアの腰を抱きしめる力を強めるのだった。
「ごちそうさま! 非番の日に極上の砂糖菓子を見せつけられるとは思わなかったよ。(団長にも報告しなきゃな。ひひっ、喜びそー。公爵邸の奴らにも報告しとこうか。)じゃあね、お二人さん、お幸せに!」
ゲイルはひらひらと手を振りながら、嵐のように去っていった。
「ふふ、良いお友達ですね。リゼさん」
「う、うむ……。少し騒がしいが、悪い奴ではないのだ。……それより、トア。さっき、私のことが『世界で一番大切』と言ってくれたのは、本当、か……?」
上目遣いで、赤くなった耳をピコピコと動かしながら聞いてくるリゼさん。
「本当ですよ。じゃあ、クレープの続き、食べましょうか。」
「うんっ! 私、一生トアの傍から離れないからな……!」
再び世界一幸せそうな満面の笑みを咲かせたリゼさんの手をしっかりと握り直し、トアは甘くて少し騒がしい、最高の初デートを満喫するのだった。




